Day31 『出会い』と『ご褒美』に感謝を(お題・遠くまで)

 銀河歴G.C.129年7月31日。

 長い夢を見ていた美佳は、目を覚まして飛び込んできた部屋の風景に一瞬、どこにいるのか解らなくなった。美しい木目の壁に天井から下がるアンティーク風の照明。その部屋の並んだベッドで眠っていたようだ。

「あ……あれ?」

 緩く頭を振って、少し赤みを帯びた光の差し込む窓に向かう。緑の木立と遠くには煌めく湖、暮れ始めたせいか薄く影が掛かりつつある山々が見える。

「えっと……」

 ここはどこだと首を捻ると、かちゃりとドアが開く。

「美佳様ぁ。お目覚めですかぁ」

 トールが部屋に入ってくる。

「もう少ししたら御夕飯のバーベキューでぇす」

「バーベキュー……」

 その言葉に思い出す。ここはVWバーチャルワールド『Sheep World』の湖畔エリア。その湖を囲む林の中のバンガローだ。

 夢に見ていた大学二年生のメゾンドコレーのストーカー事件から十九年。以来、美佳はずっと交流のあるマンションの元住人達と、年に一度、七月に予定を合わせて、バンガローを借り、お茶会と夕食会をしている。そのお茶会が終わった後、夕食会までそれそれ好きに過ごすことになり、九歳の息子と二歳の娘の子育て真っ最中の美佳はのんびりと夕方までお昼寝を決め込んだのだ。

 トールが開けたドアから賑やかな特撮番組のOPが聞こえてくる。

「懐かしい。ジャステリオンだわ」

 息子が幼稚園のときにハマった名作特撮ヒーロー番組だ。見ているのは多分……。美佳はリビングに向かった。

 

「お~、目が覚めたか」

 リビングの壁掛けモニターでネット配信チャンネルのジャステリオンを見ていたのはやはり樹季だった。彼女もまた子供を二体の子守りロボに任せて、ビデオ観賞に勤しんでいたらしい。自分より一年先に四十代に突入した彼女は相変わらず熱い特撮ファンを続けている。樹季はメンバーで唯一、今も学園コロニー『天神』で暮らしている。隼人の兄が社長となった管理会社の入居者相談窓口に勤め、仁智大学の助教授となった円花と学生達のトラブルを解決していた。

『伝説のストーカー『百目』のマネする奴は結構いてな。それ以外にも円花曰く『人が才を競い合うことが多いところでは『闇』が生まれやすい』ということで『真怪』のトラブルも結構あるんだ』

 それらを事件の経験を生かして解決している彼女は本人はヒーローのつもりらしいが、学生達からは『肝っ玉母さん』と頼りにされている。

 

「う~ん、バインくんはやっぱり面白いねぇ」

 ソファに座るとテーブルに大量にスイーツを並べて食べながら、文香が子守りロボット達を眺めている。

「美佳も食べる?」

「流石にこの歳になると見てるだけでお腹いっぱいだわ」

 樹季と同じ、現在一児の母の文香は故郷の星で家事ロボットのメンテナンス会社に勤めている。自分達の学生時代と違い、今は家事ロボットは新品を買い変えるより、経験を積んで家族に沿う、それぞれの個体の感情プログラムを尊重して、ボディのみを交換するのが一般的だ。彼女の『家族』のマルも彼女の勤める会社でプログラムはそのまま、ボディだけを更新していた。

「今度、バインくんの仕様書見せて」

 にっと頼む文香に美佳は苦笑した。

製作者お母さんが見せられるところまでね」

 バインは息子の子守りロボット。卵型のボディに開いた穴から出した蔓で活動するタイプで、行動力のある息子を保護する為、常に彼の担ぐリュックに入っている。母のオリジナル要素の高いロボットだ。

「やっぱり、そっかぁ~」

 残念そうに口では答えつつも、文香の唇は笑んでいる。今も昔も家事ロボットが大好きで、彼らが出来るだけ長く『家族』として人と元に居られるよう願っている。そんな変わらぬ文香に「契約したいなら優先的に考えて貰えるように頼んでみるわ」とイタズラっぽく笑って返し、美佳はキッチンへと向かった。

 

 アバターでも喉の乾きは覚えるから不思議なものだ。キッチンで水を飲む美佳に、瞳とテーブルの上に並べたスイーツを難しい顔で味見していた志穂が

「コーヒーを淹れようか?」

 ドリッパーを出す。「瞳ちゃんも休憩しよう」カップを五つ出した。

 志穂と瞳は今、共同でカフェを経営している。大学への復帰を志していた志穂だが、二年間の生霊生活のせいか美佳のような『視え』るだけの霊能力ちからを持ってしまったのだ。更に彼女自身、事故の心的外傷トラウマが大きかったのもあって、仁智大学を諦め、雅彦の実家、三好家の牧場がある観光農業コロニーの農業大学を受験し入学した。そこなら何か遭ったとき三好家に駆け込めば良い。志穂は療養を続けながら大学を卒業して、ホテルで修行し、お世話になっている三好家の牧場の製品を使ったスイーツを売るカフェを始めた。

「どう? 味は?」

「やっぱり、あの三好さん家の乳製品のまったり感を出すのは難しいわ」

 瞳が苦笑する。飼育者である三好家の陽気を浴びて育った、心身ともに健康なギューのスイーツはコロニーでも絶品の呼び名が高い。そこに目を付けた『Sheep World』の運営開発チームから仮想空間での出店を打診されているが、やはりVRバーチャルリアリティではサンプルの味の再現が難しいらしい。

 眉間に皺を寄せて考え込む瞳に志穂がコーヒーを渡す。

「別に出店しなくても十分やっていけるし、ぼちぼち行こう」

「そうね」

 瞳は志穂がカフェを開くと聞いて、それまで勤めていた星間一流企業を辞め、貯金を資金として差し出して共同経営者になった。そして二人は経営だけでなく、人生でもお互いパートナーとして暮らしている。

 ……瞳さん、あの事件の前から志穂さんのこと想っていたから……。

 志穂と瞳が連れ立って、リビングの二人にコーヒーを持って行く。それを見送って美佳はカップを傾けた。

 

「そういえば、また向井さんからギフトセットが届いたのよ」

 傷害幇助で志穂の両親から訴えられた睦己は罪を認め、賠償金を払った後、『天神』を離れ、近くの農業コロニーの食料工場に就職したという。今でも年に一回、工場のギフトセットを志穂に贈ってくる。

「星間運送で送料も高いから、もういいって言っているんだけど……」

 彼女なりの謝罪とケジメらしい。

 向井隼人は傷害罪と脅迫罪、ストーカー行為で裁かれ、刑を終えた後、アティーナ星系の小惑星帯アステロイドベルト稀少金属レアアース鉱山の寮の管理会社に勤めている。寮の住人は男女とも屈強の宇宙鉱山作業員で、すっかり大人しくなり、真面目にやっているらしい。

 

 バンガローを出て、美佳は林の遊歩道を暮れゆく景色を楽しみながら歩き出した。

 

『この事故物件の件は……もしかしたら、美佳にとても良い出会いを与えてくれるかもしれないな』

 

 六年前に亡くなった父の言葉どおり、彼女達とは違う星系、遠くまで離れていても、ずっと良い関係を続けている。彼女達との付き合いで美佳の

 

『お前、何か人を寄せ付けないところあるよな』

 

 と、いうところもすっかり抜けたらしい。彼女達以外の人の輪に入ることも出来るようになった。そして……

 

『上手くいったらきっと素敵なご褒美が貰えるよ』

 

「雅彦くん!」

 休日出勤を終え、遊歩道の向こうからやってきた夫に声を掛ける。

「美佳!」

 雅彦がタブレットを掲げる。

「前に言っていた霊の憑いているかもしれないアバターを撮ってきたんだ!」

 霊視出来る妻の顔を見た途端、いそいそとカメラロールを開く彼に吹き出す。雅彦の隣の部屋に引っ越した美佳は彼を逃すものかと押せ押せで交際を始め……半年後には見事、同棲に持ち込んだ。その後、一緒に住みながら大学を卒業し、就職後、息子を妊娠して結婚したのだ。

 

『美佳はこれから霊に怯えなくても生きていけるようになる』

 

 ええ……そうなったわ。お父さん。

 あの事件以来、美佳は『視る』ことに怯えなくなった。

「……お父さんの『勘』とおりだわ」

「えっ?」

「……なんでもない」

 夫の腕に抱きつく。

「父ちゃ! 母ちゃ!」

「お父さん! お母さん! バーベキューが始まるよ!」

 父親似の陽気持ちの娘の晶と母親譲りの霊感持ちの息子の純、そして娘の子守りロボのトールと、息子の子守りロボのバインがやってくる。

「本当に素敵な『ご褒美』だわ」

 笑顔で子供達を迎える。四人とも、ちょっと変わった『ギフト』持ちの家族だが、足りないところは頼って、出来るところは助け合って、普通に当たり前に幸せに家族をしている。

 

 並んで皆でバンガローに向かう。バンガローの前にバーベキューセットが置かれ、それぞれの家族が囲んでいる。

 楽しげな声が夕闇に響く。藍に染まった空に天の川銀河の星々が浮かびキラキラと瞬き始めた。


透明な隣人 -瓜生美佳事故物件始末記- END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透明な隣人 -瓜生美佳事故物件始末記- いぐあな @sou_igu

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ