Day10 再会そして(お題・ぽたぽた)
「本当に志穂さんがいるのかよ。からかっているのなら女でも容赦しないからな」
むっと腕を組む樹季に美佳は思わず苦笑した。
確かに昼間、『曰く憑き』の部屋を見た後
「実は私には霊感があるんです。志穂さんの幽霊は私の部屋にいます。会いたかったら来て下さい」
夜に部屋を訪れて言われたら正気を疑うのが普通だろう。
「粗茶でぇす」
トールがキッチンから緑茶を淹れたカップを持ってきてテーブルについた四人に配る。美佳の誘いに半信半疑ながらも、もしかしたら……と期待する瞳に、信じてない様子だが、とりあえず瞳の付き添いに来た樹季。そして、幽霊は怖いけど、仲間外れにされて知らないところで何か起きるのはもっと怖いという文香。トールが三人と美佳の前に湯気の立つ湯飲みを配り、最後に五つ目の空の湯飲みを美佳の隣に置いた。
「トール」
「はぁい。電気を消しまぁす」
部屋が暗くなる。
「静かにして下さいね」
皆が黙り込むと夕方からしとしとと降り始めた雨がベランダにぽたぽたと落ちる音だけが部屋に流れる。
「じゃあ、志穂さん」
美佳の目配せに志穂が小さく頷き、瞳と樹季に顔を向けた。
『瞳ちゃん、樹季ちゃん、お久しぶり』
か細い声が雨音に混じる。同時にぼんやりと座った女性の影が現れた。
「志穂……」
その姿を見て涙ぐむ瞳の横で、樹季がうっと呻く。文香がぎゅっとトールの腕にしがみついた。
「本当に志穂なのね」
テーブルを回り込むようにやってきて、瞳が彼女の前に座り手を伸ばす。
『うん、瞳ちゃん。昼間は探してくれてありがとう』
志穂も同じように手を伸ばすが、触れようとしても、すり抜ける。
「志穂さんは幽霊としても、かなり存在が希薄なので、誰かに触ることは出来ないのです」
姿を現すのも声を届けるのも昼の陽気が消えた、夜更けからでないと出来ない。昼間は四号室のときのように声も姿も美佳にしか聞こえないし見えないのだ。ならばと筆談で会話しようにもペンを浮かすことすら出来ない。
「だから夜中に枕元に立って『お願い』していたんです」
それはそれで普通の人には十分怖いが。
「『出ていって』て、どうしてあんなこと言っていたの?」
瞳の問いに志穂は『解らないけど……』と首を振った。
『でも、最近、黒い小鳥がマンションに周りを飛んでいるのを見てから、何が何でも皆をここから離さないといけない気がして……』
毎晩、一人ずつ訴えていたのだ。
「多分、転落事故に関係あると思うのですが、志穂さん、事故にあった前後の記憶が無くて」
死の衝撃で記憶が飛んでしまうことは割とよくある。美佳の説明に「黒い小鳥……」樹季が唸った。
「あたしもマンションの門のところで見た」
「私も……」
「それはこれでしょうかぁ?」
トールが月曜日の帰り道、一緒に見た頬黒文鳥の画像を美佳のバリカに送る。あの後、文鳥関係のネットサークルに迷い鳥として画像を送ったが、今のところ飼い主らしい人物は現れていない。
美佳が皆にバリカを見せる。
「これだな」
「これ、志穂がストーカーに遭っていたときの不気味な黒い鳥に似ている……」
画像を睨むように見ていた瞳が細い眉をしかめる。
「ということは、またストーカーがマンションの誰かを狙い始めたってことか?」
樹季の推測に「幽霊の上に更にストーカーなんて……」涙目で文香がトールの丸いボディに抱きついた。
「しかし、だからってマンションを出ていくのは無理だぜ」
美佳の引っ越しを例に出すまでもなく、この時期、空いている部屋を、それも四つも探すのは無理過ぎる。
しばし、眉間を寄せて考えた後、瞳が
「……だったら、ストーカーを捕まえましょう」
きりりとまなじりを上げた。
「志穂の失った記憶、事故のときに四号室で何があったかを調べればストーカーの正体が解るかもしれない」
そうすれば志穂は心残り無く死を受け入れて成仏出来、マンションの住人は安心して暮らすことが出来る。
「そうだな」
「私も調べます」
『とにかく、その幽霊が成仏出来るように美佳も手伝ってあげなさい。上手くいったらきっと素敵なご褒美が貰えるよ』
父の言葉を思い返す。
「トールもお手伝いしまぁす」
両腕を上げるトールの後ろで「私はちょっと無理……」文香がぼそりと告げた。
「そうよね。志穂と全然関係ない文香さんはいいわ」
しかし、当分は黒い小鳥に気を付けるよう注意する。
「では、私達三人でやってみましょう」
まずは過去のストーカー被害と転落事故を検証すること。そして再び現れた黒い小鳥の正体を突き止めること。
ぽたぽた、ぽたぽた。今夜のように降る雨の中、彼女に何が起こったのか。
「志穂。必ず私達があなたを救ってみせるから」
『うん。……ありがとう』
志穂が三人に深々と頭を下げた。
* * * * *
「とりあえず一緒に大学に行ってみましょか」
朝、存在が薄く、美佳の目にもほぼ透明にしか見えなくなった志穂に出かけようと誘う。大学や駅、電車……外を歩くことで何かの拍子に記憶がよみがえるかもしれない。
『はい』
一緒に部屋を出る。毎朝の掃除にクリーナーとスクイージーを持ったトールもついてくる。
……しかし、意外とすんなり私が霊感があることを受け入れて貰ったよね……。
本物の幽霊を前にしては、そんなこと些細なことだったのかもしれないが。
『お前、何か人を寄せ付けないところあるよな』
もしかしたら、この件は自分にとって、今までの自分から変わる良い機会になるのかもしれない。
雨上がりの朝が眩しい。
「いってらっしゃいませぇ」
美佳は隣の志穂と目を合わせ、小さく笑むとマンションの門から出た。
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