第18話 決断

 結局この婚約を解消した。


 家族も婚約解消に賛成と反対で割れた。さすがに費用を出す側の父親が最後まで粘った。何かがおかしいと思いつつも、挙式が済めば向こうも考えが変わるという楽観的に考えていたのだろう。だがそれは、自分と彼女氏のやりとりをほとんど話していなかったからで、都合の悪い情報を遮断すればそういう考えにもなる。

 なぜ親に逐一報告しないかって、「自分たちでなんとかしなさい」という父親の話をその通り実行したから、というだけではない。どの親だって子供がひどい目にあえばつらい。だから、どの子供だって、親に自分のつらい体験をありのままに話したりしない。彼女氏の言動がひどすぎてとても親にそのまま伝えられなかった。

 もう一つは、「婚約解消」という判断の責任のありか。結婚は当人どうしだけで決まるのが現代の日本のルール。親が押し付けることはできない。建前でも実質でも、これは自分で判断しなければならないことだ。

 自分に起きたことを洗いざらい話せば親が「この結婚はやめろ」と判断するだろうが、そうやって判断の責任を親に押しつけたくはなかった。


 向こうの家には反対された。

 本人からも反対された。


 信じられないことに、向こうの一家はこのまま無事結婚できると考えていた。根耳に水だったようだ。

 父親は娘に電話して「何か謝ることはないか?」と聞いたらしい。「ないよ」がその返事だったと。それぐらい順調だという認識だった。

 姉に電話したあと、実は彼女氏にも電話した。結婚をやめると決めるにしても、全く会わずに決めたくない。また二人で仲良く出かけられれば、式は無事できるかもしれない。

「明日の休みは予定ある?」

「ないよ」

「じゃあ二人で出かけようか」

「嫌だ」


 こんな相手と結婚などあり得ない。


 それでも強引に会う約束をとりつけたが、ろくに会話もなく、つまらない文句ばかり言われ、何もいいことがなかった。

 決定的だったのは、電車に乗って、空いているロングシートに彼女氏が座ったので、その隣に座ったとき。

「!」

 まるで隣に見ず知らずのおっさんが座ったかのように、彼女氏はすっと横に移動して、一人分の空間を空けられた。


――ここまで自分を嫌っているなら、別れてやればいい――


 迷いは完全に吹っ切れた。

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