第19話 プロファイリング

 本質的に、婚約者に「電話するな」と一方的に言ってきて詫びもしない人間との結婚などうまくいくはずがない。家族に相談すれば「言いつけたでしょう!」と逆ギレしてくる。話にならない。

 それでも、一番クリティカルな出来事は何だったかと考えるなら、クリスマスイブの予定を勝手に決められたことだ。向こうの親の話ではシャンソン歌手を聴きに行ったとのことだが。


 ここでシャンソン歌手と知り合い、というのが引っかかった。自分など何度ライブに行ってもアーティストと知り合いになれたことはない。よくてCDを買ってサインと握手をしてもらうぐらいだ。

 その一方で、シャンソニエという店を知った。店の形態はコンサートホールではなくバーだ。そいうところなら、例えば上司につれていって貰えば歌手の人もよくしてくれるだろう。席までお酌しに来れば名刺を交換して「また来てね」ぐらいは言う。これで「歌手の知り合い」ができる。シャンソニエでなくても、ミュージックバーの何かかもしれない。

 その歌手からクリスマス企画があるから来てください、と営業かけられれば、「行きます」となろう。

 だが、バーに独身女性が、一人で行くだろうか。一ヶ月後に挙式を控えた女性が、婚約者をほっぽって一人で行くはずがない。行ってはいけない、と言いたいのではない。常識的にそういうことは少ないであろうということだ。

 しかも、やましいところがなければ、普通に「シャンソン聞いてきた」と言うだろう。ところが、これを知ったのは親の自慢話があったから。でなければ一生分からなかった。


 では誰と行ったのか。


 同性の友達と?

 それなら「婚約者も呼ぼう」となるだろう。せっかくのイブの夜をバラバラに過ごすことにさせて結婚がチャラになったらどうするのか。とても責任を負えない。


 他の男と?

 あり得るが、独身男性という話はなさそうだ。そんないい相手がいるなら、とっとと自分のことなどふってそいつとくっつけばいい。向こうだってみすみす彼女を他の男と結婚させたりしないだろう。


 実際は、婚約者との関係は最悪であってもなお、「結婚」そのものには異様なこだわりをみせた。


 そうすると会社の上司(妻子持ち)か?

 しかしクリスマスイブは3連休の中日だ。会社帰りにちょっと寄るのとはわけが違う。クリスマスイブに会社の女子とデートなんていったら言い訳不可能で向こうの家族にヒビが入る。


 3連休の中日に、家族と過ごさないことが許される妻子持ちとは誰か。


 いた。


 単身赴任の妻子持ち管理職(中間管理職も可)。


 仕事納めの後に帰省するというのであれば、その前の三連休はわざわざ帰らなくてもよいとなろう。むしろ、一人で過ごすような話だったクリスマスイブを、若い女性がいっしょに過ごしてくれるというなら、悪い話ではない。

 あるいは、イブのミュージックバーの営業をもらって、「君結婚するんだから、婚約者もつれてきて一緒に飲もう」と誘ったかもしれない。それに対して「いいえ、私一人で行きます(キリッ)」となればどうか。

 これは違うメッセージを相手に送ることになる。

 婚約者が「二人だけで話したい」と言ったときに「嫌だ」と返したのとは正反対のメッセージだ。


 さぞや楽しいクリスマス会だったに違いない。

 その後どうなったのかまでは知りようがないが。

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