第2話 突然怒り出して帰ってしまう
新居に越して一週間。新生活のための家財道具として、洗濯機を買いに行った。日々溜まっていく洗濯物に閉口していた。
土曜日。家電製品なら秋葉原かな、と連れ立って出かけた。家電量販店で赤い全自動洗濯機を買った。配達は火曜日の予定。
他に必要なものといえばガスコンロだが、それがどこで買えるのかよく分からなかった。まあ急ぐことはないかと思った。
「あとカセットテープを買っておこう」
披露宴のときのBGMを録音して渡す用に、46分テープを何本か買った。
その後は、王子まで戻ってランチ。駅前のビルでボーリングやバッティングセンターなどで遊んだ。久しぶりに二人で楽しんだ。
それから新居に戻って、テレビを見ながら雑談。
夕食は一緒に外で食べようと誘うと、彼女氏はいいよとついてきた。
霜降り銀座の方にやや歩いてそば屋を見つけ、そこで食事をした。いつものように手を繋いで新居へと歩いた。他愛もない雑談をしながら歩いた。一緒に暮らしたらどうするかも話した。共働きだから家事は二人で分担する。買い物も妻に押しつけず一緒に行く……等々。秋の夕暮れは早く、すっかり暗くなっていた。
新居がもうすぐというところで、変な声が聞こえた。
「ううぅぅ……」
気づいたら手を繋いでいなかった。
「どうしたの?」足を止めて振り向いた。
彼女氏は下を向いて両手を握りしめている。
「何怒ってるの?」
「怒ってないよ!」
なにがなんだか分からないうちに新居に着いた。
「じゃあね」
前に止めてあった自転車に乗ると、そう残して彼女氏は去っていった。
言葉と裏腹に、どう見ても怒っていた。
なぜ怒り出したのか、よく分からなかった。
あるいは、この直前に気安く名前呼びしたのが気に食わなかったのかもしれない。その瞬間に機嫌が悪くなり、「〇〇(苗字)さんでいいよ」と冷たい声が帰ってきた。それから上記の通り。
新居に戻ったら何が起きるかを想像してしまったのかもしれない。
婚約者どうしの若い二人が、新居で夜を過ごすといえば、やることは決まっている。夕食からの帰り道、新居が目の前というところまでそれに気づかなかった、というのはここでは置こう。
気づいてしまったとき、おそらく、「あり」か「なし」かを考えたに違いない。
行動から分かるのは、「なし」が選択されたとということ。
それ自体の是非は置こう。
引っ越したすぐ後に、新婚生活とはどういうことかを相互に確認する機会があるにはあった(婉曲表現)。このときは合意形成ができていないと実感されたので自重したが、この際に明白な「セクハラ」があったことは認める。
だから、その後の彼女氏の機嫌を気にかけていた。夕食を食べて帰る途中までは問題なさそうなので、油断したところにこれだ。
何の前触れもなく、怒って帰ってしまうというのは完全に予想外だった。
やはり本当に、気安く呼んだのが気に障ったのか、自分のことが生理的にムリだったのか。夜に突然新居に来たときに覚悟は決まっていたはずだという認識は自分にとって都合のいい誤認だったのだろうか。
それにしても、明らかに怒っているのに「怒っていない」という。
こちらに落ち度があって、それに文句を言うのならまだ考えようがある。不平不満をぶちまけてくれるなら言い訳もできる。だがそうではなく、何の説明もなく不機嫌になって帰ってしまうのでは、どうにもならない。
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