第3話 電話を禁じられた

 土曜日に婚約者は怒って帰ってしまったので、日曜日は冷却期間として連絡は控えた。週が明けて火曜日に洗濯機が届いたので、会社から帰って洗濯をしながら、彼女氏に報告の電話をしてみた。

「洗濯機が届いたよ」

「ふーん」ずいぶんと冷たいリアクションだった。

 続いて次の週末にガスコンロでも買いに行こうという話をしていると、

「もう電話しないでくれる?」という予想外の言葉が。

「え?」

 それは驚く。

 女性から「もう電話をしないでほしい」と切り出すのは、交際を断るときの常套句ではないか。SNSがある現代ならともかく、その当時リアルタイムで連絡する手段は電話しかなかった。だから、「電話をするな」と言われたらもう交際は続けられない。

 出会って時間があまり経っていなくて、前のデートでだいぶ退屈させたとかいう実感でもあるのなら、この人のことはあきらめて新しい出会いを探そうという話にもなるのだが。

 婚約し、独身寮を引き払い、入籍すれば借り上げ社宅になる新居に来てまだ一週間。これで別れ話はきつい。


 金曜日ににまた電話をした。ここでも改めて「電話をしないで」と言われた。

 なぜ「電話をするな」と言い出したのかは、ある程度は説明があった。「仕事やプライベートが忙しいから帰宅後電話に出たくない」という話だった。箱根に旅行に行くし、泊りがけの出張もあり、長電話などしている余裕がないと。

 週に1、2回の数分の電話しかしていなかったはずだが。

 そんな週末の予定を相談する電話も嫌であるらしい。


 翌週11月になって、もう1回電話をした。

 「電話をするな」という要望は一発アウトだから、聞かなかったことにして3回目の電話をした。「文化の日」の飛び石連休はどうしようかと話した。これもまた「電話をしないで」と言われて話が続かない。

 念のため、電話そのものが嫌なのか、自分と話をするのが嫌なのかを確かめるために、

「じゃあそっちの家に行くから直接会って話そう」と話をしたら、

「絶対に来ないで!」と全力で否定された。


 11月3日になり、特にすることがなく、今後どうしたものかと考えていた。部屋でだらだら過ごしていたら夜になって誰かが来た。

 玄関を開けると、彼女氏がいた。

「いらっしゃい」機嫌が直ったと思って嬉しくなった。

「これ、食べて」と彼女氏は、パックの煮物を突き出した。むすっとした顔だった。

「あ、ありがとう」と受け取るや否や、

「電話しないでって言ったでしょう!」と本題を切り出した。「とにかく電話しないで!!」

 会話も何もない。こちらの返事も聞かず踵を返し、さっさと自転車に乗って帰ってしまった。

 いくらか無理な要求をしているという自覚はあるのだろう。だからこそ料理を持ってきたということではある。

 これまでは手料理はタッパーに入れて持ってきたので、都度洗って返していた。

 今回は、使い捨てのプラのパックだった。


――もう二度と新居に来る予定はない――


 パックのペラペラした手触りに、そう実感するしかなかった。

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