第9話 遠方の友人夫婦

 すったもんだの挙げ句、婚約者に電話できないという状況は解消された。

 週に1回ほど、向こうから電話がかかってくるようになった。

 「なにかある?」「別に」というような簡単なやりとりだが、一応は話ができるようになった。いちいち嫌そうな声で電話をしてくるので、おそらく、親から電話をするようにしつこく言われているのだろうなと推測された。


 気づけば12月。来月はもう挙式の予定。

 そこに少し違う声色の電話がかかってきた。

 結婚して遠方に住んでいる友人が、夫婦で東京に来るというので、金曜の夜に食事の約束をした。池袋に店を予約してあるので、駅で待ち合わせだとのこと。

「一ヶ月ぶりに婚約者に会えますよ♡」

 久しぶりに気分が軽くなって、定時で上がるときに会社で同室の人にこう話した。「大丈夫かよw」

 まあそう言われるか。

 待ち合わせは無事合流でき、向こうの夫婦と、こちらの婚約者どうし二人の計4人で、楽しく時間を過ごした。

 彼女氏は、少し前までの嫌そうな態度はなく、いかにもこれから私達結婚します、という空気をうまく出してくれていた。

 二次会でカラオケに行って、それから別かれて山手線で巣鴨に移動。そこから地下鉄で西巣鴨に行くとほとんど真夜中だった。


「送っていくよ」

 新居までは30分ほど遠回りになるが、このまま夜道を一人で歩かせるのも酷かと思い、そう提案した。新居に一緒に帰るというところまでは考えが及ばなかった。

 道順はよくわからないので彼女氏について歩いて、アパートの前で別れた。

「わざわざ遠回りさせてごめんね」

 と、今までの態度から考えられないほど素直に彼女氏が話した。

「婚約者なんだから、当たり前だよ」

 そう応えて、新居の方に歩き始めた。

「もう言いつけないでね」

 別れ際に彼女氏がそうぽつりと言った。

 結局それかい。

 と思いつつも、「ああ」と応えた。そうそう「電話しないで」クラスの暴言は出ないだろうと思った。

 それにしても、婚約者の両親が予想以上に毒親だということが分かって胸が傷んだ。結婚して自分と家族になれば、あの親からも守ってあげられるかもしれない。


 遠方から来た婚約者の友人夫婦のおかげで、二人の信頼関係はずいぶん回復した。 

 二人でいる時間をこれからもっと増やせば、徐々にでも信頼関係を再構築できるのではと思った。

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