第13話 式場に伝説を残す花嫁
午後は式場の打合せだった。披露宴の詳細を今日のうちに決める予定。
係の人が彼女氏に、「花嫁が歌うカラオケは『愛が生まれた日』でよかったですね」と確認した。彼女氏はそうですと答えて、本当に楽しみにしているようだった。
披露宴がそんなに楽しみなら、おかしなことにはならないだろうと油断した。
しばらくして、係の人が資料を手にしてこう訊いた。
「写真はどうしますか?」
「いらなぁい」
彼女氏がいきなりこう答えた。
―― ! ――
一瞬場が凍った。
「何言ってるんだ!」
まさか結婚式の記念写真を「いらない」という花嫁がいるとは予想もしなかった。しかも言い方!
こちらと向こうの両親が揃った席だが、かまわず大きい声でたしなめた。
「変なこと言ってすいません。どういう撮影のプランがあるですか?」
そしてこうフォローした。記念写真の段取りはなんとか進められた。
係の人は冷静に対応してくれていたが、これは絶対、後で式場の職員の間で話題になるなと思った。結婚式の記念撮影を断る花嫁など前代未聞だろう。
話はこれで終わらない。
係の人が席を離れて雑談になった。その最中、
「結婚式が終わったら、実家に帰りたい」
ぽつりと彼女氏が呟いた。
「結婚というのは、そういうものじゃないんですよ」
これはすかさず、自分の父親が諌めた。自分の姉たちだって、結婚式の日にハイヤーに乗って家を出てから、そのまま帰ってこなかった。結婚して新しい生活を始めるというのはそういうことだ。
「式の日は別々に泊まって、次の日から仕事で……フフッ」
新郎の父親から真面目に注意されたのに、彼女氏は半笑いでそんなことを口走った。
新婚初夜を夫と過ごすつもりがない、ということをそんなふざけた態度で表明されても困るし、翌日仕事をするという話に至ってはまったく意味不明だった。式の日程は土曜日で翌日は日曜日だ。それに、会社から特別有給が出るから前後の平日も休みにするのが常識だろう。新婚旅行に行かないとしてもだ。なぜそんなに会社に行きたがる?
「じゃあ彼君さん、うちに泊まってください」
彼女氏の父親は、少しばつの悪そうな顔をしながらそう代替案を示してきた。
「友達にホテルマンがいて、その人に都内のホテルをとってもらってありますよ。その話は前に彼女氏さんに電話で話したはずです」
自分はきっぱりそう伝えた。
彼女氏は実家に帰りたいのではなく、新郎と泊まりたくないに違いない。それを何とかしてくれなければ、新婚生活が始まらない。当日どこに泊まるかという話は枝葉だ。
写真の件と新婚初夜の件は、どちらも向こうの両親がはっきり聞いたはずなのだが、娘に何も注意しないことが不思議だった。些細なことで怒鳴りつける毒親のはずなのに。この一家は自分たちに不利になることは耳に入らないのではないか。そうとさえ思えた。
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