第14話 「二人だけで話がしたい」
打合せ後の夕方に彼女の実家に呼ばれた。特に用事があるわけではない。彼女氏の母親の世間話や、テレビを見てあーだこーだと雑談をすることに付き合うためだ。二人の関係が良好なら、彼女氏の一家団欒に加わって楽しい夜を過ごすことができただろう。
彼女氏は母親の横にぴったりくっついて座り、ずっと黙っていた。母親の話には受け答えしたが、自分とは全然話をしなかった。この夏まではそうではなく、彼女氏は自分の横に座って、楽しそうに話をしていたのだけど。
雑談が一段落ついたところで、これだけは言っておかないといけないと思い、やや遠い彼女氏をじっと見つめて話を切り出した。
「二人だけで、話がしたいんだけど」
「嫌だ」
―― ! ! ! ――
朝の新年会の誘いのときとまったく同じ応えだった。
「なに? その返事?」
あからさまに不快感を表してそう返した。
彼女氏の両親は何も言わなかった。式場でも、娘が無茶苦茶を言ってもそれを諫めることはなかった。毒親は子供への溺愛と表裏一体と思えば不可解なことではない。
「ここで話せばいいでしょう?」
「……」
新婚初夜をどうしますか、って親の前で話せというのか。
不愉快で胃がねじ切れそうだった。
もう少しこの状態が続いたら、「さようなら」と告げて実家に帰るつもりでいた。
「ねえ、話をしてやればいいんじゃない?」
しばらくしてから、母親がそう切り出した。そして、翌日夕方5時に迎えに来て二人で話をすることが決まった。
話が大きくなってしまった。本当は、二人で違う部屋に行って小声で話すだけでよかった。聞きたいことは一つだけだ。「挙式後に一緒に過ごしたくないのは、自分のことが嫌いだからか? それとも違う理由があるのか?」
そして、「嫌だ」という答えから、この問いの答えはもう出てしまっていた。
だから、本当はそう言われたところですぐ帰ればばよかった。「椅子を蹴って帰る」という言葉が当てはまるのはまさにこういう場面だ。
そして家に帰って、「二人で話がしたいのに『嫌だ』と言われた」と親兄弟にぶちまけるつもりだった。当然、縁談は破談になる。
母親が機転を効かせて、その展開を阻止した形となった。
それにしても、親の前で不機嫌に、はっきりと娘をたしなめる新郎に何も思わなかったんだろうか。これまで、多少の粗相があっても、親の顔を潰すようなことは言わないつもりでいた。しかしこれは度を超えている。だから自分には許容しがたいということを遠慮なく表明したつもりだ。
向こうの両親が、新郎があからさまに嫌そうな反応をしたことをスルーした代償は後で支払うことになる。
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