第15話 大晦日
12月31日の夕方に彼女氏を実家に迎えに行き、自分の実家に連れてきた。
希望通り二人だけで会話ができるようになったが、確認したいことは昨日結論が出ていることもあり、まともな会話はできなかった。
向こうにしても、口を開いたと思えば言うことは、
「見たい番組があるから、それまでには帰りたい」
である。
「見たい番組」も何も、大晦日だからそんなものは『紅白歌合戦』に決まっている。婚約したばかりのころであれば、向こうから「紅白を一緒に見よう♡」と言ってきたはずだ。
今「紅白」と具体的に言わないのは、こちらから「一緒に見ようよ」と言い出されるのを警戒しているからに違いない。
12月に「24日は用事があるから」と電話してきたのと同じ論法だ。クリスマスイブの楽しい用事を具体的に言えば、「じゃあ一緒に行こう」と言われてしまう。だからこそ「用事があるから」しか言わない。
それでごまかしたつもりかもしれないが、「楽しいことをオマエと一緒にしたくない」という感情は完全にこちらに伝わってくる。なぜここまで嫌われなければならないのか。
もっとも、紅白はこちらが「見るな」と言う筋合いはない。テレビぐらい好きに見ればいい。実際この日は紅白が始まる前にちゃんと送り返した。
クリスマスイブについては話が違う。誰とどこで過ごすのかを正直に言えば、多分こちらは承服できない内容だったはずだ。
一か月後に挙式の花嫁が、まさか婚約者以外の男とクリスマスデートなどやるはずがない。いくらなんでもそこまでひどい人間じゃないだろう。一応そうだと信じているようにふるまった。信頼を見せてどうなるか様子を見ていたということでもある。
その結果がこれだ。
クリスマスデートか、ただの女子会かは知りようがない。とはいえ。
婚約者に内緒で思いっきり楽しんで、翌日顔を合わせれば、前日のことはいっさい聞いてこない上にプレゼントまでよこしてきた。チョロいw
と思われたフシがある。
信頼されていることに気付いたら、こちらも相手を信頼し、裏切らないようにする。それが人間関係の基本だろう。
情報の非対称性など構造的な条件のもと、好きなようにやって咎められることがないと分かったとき、人はやってはいけないことを堂々とやるようになる。これをモラルハザードと言う。
12月30日の彼女氏の態度はこれとしか言いようがない。自分は何をやってもいいと勘違いしていたわけだ。
――この結婚はやめにしたい――
彼女氏を実家に送って、戻ってきたとき、そうはっきり思った。
それまでは断られる心配ばかりしていたが、このときから、どう断るかを探るようになった。
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