第21話 結婚という持続可能な不倫のかたち
どの辺から会社の誰かといい仲になったのかは知らない。
結婚の条件は最初から「結婚しても仕事を続けること」だったが、平成初期だって共働きは珍しくもなんともない。この時点は違うだろう。
新居を探し始めた当初も違ったに違いない。
何かが違う、と気づくのは、新居の条件が「通勤時間を伸ばしたくない」になったときだ。「子育てに適した快適で広い家」を彼女氏は全く考えなかった。
仕事が忙しいから電話はするな、と言い出したときはもう本命が新郎からその「誰か」に移っていたはずだ。
婚約解消は3連休明けに、職場に親からかかってきた電話で知ったらしい。
こちらとしては、「あれだけ嫌っている新郎と別れられて、喜んでもらえるはずだ」と確信していたが、実際は違った。
外回りの営業を「泣きながら歩いた」と被害者面されたのはまあ置くとして。
「今まで冷たくしてごめんなさい」と謝ってきたら多少は心が揺らいだが、彼女氏が謝ることは全くなかった。
それより、式を中止したら「会社を辞めないといけなくなる」と文句を言われた。「だから何?」としか言いようがなかった。
披露宴でカラオケが歌えなくなるだけだし、そんなのはまたチャンスがあるだろう。相手は俺じゃないがな。と思ったが事情が違うらしい。
独身の女子が妻子持ちの上司(かただの先輩)と愛人関係になるのは普通抵抗があるだろう。もし妊娠でもしようものなら親から殺されかねない。
しかし、結婚すれば逆に歓迎される。親からしたら父親が誰でも孫は孫だ。
この思考回路なら、決まっている縁談を壊す理由はない。
式が終わったら、もう親はうるさく言わないだろう。
将来は「夫」が保障してくれる。
自分は好きな男とどこまでも付き合うことができる。
「結婚」というのは、持続的に不倫を続けるための一つの愛の形と言えるかもしれない。
花婿も切れば赤い血が流れる人間だということは、この過程では考慮されない。
こう考えて、「式が終わったら実家に帰る。(新郎とは)別々に泊まって、次の日は仕事」と話していた意味もようやく見えてきた。
それは単に仕事が生きがいとかそういうレベルではない。
披露宴で花嫁衣裳でカラオケを歌った後は、即職場の誰かに会いたいのだ。
仕事にやりがいや報酬、社会への帰属意識だけでなく、性的な充足感を得ていたとしたら。
黙っていれば自分のこういうたくらみは新郎にばれず、結婚まで秒読みだったとしたら。
いや、それでも相手を騙す知恵があったなら、こんな嫌な思いはしないで済んだのかもしれない。火遊びの隠し方が5歳児レベルのメンタリティだから、何もかもぶち壊しになった。
男であれば複数の女性とかなり平等に交際できるが(実体験ではなくフィクションなどでよくある話)、女性は複数の相手の子を同時には妊娠できない。確実に意中の人の子を産むためには、他の男との交流は断るしかない。
騙すという発想がなければ、自然と意中の相手意外には冷淡な態度をとることになる。
これが突然態度が悪くなった理由であろう。
配偶者以外との間に子をもうけることは、結婚に対する重大な契約違反であるから、このようなケースは結婚をやめる十分な理由になる。
おそらく、管理職は仕事を続けるであろう。
他の者と婚約している女性に手を出して婚約解消に至っても、男は何も咎められなかった可能性が高い。平成初期の世界では、結局は男の方を立てて女性が損な選択を強いられることがまだあった。
彼女氏は、会社にいずらくなるか、あるいは、会社から退職を勧められるかもしれない。法的には辞めさせることはできないから、会社に残るのは自由だが。
そんな話はもはやどうでもよく、彼女氏が仕事を辞めたのか居座ったのかももう分からない。
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