第35話 魔王問題
「おいあれってもしかして」
「アリスフォード様だ! アリスフォード様が帰ってこられたぞ!」
魔界にある魔族で唯一の国ゾルドレインに足を踏み入れた瞬間、門番を行っていた魔族がアリスの姿を見てそう声を上げる。その歓喜の叫びが連鎖していき、気が付けば俺達の周りを数十人くらいの魔族達が囲んでいた。
「人気者だな」
「当然であろう。妾はこの国で五人しかいない魔王候補のうちの一人であるからな」
「ほえ~、そりゃ凄い」
というか魔王候補が五人もいたのか。魔族はかなり人材が豊富らしい。
「アリスフォード様。お待ちしておりました」
そんな折、民衆の中から一人の騎士のような恰好をした魔族がこちらへと近づいてきてアリスの前に跪く。
「おおっ、グレイルではないか!」
「知り合いか?」
「うむ。妾の側近じゃ」
「なるほどね」
魔王候補ともなれば人間で言う王族のようなものなのだろう。そうなれば当然、部下というものは存在するわけで。それにしても到着した途端に現れるなんて魔界の伝達速度はずいぶん早いんだな。
「私、グレイル! あなたさまが生きてお帰りになることを信じここで長きにわたり待ち続けていたのです! あの椅子の上で!」
そう言ってグレイルが指さすのはポツンと置かれた一つの丸太の椅子だ。もしかしてあの上でずっと座って待っていたとかいうんじゃないだろうな。アリスが魔王の試練に入ってから結構時間経ってるんだぞ。そんなこと流石にないよな?
「よくぞ待っていてくれた。してグレイル、さっそく聞きたいことがあるのだが」
グレイルの狂っているともいえる行動の告白を軽く受け流すアリス。もう少し拾ってやれよとは思わないでもないが、触れたくない気持ちもわかる。
「魔王の即位はどうなった?」
「……それがお伝えしたくて待っていたのです。ここでは人の目も多く、話せませんのでひとまずはアリスフォード様の居城へと向かいたいところなのですが……私からも質問があります」
「なんじゃ?」
「その横に居る男は誰ですか?」
グレイルが指さすのは俺の方。当然の疑問だろう。主がようやく帰ってきたと思えば横に変な奴がいるんだから。
「こやつの名はライトだ。今はそれしか教えられぬ」
ちゃんと葛西の部分まで伝えてくれるかな、という俺の思いは口に出せずに消えていく。
そして一方のグレイルはアリスの言葉を聞いて納得したのか目をスッと細めてこちらを見る。
「承知しました。ではその話も含めて屋敷でお話ししましょう。ライト殿もついて来てくだされ」
「ああ」
そうして俺達はグレイルの後へと付いていくのであった。
♢
ズズッ……。
出された茶を飲みながらアリスとグレイルが戻ってくるのを待つ。今俺はアリスの居城の中にある客室で待たされているところだ。なにせアリスは両親を既に亡くしているらしく、この城の主はアリスしかいない。その唯一の主が魔王の試練に行ったきり帰ってこなかったのだ。そりゃあ城の使用人たちへの挨拶回りも時間がかかることだろう。
「すまんすまん待たせたな」
ガチャリと扉が開き、グレイルとアリスが戻ってくる。
「別にいいぞ。美味しいお茶もお菓子も貰えたし」
「なら良かった。では早速話でも始めるか」
机を挟んだ向かい側にアリスが座り、その横にグレイルも座る。アストゥール王国ではこういう時、使用人は横に立っていたがこの国ではどうやら違うらしい。まあこっちの方が話しやすいというのもあるだろうが、単純にこの魔王が強いから突然部屋の中へ殴りこみに来るような輩が存在せず、立っている必要が無いのだろう。
「まずはライトについての話からだが、単刀直入に言おう。今代の魔王は妾とライトの二人となった」
「……」
流石はこの城唯一の執事兼護衛だ。アリスからそう言われても驚きもせずに無言で聞いている。
「はい!?」
違った。驚きすぎて反応が遅れただけだった。
「どどどどどういうことですか!? 魔王が二人なんて聞いたことがありませんよ!?」
「鑑定すればわかる話だ。称号のところが二人とも魔王となっておる」
「……嘘は言っていないようですね」
未だに信じられないのか首をかしげながらも一応の肯定はする。初代魔王さんが言っていた通りであれば魔王が二人の時代なんて初めてだろうからこの反応でも仕方がないのだろう。
「妾達が正真正銘の魔王となったという事は他の魔王候補たちの称号が消えたはずだ。さっそく即位式に移りたいわけだが、その様子だと面倒なことになっておりそうだな」
「……実はそうなのです。一人を除いたすべての魔王候補たちは魔王候補の座を諦めているのですが」
「その一人というのは十中八九、ファフニールであろうな」
「左様でございます。アリス様が帰ってこられない間、魔王候補同士で戦いあったのです。そして勝ったのがファフニール。実力も申し分ないということでまだ魔王候補ながらにして勝手に即位式を上げてしまったのです。そのせいで現在の魔王は誠に遺憾なことながらファフニールという事になっております」
「なるほどな」
思ったよりも複雑なことになっているようだ。途中、まったくもって関係ないだろうなって思ってたから少ししか聞いてないけど二人の様子からそう察する。
どこの世界にも問題児は居るものなんだな。
グレイルの話を聞き、少し思案顔になるアリス。それを見ながら俺がゆっくりと茶を啜っていると突然アリスがバンッと机を勢いよく叩く。
「よし、殴り込みじゃ。ライトゆくぞ」
「はい?」
そうして訳の分からないまま俺はアリスに引っ張られていくのであった。
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