第39話 魔王誕生
魔王であることを証明するための試合の後、俺達はアリスの城で戴冠式を行い、正装のままバルコニーへと出る。バルコニーからは大勢の魔族や人が集まっているのが見える。うへえ、改めて思うけど荷が重いなぁ。
「魔王ライト様、魔王アリス様、万歳!」
グレイルがそう言い放った瞬間、魔族達の間で大歓声が巻き起こる。そのどれもが俺達二人の魔王の存在への賛辞となって耳に届いてくる。
「魔王様ー! こっち向いてー!」
「アリス様ー! おめでとー!」
「ライト様もおめでとー!」
そんな声が段々と憂鬱だった俺の心を晴らしてくれる。だって本来であれば敵である人間が魔王の座に就いたというのにこんなに歓迎してくれるのだ。こんなに清らかな心の持ち主が他に居るだろうか。
それを侵略してきているのはアストゥール王国とその周辺国家だと聞く。だったら守るのは魔王である俺の役目だよな。
「ライト、アルムを掲げるんだ」
「分かった」
アリスに言われ、俺は敢えて宝玉を外した状態のアルムを天に掲げる。久しぶりにまじまじと見たな、こいつの原型を。以前は嫌になったこの無機質な造形も今となっては誇らしいものだ。
俺とアリスがアルムを掲げた瞬間、これまで以上の歓声が沸き起こり、無事、俺とアリスが魔王であるという事が魔界全土へと広がるのであった。
♢
「おい知ってっか? 新しい魔王様が決まったらしいぜ」
魔界の端っこのとある居酒屋にて中年の魔族がカウンターで酒を飲みながらそう居酒屋のマスターに話しかける。
「はい。存じておりますとも。それも今回は史上初の二人の魔王様らしいですね」
そりゃああれだけ盛大にやったのだから知っていて当然だろうと思いながらも顔には出さない。目の前の客がそんな回答を期待していないことを知っていたからである。
「やべえよなぁ。魔王様が二人っつーことはその二人での戦いに決着がついてねえってことだからよ。つまり最強が二人いるってことだよなぁ?」
「そういう事だと思います」
「失礼」
そんな二人の会話に一人の男が割り込んでくる。この居酒屋では初めて見た顔のため、バーのマスターは少し警戒する。
「そのお話詳しく聞かせていただいても?」
「あなたが魔界側の人間であるなら教えても良いですよ」
「おいおいマスター、大分吹っ掛けるねぇ」
中年の魔族が冷やかすようにそう言うもマスターの顔は疑心に満ちていた。魔界や魔族友好国に住む人間であれば確実に知っていることだからである。なぜならそれほどまでに大々的に祝福されたから。どの国でも一週間程度は屋台が出るほどに盛り上がっていた。
それを知らないという事はこの男が部外者であることを示しているような物である。吹っ掛けるというよりかは確信に近い心持で尋ねていたのだ。
「へえ、鋭いんだな。あんた」
突如その居酒屋に殺気が立ち込める。
「今回はあまり殺すつもりはなかったんだけどな。君が感づいたのが悪い」
「い、いきなりなにすんだ! 離せ!」
その男は突如、横に居た中年の魔族へと飛び掛かり手に持っていた黒いナイフを喉元へと突き付ける。
「お前たちの知っている情報を教えろ。特に魔王についてな」
♢
「黒木君。結果はどうだった?」
「ああ、かなり有用な情報が手に入った」
魔界へと潜入していた黒木和夫が帰って来るや否や翡翠が真っ先に声をかける。黒木のユニークスキルは『影使い』。影の中へと潜り込むことができる隠密に特化した能力であった。それに加え、対面戦闘ですらも力を発揮できるほどの戦闘力もあることから神の使いの中でも無類の強さを誇っている。性格には難アリだが。
「酒屋? みたいなとこに居た魔族に僕のアルムを突き付けたらすぐに吐いたよ。どうやら僕達がリズワール王女から聞いていた魔王はすでに退位していて次の魔王が決まったらしい。それも二人いるだってさ」
「魔王が二人? なるほど。いちどリズに聞いてくるよ。ありがとう、引き続き潜入任務頼むよ」
「ああ。分かっているさ。この仕事は僕にしかできないからね」
最近この仕事を任せられてからというもの鷺山に追い抜かれて苛ついていた黒木も自尊心を取り戻しいつの間にやら素直に従うようになった。この采配をしたリズワールは人心掌握に長けているのかそれとも人使いがうまいのか。どうであれ、結果は成功に落ち着いている。
「あっ、そういえば町を一つ潰したんだよね? 次からはあまり目立つのは気を付けた方が良い」
「翡翠に言われなくても分かっているさ。俺の方がスペシャリストなんだからな」
増長癖は相変わらずなようで、そう手を上げて返事をすると姿を消す。
「話は聞きましたよ、翡翠様」
「あっ、居たんだね。リズ」
背後からスウッと静かにリズワールが現れる。
「魔王が二人ですか。魔王が力をつける前に早めに潰しておかなければなりませんね。明日、神の使いを連れて魔界進行中の軍に加勢しましょうか」
「うん、分かったよ」
明日という急な日程変更ですらも翡翠は違和感なく頷く。それを成功させてしまうのがリズワールのステータスでは測れない恐ろしい力だ。
「それでは皆さんに伝えておいてください」
「任せてくれ。今言ってくる」
そう言って駆け出す翡翠の後姿をリズワールは満面の笑みで見送るのであった。
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