第53話 魔王の責務

「氷獄」


 その瞬間、すべてを凍てつかせる絶対零度の氷が迫りくる翡翠へと放たれる。


英雄の剣エクスカリバー!」


 それに屈せずして同時に翡翠は絶大な光を纏った剣技を繰り出してくる。しかし氷獄はそれで払えるものではない。剣を持つ手先から徐々に翡翠の体を凍らせてゆく。


「こんなもので僕の光は絶やせない!」


 徐々に凍てつく体を退けようともせずに前進を続ける翡翠。その力は驚くべきことにこちらへと氷獄の中に居る時ですら増し続けている。


 このままじゃ押し切られるな。


 そう考えた俺は魔王マルスの剣を振るう。


 青い光を放ちながら斬撃が地を這い、やがて氷獄に耐え忍んでいる翡翠の体へと激突する。


「うわあああっ!!!!」


 横から魔王マルスの斬撃によって攻撃された翡翠はそのまま態勢を崩し氷獄へと飲み込まれていく。やがて氷像と化した勇者の姿がそこにはあった。


「終わりか」


 完全に勝ちを確信した瞬間であった。この氷を抜け出してきたのは魔王の試練でならまだしも地上では見たことがない。翡翠には悪いが、ここで耐えていてもらおう。


 そんなことを思い、翡翠の氷像の横を通り過ぎようとすると中からピシッという音が聞こえてくる。そしてその音は連鎖していき、やがて大きな破砕音となって俺の目の前へと現れる。


「おいおいマジかよ。また強くなってないか?」



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 名前:翡翠流星

 種族名:異世界人

 称号:勇者

 レベル:6000

 スキル一覧

 ユニークスキル:『勇者』

 常時発動スキル:『暗視』『身体強化Ⅴ』『魔法強化Ⅴ』『魔法防御Ⅴ』『物理防御Ⅴ』『状態異常無効』

 魔法スキル:『全属性魔法lv.10』『光魔法lv.10』

 特殊スキル:『見切り』『剣豪』

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 この短期間でレベルが1000も上がっただと? つくづくこいつは天に好かれた奴なんだと思い知らされる。神力0の俺とはずいぶんな差じゃないか、神よ。


「僕はまだまだ強くなる」


「そうらしいな」


 振り向きざまに振り抜かれた翡翠の神器に反応して俺も魔王マルスの剣を振るう。刹那、激しい金属音が周囲に鳴り響き、その衝撃に空気が震え、大地が削れる。


 まさに魔王と勇者の戦いである。最早常人では到達できない程の領域にまで二人は達していたのだ。


「貴様が葛西君の真似をしていようと僕は騙されない。全力で穿つ」


「だから何度も言うようだけど俺は本物の葛西ライトなんだって。1年Bクラスの」


 俺がそう言った瞬間、翡翠の手が一瞬止まる。そして何を思ったか構えていた剣をだらんと垂れ提げ、目を丸くさせてこちらを見つめていた。


「なぜ葛西君が1年Bクラスに居たって言う事を貴様が知っている」


 そうか。そういや普通この世界に来て自己紹介の時に元の世界の学年やクラスを言うはずもないし言われたとしてもこの世界に住んでいる者が分かるはずもない。そして翡翠達もそんなことをわざわざ言ってこなかったのであろう。


 だからこその驚きなのだ。


「何回も言うようだけど俺が葛西ライト本人だからだ」


「担任の先生の名前は?」


「坂本だ」


 その瞬間、目の前に居る勇者の顔が驚愕から確信へと変貌を遂げる。流石に担任の名前まで答えられたら信じるしかないのだろう。いやでも普通にこの顔をさらけ出した時から信じてほしかったんだけど。


「それじゃあ何で……何で君は僕達の敵になったんだ?」


「敵も何も攻め込まれてきたら反撃するだけだ」


「そうじゃなくて何であんな汚らわしい魔族なんかの味方なんてするんだと聞いている!」


「魔族の味方というか友達の味方というか」


「だったら僕達だって友達……」


「は? それはない。強いて言えば白鳥さんだけが俺の友達だ」


 そこだけはきっぱりと突っぱねる。あの中に居た時、俺は友達と思えるような存在はほとんどいなかった。刃の無いこのアルムを手に取った時、クラスから聞こえてきたのは嘲笑。そんな奴等の事を友達だ何だと言う訳がない。


「それに白鳥さんだけなんだろ? 俺を助け出そうとしてくれたのって。リズワールと鷺山が俺をダンジョンの奥地へのだって白鳥さん以外誰も責めなかったんだろ?」 


「置き去りだと? それは被害妄想だ! リズと亮太がそんなことをするはずが」


「妄想じゃない。これは事実だ。鷺山の魔法によって足止めされ、それでも間一髪で間に合いそうだったところを寸前でリズワールが転移して置いていかれた。その時の二人の顔と言ったら想像以上に醜い顔だったよ」


「……どこに証拠がある」


「証拠なんてあの状況で残せるとでも? そんな余裕があるなら逃げている」


 それに別に俺がこんな酷い目に遭ったんだと告発したいわけでも何でもない。そして翡翠に納得してほしいわけではない。ただ理由を聞かれたから答えているだけだ。


「あともう一つ言っておくと最初に戦いを仕掛けてきたのは魔族じゃなくてアストゥール王国の方だ。侵略者は魔族じゃなくてお前達の方なんだよ」


 そう言って俺は翡翠の首元へと剣先を向ける。


「侵略者を排除する。それが魔王である今の俺の責務だ。だからお前たちに敵対するのさ」

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