第33話 移動
「神の使い様方。この度はわが国近傍にあります魔族の住処を掃討していただき誠にありがとうございます」
一国の主であるはずのルーランド王国の国王が美羽達に頭を下げる。ルーランド王国は大国アストゥール王国が盟主を務めている同盟の加盟国なのだが、同盟と言いつつそこには確実に格差が存在する。美羽達もそこまでは聞いていたがまさか自分たちにすら王が頭を下げるとは思っていなかったのだ。
そしてそんな国王の態度を見て調子に乗るのがやはりあの男だ。
「国王さんよぉ。褒美はちゃんと弾んでくれるんだろうなぁ?」
「亮太。そんなことを聞いてはいけないぞ。僕達は魔族を殲滅するという使命のためにやっただけなんだから」
鷺山が王に吹っ掛け、翡翠がそれを窘める。美羽は内心、何が使命なのかと文句を言ってやりたい気分に駆られていたが、今のクラスメートたちの前でその発言をしてしまえば反感を買ってしまうのは目に見えているので控えている。
「勇者様ご安心を。いただいたご恩はきっちりと返しますので」
「おう、楽しみにしてんぜ」
「さっすが鷺山アニキ! 国王からもふんだくろうとするなんて俺達にゃできませんぜ」
「まあ、俺はお前らと違って選ばれた存在だからな」
国王が鷺山の意見を飲んだような発言をしたことで取り巻きが一斉に鷺山の事を褒めたたえる。それを見て国王は眉を顰めるどころかむしろ朗らかな笑みを浮かべている。
「なにこの状況。キモいんだけど」
「凜ちゃん、シーッ」
友人がポツリと呟いた一言に美羽は慌てて人差し指を口に当ててそう言う。そして幸いにもその一言が誰かに聞かれた様子もなく滞りなく事が運んでいるのを見て美羽は胸をなでおろす。それと同時に短い付き合いとはいえ自分の友人が自分と同じ感性でいてくれたことにホッとする。
本来であれば注意されるべきである鷺山の言動が寧ろ貴ばれているその様子が美羽にとっても不気味さがあった。
それからは救国の英雄だの魔を討滅せし神の使いだのと崇められ、勲章を一人一人に与えられたのちにようやく美羽達はその場から解放されるのであった。
♢
「あー、疲れた」
無論、先程の過剰なるまでの賛辞に対してもあるがそれだけではない。魔族との戦いでの疲弊に対してもその言葉の中に含まれていた。
疲弊と言っても幸運にも美羽達は能力に恵まれているため、あまり身体的に疲弊はしていない。精神的な疲弊の方だ。
最初、自分達と変わらない見た目の魔族と戦う度に戻していた美羽だったが、何ヶ月も戦いを経た今では何とか耐えられるようにはなった。
ただ、今でも美羽の頭には怯える魔族の姿がこびり付いている。
それを平然と寧ろ嬉々としてやってのける他のクラスメート達に美羽は恐怖を覚えていた。これではまるで私達の方が侵略者ではないかと。
ベッドに寝転がり、自身のアルムを上に掲げて見上げる。以前より少し成長して神力2000万。魔族の持つアルムにはこの力が一切無いらしい。だからこそ神に忌み嫌われた種族として魔族を魔物と同一視する勢力もいる。
代わりに魔族の持つアルムの等級には一般級、名工級、国宝級、世界級、伝説級というランク分けがあるらしい。
また、そのアルムに合わせて魔族もランク分けされており、一般級は下級、名工級は中級、世界級は上級、伝説級は最上級だとリズワールが言っていたのを美羽は思い出す。
だが、神力5000万以上に匹敵する最上級魔族は魔王とその側近くらいなものらしい。つまり、今の美羽は大半の魔族には勝てるということだ。
そんな力を美羽は怖いと思っていた。ライトを助けるという目的が無ければこの力を振るうことはないだろう、そう思い、美羽は掲げていたアルムを横に置き、寝転がる。
そんな時、コンコンと美羽の部屋の扉をノックする音が聞こえる。
「美羽。入ってもいい?」
「どうぞー」
凛の声だと瞬時に気が付いた美羽は即答する。すると、美羽の思った通り凛が扉を開けて部屋の中へと入ってくる。そして開口一番にこう問いかけてくる。
「美羽、聞いた?」
「なにを?」
「この近くにある魔族の拠点を占領し終えたからまた別のところに移動するんだってさ」
「そうなんだ。知らなかった」
ここから移動する、それを聞いた美羽は少しだけ嬉しくなる。この国へ何の名残惜しさも感じていない美羽からすれば移動するという事が魔王討伐に近づいているような気がするからだ。
「早く魔王倒したいね」
「そうしたら私達も平和な生活に戻れるのかな?」
そんなことを呟きながら、美羽の脳裏にはとある少年の顔が浮かんでいた。
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