第3話 これ以上はダメ
これが森のもっと奥深くだったらもっと強力な魔物に出会っていたかもれない。
だったとしてもボク一人ならどうとでもなったのだけどね。逃げるだけなら簡単。森には慣れてるし。だけど出会う魔物を全部倒すなんてことはさすがに無理。ボクにはそこまでの力はない。だから基本的にボクは森の表層にしか立ち入らない。
ボクたちが魔物に出会ったのは森に入ってすぐのところだったので、彼を森の外に連れ出すのもすぐだった。
「おお、やっと森を抜けたなーっ! すげえっ! 草原がどこまでも広がってる! これ絶対日本じゃないよな。っていうか、やっぱこれって異世界なんだよな! 俺は異世界転生しちまったんだな! なあ、そうなんだろ!?」
知らないよ。多分そうだろうけど。何をそんなに嬉しそうにしているんだろうか。
ボクはもちろん無視して、彼に背を向けたまま、これからどうしようか頭を悩ましていた。
本当は悩む必要なんてない。答えは最初から出ている。きちんと正解はわかってる。
解答は「いますぐ一切の言葉をかわさずにさっさとここを立ち去るべき」だ。
だけど、それはそれで感じが悪いというか心が痛むと言うか……。
それに、ここで無言で立ち去ったりしたらむしろ逆に「思わせぶりになる」んじゃないかな。「逆に」なんて言い出したらキリがないのだけど。それはわかってるんだけど。お母さんから困っている人がいたら助けてあげなさいって育てられたし……。こいつがこの後また魔物に襲われたりしてもなんだか気分良くないし……。その、なんだろうね、すごく立ち去りづらいのだよ。
そんな脳内会議が行われている間にも異世界人はお構いなしに話しかけてくる。
「俺の名前は安藤夏樹アンドウナツキって言うんだけどさ、お前の名前は? その青いのは髪の毛だよな? 染てるのかそれ? それとも青い髪とかあんのこの世界。なあ、ちょっと顔がよく見えないからそのフード取って顔をみせてくれないか?」
なんでよく知らないやつに顔を見せろなんて言われなきゃいけないんだ。無視。
それに自己紹介なんて「最悪のイベント」だよ。
自己紹介なんてやってしまったらボクが彼の物語に巻き込まれる可能性が高まってしまうじゃないか。絶対にやらないぞ。
「異世界かあ。もしかしてさっき俺の腕が治ったのって魔法かなにかなのか? そうだ。この世界って魔法ってあるのか?」
あるよ。
だけど腕が生える魔法なんてあるわけないだろ。魔法をなんだと思ってるんだ。
ボクは無言で歩く。異世界人はボクのあとをしっかりついてくる。
異世界人のおしゃべりは止まらない。
「さっきの魔物を倒すときに使ってた武器すごかったな。ナイフにしてはごついし、エクスカリバーみたいな名前があるのか? いや、エクスカリバーならもっと長いか。銅の剣? あ、銃とかはないの? 爆弾とかミサイルとかは? もしかしていわゆる剣と魔法のファンタジーみたいな感じの世界なのか?」
さっきの武器はただのダガー。銃も爆弾もあるところにはある。「みさいる」っていうのは聞いたこと無いけど。それにしてもこいつ、ナツキとか言ったっけ? なんとなくこの世界を小バカにしている気がするな。下に見ているというか。
でも無視。こいつとの会話は「危険」だ。
ボクは一切返事もしないし、彼の方を見ることもなく歩き続けた。
「なあお前の村ってどんなところなんだ? どのくらいで着く?」
「なあ……」
「ねえ……」
「あの……」
「無視すんなよ、なあ?」
「あの、すみません」
「ねえ、もしかして言葉が通じないとか? いやさっき通じてたよな」
「なあおいって!」
「すみません」
「あの、もしもし」
もしもしってなんだ?
「お願いです。俺の話聞いてください」
「お願いします……お願いします……」
さすがに無視し続けてきたせいで元気がなくなってきた。半泣きになってる。さすがにちょっと心苦しくなってきた。
村までまだ少しある。
このまま無視し続けるべきなのはわかってたんだけどねぇ。
――はぁ
とうとうボクは立ち止まり、振り向いて彼の方へ向き直る。
さっきまでは気が動転していたこともあったし、彼に興味もなかったから彼のことをしっかりと見るのはこれが初めてだ。たぶん彼もそうだろう。
それにしても……すごい遠慮なく見てくるね、君。
上から下まで無遠慮にジロジロみてくる。たぶんボクの見た目か服装がめずらしいんだろうけど。
ボクはマントにフードという森に入るための装備をきちんと身に着けているので、彼からは顔も、体型すらもよくは見えてないだろう。
ボクも彼をジロジロ見てやる。上から下まで。
やっぱり変な服装だ。この世界にはない服装。靴もヘン。っていうか何で出来てるのそれ綿や毛皮じゃないよねなんかテカテカしてるし。
腕。右腕はひじの下、左腕は肘のあたりを切られたんだろう、袖がそこで切れている。
やっぱり傷一つ残ってない。人の腕なんてカンタンに切り裂く魔物のカマが何度も当たっていたというのに。
髪型も変。この世界では割りとめずらしい真っ黒な髪。目は……合わせないでおこう。
身長はボクよりも随分高い。おかげで見上げて睨んでいるみたいに見えちゃってるんじゃないだろうか。ひょろひょろだ。こんな体じゃまともな仕事なんて出来やしないしましてや冒険なんて無理だ。
そして手ぶら。森に入るのに手ぶらはありえない。武術の達人や魔法が使えるとかじゃないのなら武器の一つくらいは必要だ。きっと、いきなりあの森に異世界から転生させられちゃったんだろうね。
でも、あの森の魔物程度ならこの少年のは大丈夫ってトラック様はわかってたんだ。あのすごい再生能力とおかしな力で助かるってわかっててここへ送り込んだんだろうね。
それなのにボクが助けてしまった。邪魔をしてしまった。
本当は他の美少女が助けくるはずだったのか、はたまた自分自身で乗り切るはずだったかもしれない彼の物語の始まりを。
念のためにあたりを見回すけど美少女はどこにもいない。どこにいるんだよ、早く出てきて交代してよ、ほんとに。
「ど、どうしたんだ? 怒ったのか? だったら謝るよ。俺ほんとに何もわかってなくてさ。失礼なことをしてたとしたら謝るから。だから、なにか話してくれないか。このままだと気が狂っちまいそうだよ」
彼はさっきまでの威勢はどこへ行ったのかずいぶん小さくなってしまい、半泣きになりなっていた。いじめすぎたか。
――どうしようか
ボクは話しかけられている相手を無視するということがとても苦手だ。誰だってそうだと思うけど。
――答えていいのかな。いいわけないよね。
異世界人と森で出会った。命を助けた。そして今村へと案内している。
これってもしかして……すでに取り返しの付かないところまで来てしまったんじゃないか!?
彼が、世界を救うはずの勇者に成長する予定だったとかだったりしたら。
ボクが邪魔したせいでその予定がおかしくなっちゃったりしたら……!
――た、大変だ
い、嫌な汗が出てきた。頭の中と眼の前がぐるぐるしてきた。ぐるぐる。
よし、こうなったら「この世界で出会った最初の人間」という形でやり過ごそう。
それだけなら別に誰がやっても問題ない。はず、だよね。
まだボクはこいつと無関係な村人ってことでやりすごせる、はず。
異世界転生者はそれぞれ大事な使命をもっている、はず。
絶対にボクなんかが関わっていいはずがない、はず!
だって、ボクはどこかの王族や貴族でもなければ、伝説の血を引いていたりもしていない。どこにでもある、世界中にある、平凡で平穏な辺境の村のただの平民なんだ。
さっきの魔物だってこの世界の大人なら、誰だってやっつけられる。ボクはこの世界では特別に強いというわけじゃない。こいつが弱すぎるってだけだ。何も知らなすぎなだけだ。
ボクは魔法だって使えないし、剣だって重くて使いこなせないからダガーを使っているくらいなんだ。
それにこの世界のことを詳しく説明してあげられるほどこの世界についても詳しくもない。世界の危機がどんなものなのかもよく知らないし、ボクはこの世界で生まれて、そして世界になんの影響も与えずに死んでいく、そんな「普通の人間」なんだ。
そんな普通のボクが異世界人と関わって良い訳もない。
魔王だとか邪神だとかとの戦いなんて絶対にボクにはできっこないし、やりたくもない。それはきっとどこかのすごい伝説の英雄の子孫とかこいつのような異世界からの転生者とか、召喚された転移者とか、そういう人達が美少女と一緒になってやってくれるはずなんだ。
そうだ、だめだ。これ以上は、だめなんだ――
「……ごめん、ボクは君とは関われないんだ」
ボクの口から出た言葉はいつも心のなかで繰り返していた言葉だった。その言葉を口から発したのはこれが始めてだった。まさか言葉にするとここまで「意味有りげ」なセリフになるなんて思ってもなかった。
「やっとしゃべってくれた! ……って、え? それはどういう意味だ?」
少年は意味がわからない、といった顔。
ボクも同じ顔になってしまった。
「……あれ?」
自分で言っておきながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます