第18話 いくらあっても困らないもの


 リントがこの世界に転生してきたのは数ヶ月前。やっぱりトラック様が原因らしい。


 リントは転生するときにトラック様に「会った」と言う。気づいたら転生していたナツキとは違うパターンのようだ。それから自分の求める能力を願うように言われ、とっさに大金持ちになりたいと願ったそうだ。異世界人って能力ってリクエスト制なときあるんだね。それは優しい。


 その結果手に入れた能力が一攫千金トリリオネア


 お金を無限に生み出せる能力らしい。手のひらとかからお金が湧いてくるわけではなく、財布を持てばほしいと思った金額がいくらでも入っている。ポケットに手を入れたらいくらでもお金が出てくるという能力らしい。手品みたいな能力だね。それでも実践上無限にお金を生み出せたそうだ。

 しかし「お金」は生み出せても「きん」を生み出せる訳ではないらしい。


 そんな夢のような能力でこの世界で豪遊して、物と人が最も集まる王都でお金を使いまくったらしい。


 しかしその生活も一ヶ月も経った頃からだんだんと変化が出てきた。


 物価が急上昇していったそうだ。


 リントは無限に金を生み出せるわけだからいくら値上がりしても関係がない。そして金を使い続けた結果、王都はハイパーインフレ状態……通貨の価値がゼロに近い状態になってしまった。

 王政がいい加減で、もともと悪かった王都の治安はさらに悪化。

 そして王は新通貨の発行を命じる。もともと使われていた通貨との交換率はめちゃくちゃ低かったらしく当然暴動やデモ、王都を出ていくものなども出たそうだ。それでも一時的にハイパーインフレは収まった。

 だけどリントは新通貨も使いまくった。

 贅沢な暮らしを覚え、働かずに金を生み出せるのだからそうするしかなかった、そうだ。

 それにしても通貨がハイパーインフレするほどのお金っていくら使ったらそんなことになるんだろうね?

 王はさらなる新通貨「エン」を導入する。短期間で二回もの通貨の切り下げ。

 この時点で城下町では通貨の信用がなくなり、お金を使うものが激減し、物々交換が始まった、そうだ。

 そして自分の金を生み出す能力は使い続ければ破滅することにようやく気づいた。

 それがつい最近。ということらしい。終わり。



「なるほどなあ。お金ってあればいいってものでもないんだねぇ……ってあれ?」


 ということは今この王都で起きている事件の元凶はこいつだ。リントが犯人だ。

 ……じゃあこの事件は解決したってこと? というか解決済みだったということ?

 え? 思ってたのと違うんだけど。

 もっとなにかバトル的なイベントとかが発生してなんやかんやで美少女に出会う展開を期待していたんですけど。


「俺も難しいことはわからないけど、限られた数だからこそ価値が生まれるというのは社会の授業でなんとなく聞いたことはあるな」


 よくわかんないけどそういうものなんだね。ナツキは物知りなんだね。ボクはそもそもインフレというのが意味がよくわかっていないけど、察するに「お金は食べられない」ってことだろ? 村では常識だ。有事の際にいちばん大切なものはお金ではなく保存食なのだ。


「そういうことっすね。だから俺はそのエンもいくらでも出せるんすけど、使える店がもう殆どねぇっつーか。つーか大量のエンはどこもお断り状態っすね。つーか大金持ちになってもその金の価値がなけりゃ意味がないって感じっすよ」

 

 リントの話し方は意味はギリギリわかるんだけどこれは異世界の言葉なのかそれともリントの友達相手用の会話スタイルなのか。突っ込むのも面倒なのでスルーしてしまっているけど。まさかとは思うけど彼の親愛表現だったら嫌だな。


 それにしても、なんだか意地悪な話だ。

 そりゃ異世界人の能力っていうのはそもそもが反則技だし、その大金持ちになるっていう能力が好き勝手に使えてたらそれはそれで良くないことだと思うよ。

 だけどトラック様はこれで「大金持ちになりたい」というリントの願いを叶えてあげたと言えるんだろうか? なんだかちょっと性格悪くない? 揚げ足をとっているかのような。


 まあね、リントは自業自得な感じもするけど、ナツキは完全に被害者としか言いようがない。贔屓目も少しはあるとは思うけど。転生初日に腕を切り落とされてるんだから。


 なんだかちょっと腹が立ってきたぞ。なんだってこんなひどいことをするんだトラック様は。リントのの物語を何処かから眺めて童話でも作って子どもに読み聞かせでもしたいの?


 ボクの知っている異世界人はいつもその特別な「力」でハーレムをつくっていた。


 そんなの別に羨ましくともなんともないけど、腹立たしく思っていた。異世界……この世界は異世界人をもてなすためにあるわけじゃないんだぞって。

 自分だったら絶対に能力を有効に活用して世界のために、異世界のために活躍してやるんだって、そんな妄想だってしたりしてた。

 

 だけど、中にはナツキやリントのようなハードラックな異世界人もいた。

 信じがたいことだけど、眼の前にいるんだから仕方ない。

 こいつらは美少女にも出会えず、能力もまともに働かず、スローライフもハーレムライフもおくれていない。

 

 かわいそうだとは思うよ。同情するさ。だけどね、ボクはこの世界の一般人なので君たちを助けるとかどうにか出来るわけではないのだ。


 だから結論はやっぱり変わらない。ボクは「関係ない」のだ。


 ボクは異世界人とは関わらない。


 今は美少年として、少しだけ期間限定で手を貸しているだけ。ナツキの前に本物の仲間が現れたとき、ボクはただの村人としてこの世界での一生を終える存在になるんだ。

 そのはずだったのに新たに現れたのは美少女ではなく、ナツキと同じ異世界人。役が被ってるじゃないか。これじゃあ物語がごちゃまぜになって大変なことにならないのか? どうなんだトラック様。

 この二人は一緒にいるべきなのか、離れるべきなのか、それすらボクにはわからないし、ボクが決めることでもない。はずなんだけどなあ。


「はぁ……」


 ついため息が出てしまう。二人の男の子がボクの方を見る。

 リントはすがるような目。ナツキは何かを訴えるような目。

 何故かボクは付き合いも浅いのにこの二人が言いたいことが目を見るとわかってしまう。わかりたくないのに。

 またボクは判断を間違えようとしているんだろうな。特に今回はすごく「自覚」できてしまっている。ナツキの時は慌ててたからね。


 やっぱりリントとはここでお別れするべきだ。


 それが最善。ナツキのお世話だけで手一杯なのにリントまで抱えられるわけがない。

 だけどさ、ナツキの前でできる? リントに「じゃあ後は頑張ってね」って言って見捨てるなんてことが。

 ナツキがそれに賛成するかどうかは置いておいても、今後ナツキの相棒探しどころではなくなるよね。絶対二人の間に大きな心の溝が出来るよね。リントじゃないけど心が通じ合わなくなるよね。


 だったら仕方ないじゃないか……。


「リント、ボクにはなんの力もないよ。それにナツキは本当に能力がいまいちよくわかっていないんだ。だから君の力になれそうにはないよ。だけど、そんな不安定なボクたちで良ければ、君が本当の仲間を見つけるまでの間で良ければ、手助け……してあげてもいいかなって思うんだけど……」


「マジっすか!? 俺みたいなやつをマジで仲間にしてくれるんすか!?」


「ちょ、ちょっとまち! 仲間じゃないってば。仲間が見つかるまで! ボクは見ての通り男の子だよ。君たちにはふさわしい美少女の仲間が本当ならいるはずなんだ。それが見つかるまでの間の仮の仲間だよ」


「仮でも何でも嬉しいっす! つーか、マジで二人ともいいやつだったんすね。俺今日のこと一生忘れないっす。つーか、マジ二人は救世主っすよマジで!」


 リントはまた泣き出した。

 泣き虫なところはナツキと同じだね。

 ナツキは満足げに頷いていた。

 ナツキも泣いてた。嘘でしょ。ここ泣くとこなの?


 ほんとに異世界人ってやつは。


 

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