第17話 二人目
「待て。見ない顔だな。お前らこの町の人間じゃないな」
店を出て、細い路地に入って少し人気が減ったところで後ろから声をかけられた。
全身黒ずくめの服を着た黒髪を長く伸ばした男が立っていた。この雑魚専用のセリフを口にしたということはこいつは敵役。しかも脇役で間違いなさそうだね。
「そうだけど、だったら何? 君はあれかな。強盗さん?」
この街の治安はどうなっているんだ。さっきからあちこちで騒ぎが起きているし警察のようなものが取り締まっている気配もない。助けを呼んでも無駄っぽいな。
それより「この展開」は、絶対になにかありそう。こいつが美少女だったら話は早かったんだけど、それは「これから」なのかな。まずはこの場をどうにかしなければね。
こっちにはナツキの「能力」がある。洞窟の魔物を倒したナツキなら普通の強盗程度なら相手にならないはずだ。発動率が不安定で、確実に使えるのは棍棒を出すくらいだけど。うまく行けば鋼鉄の鎌だって使える。「普通」の人間が相手なら問題ないはずなんだけど。
相手は一人。こちらは見た目が子どもとは言え二人を相手に声をかけてくるとはそれなりに腕に自信があるのかもしれない。油断は禁物だ。
「強盗? 強盗だって? 俺が金に困っているようにみえるのか? どうみてもお前らのほうが金持ってなさそうだろうが」
黒い男の目がこちらを向いた。目の下にはクマができていて頬もこけており、なにか怪しい薬でもやっているかのよう。
そして、たしかに黒い男の身につけているものはどれも高級品だ。そもそも黒い染料が高級品。
思いがけない反応にボクが戸惑っていると続けて黒い男が更に大声でわめき始める。
「むしろ、俺がお前らに金をめぐんでやるよ!」
「ええ!?」
ボクとナツキは同時に声を上げた。
こいつはヤバイやつだ。関わらないほうがいいやつだ!
「金なんていくらあってもなあ! 幸せになんて慣れねえんだぞ、わかってんのか!」
「えええ!?」
お、怒られてる? どうしようナツキ。
ナツキの方を見たけ無言で勢いよく首を横に振るだけだ。
「金がほしいのか? ああ? 金がほしけりゃいくらでもやるよ。こんな紙切れがほしいならいくらでもなあ!」
男は懐から札束を出してそれをバラ撒いてみせた。
いきなりなんなんだこいつ!?
変態? いや変質者? いや、なんて言えばいいかわかんないけどヤバイ!
「金なんてなあ、金なんて……なんの価値もありゃしねえんだよ……う、うぅぅ」
今度は泣き出した。しかも号泣。
膝をついて泣き崩れてしまったんだけど。
強盗ではないみたい。
だとしたら何が目的なんだ? 通りすがりの人間を捕まえて説教するのが趣味の人?
うずくまってしまった黒い男。
あまりのアップダウンの激しさに圧倒されてしまったボクたちは逃げるタイミングも失って、その場に立ち尽くしてしまっていた。
ボクとしてはこのまま立ち去ったほうがいいと思うんだけど。あまり関わりたくないけど。
――ナツキはどう思うかな
ナツキの前でこの号泣している男を放置して立ち去るのがなんとなく気が引ける。
仕方ないので恐る恐る近づいて声をかけた。
「あのさ、大丈夫? 何かあったの? 話だけでも聞こうか……?」
黒い男は顔をあげた。瞳の色が黒い。ナツキの目に似てる色。ナツキよりすこし歳上かな。よく見ると整った顔をしているのに目の下のくまと泣いて崩れた顔で台無しになっている。あと髪長すぎだと思う。個人の好みなのでとやかくいうつもりはないけどさ。
でも、ここまで躰の大きい男の人が泣いているのを見るのはさすがにちょっと引いてしまう。
「……お前……俺の話を聞いてくれるのか……?」
予想外の反応が返ってきて慌ててしまう。余計なこと言ったかも。
正直に言えば聞きたくは、ない。
「え? うん、そうだね。ねえ? ナツキ」
ナツキ。どうする? 断る? ボクはむしろ逃げたほうがいいと思うんだけど! 話しかけておいて申し訳ないんだけど!
「お、おう。そうだな。俺たちで良かったら話くらいは……」
聞くのかあ……。ナツキに振ったらそうなるか。こいつはなんだかんだお人好しだからな。
「お前ら……いいやつだな」
黒い男はゆっくり立ち上がり涙を拭うと今度は急に笑顔になった。逆に笑顔が怖い。
「俺はリント。リンでいいぜ」
いいぜ、と言われてもなあ。
「それで、リント……はどうしたの? ずいぶんと、その落ち込んでたみたいだけど」
リントと名乗った少年の長く垂れた髪は肩ほどまである。背はナツキより少し高めで細め。ちゃんとしていたらそれなりに女の子にモテそうな雰囲気があるんだけど、覇気のない顔がそれを帳消しにしている。何もして無くても衛兵に職務質問されそう。
しかし全身黒尽くめって……上も下もマントも靴も黒。でも黒い布それなりの高級品なので都会ならではの服装なのかもしれない。
「俺は……実はこの世界の人間じゃないんすよ」
リントは遠い目をして言った。変な口調で。
いきなりの衝撃のワードに思わずナツキと顔を見合わせた。この世界の人間じゃないってことは、異世界人? まさかね。外国から来たとかそういう意味だろうか。
「ははっ。今頭のおかしいやつだと思ったっしょ?」
うん。いや、まあちょっとおかしいやつと思っていたのは事実なんだけど、彼が思っている理由とはたぶん違う。
「いいんすよいいんすよ。わかってましたって。信じてもらえると思っちゃいないっすから。まぁ話し相手になってくれりゃそれでいいんで。ただ聞いてくれるだけでいいんで」
なぜかリントずっとどこか遠くを見つめたまま。
ナツキは男の視線の先を探して振り返ってる。バカ、こいつはカッコつけてるだけだよ。恥ずかしいからやめて。
「それで、リント……だっけ。君はどうしてボクたちに声をかけたの? 強盗じゃないというのはわかったんだけど。だったらなんの用だったの? ボクたちは……その、薬とかはもっていないのだけど」
「薬? なんのことっすか。ただ、あんたの髪が……青い髪が目立ってたから。そんな色の髪を見たのが始めてだったからつい……もしかしたらなにかすごいやつなのかと思って声かけたんすよ」
ボクの髪?
確かにこの国ではボクの青い髪は珍しい。金髪が多い国だからね。ナツキやこのリントの黒い髪も少数派ではあるんだけど、青髪は珍しいし目立つのは確かだ。
付け足しておくと、ボクの髪は実は純粋な青じゃなく、水色に近いライトブルーだ。
「そうなんだね。ボクのお母さんが南の出身なんだよ。それで、この世界の人間じゃないっていうのはどういう意味?」
「もしかして、お前らってば本気で俺の話を聞いてくれるんすか!? 俺のこと頭のオカシイ男だって思ってないんすか? 異世界から来たって言ってるんっすよ? 」
頭がオカシイかもとは思っているよ。ごめんだけど。
でも異世界から来たと言うのはまだ嘘だとかは思ってない。なんせ隣に異世界人のナツキがいるんだから。
リントはボクたちが異世界人をいう言葉を普通に受け入れたことが心底意外だ、と言った顔をしていた。
「うん。話を聞くって言ったじゃないか。なにかしてあげられるわけじゃないけど、話を聞くくらいなら全然聞くよ」
「いや、そういう意味じゃなくて……。今までだれも俺の話を真面目に聞いてくれるやつなんて居なかったからさ。さっき言ったことさ、その、俺が別の世界から来たっていうのさ、本当なんだよ。俺この世界のことなんか全然わからなくて、それで色んなやつに話しかけてみたんだけどさ、頭おかしいやつみたいに思われて避けられて……」
リントは目に涙を浮かべ、また泣き出しそうになっている。
この話が本当なら、リントもナツキと同じ異世界人ってことになる。だとしたらナツキと同じようにいきなりこの世界に飛ばされてきたのだろうか?
それにしても、王都に来ていきなり出会うのが異世界人とは、さすがは
「あの、ボクも聞いていいかな? その、君は仲間とかいないの? 例えば魔法が使える美少女とか謎の過去をもつ貴族の娘とか」
「ちょっと何言ってんのか意味がわからないっすね」
ムカつくな、こいつ。
――ナツキ、どうする?
ボクは視線を送る。
ナツキは小さく頷いてリントの方をむいて話し出す。
「なあ、リント。実は俺も別の世界から来た異世界人なんだよ」
「はぁ? お前頭おかしいのか?」
お前は信じないのかよ! そんなだから仲間がいないんじゃないのか!
ナツキは何も気にしてないかのように話を続ける。こいつもいい性格してるな。
「俺はもともと日本の東京出身の高校二年生だ。名前は安藤夏樹。お前がもし俺と同じ世界から転生してきたとしたらこれで伝わらないか?」
目を見開いたリント。唇が震えている。みるみるうちに目に涙が浮かぶ。今度は何!?
「あ、あんた。本当に転生者なんすか!? お、俺もっすよ。俺も日本から来たんすよ! 嘘だろこんなことってあるのか! すげえ、奇跡だ! なんて日なんだ今日は!!」
泣きながら大声で叫ぶリント。
「お、落ち着いて、ちょっと座りなよ。皆見てるからさ」
「ごめんごめん。テンションあがっちまうじゃないっすかこんなの。俺は埼玉出身なんすよ」
「埼玉か。なるほどな。なあタルト。リントは間違いなく異世界人だ。埼玉は俺の世界の地名だよ」
異世界人確定。
会話の内容はほとんどわからないからあとはナツキにお任せしたい。
異世界人だから、とは違う意味でこいつとはあまり関わりたくない。なぜなら苦手なタイプだからだ。
学校とかに居たら絶対に近寄りたくないタイプだ。特に回りくどい感じの喋り方が嫌。
ボク一人だったならこのあたりで「がんばってね」って言ってさっさと逃げるところなんだけど、ナツキの前でそれはできない。
だって、ナツキは助けたのにリントは助けないってことになる。困っている異世界人を見捨てるなんてことをナツキの前でやるわけにいかないじゃないか。
「ところでナツキっちはどんな能力もらったんすか?」
そうだった。へんな呼び方はとりあえずスルーして、そうだった。こいつは異世界人。特別な能力を持っているんだ。
だけど能力なんていうのはそう簡単に教えるようなものじゃないよね。
まだお互い信頼関係もできあがってないうちから手の内をバラすわけにいかない。
「実は俺の能力は、よくわからないんだ……なんかおかしな能力があるのは間違いないみたいなんだけどさ」
そうそう。ナツキ。それでいいよ。詳しく教える必要はない。でも君はたぶん正直に答えたよね。後でこういうときには能力の内容は簡単に教えないように教育しておかなきゃな。
「はは、そりゃ隠すっすよね。出会ったばかりのやつにそう簡単に能力を晒すわけないっすもんね。わかるっすよ。当然の選択っすよね。わかりますわかります。わかりますよ」
「あ、いやそういうわけじゃないんだけど……」
「いいんすよいいんすよ。わかってますって。先に俺の能力を言うべきってことっすよね。じゃあまずは俺の能力から言うっすね」
「そっちこそいいのか? 俺達みたいな初めて会ったやつに簡単に教えてしまって」
その通りなんだけど、せっかく相手が教えるって言ってるんだからそこは黙って聞いちゃおうよナツキぃ。
「俺の能力はゴミみたいな能力……いやむしろゴミっすね。ゴミそのものっす。まだゴミの方がリサイクル出来るからマシっすね。俺のことは今度からゴミ製造機って呼んでいいっすよ」
「そ、そうなの?」
自分の能力をそこまで言う? 異世界人の能力なんだからそんな事ないと思うんだけど。
「お前らになら俺の能力を教えてもいいっす。この世界に来て誰にも教えたことなかったんすけど……お前らみたいに俺の話を真面目に聞いてくれるやつには俺もそれなりに紳士的に対応すべきっすよね。そうっすよね?」
うぅぅぅ……そのもったいぶった話し方どうにかならないの!? なんでもいいから言うなら早く言え!
「俺の能力は
なんだそりゃ。大金持ちになれる? ゴミどころか最高じゃんか。ていうか能力に名前があるんだ。もしかしてそれも自分でつけたのかな。
「最初は最高の能力だと思ったんすけどね……」
それからリントは何があったのかを語りだした。すごく長い上にもったいぶった話し方だったのでボクが簡単にまとめちゃうね。
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