第16話 円と縁

 

「この、裏切り者……」


 お城に直接乗り込む作戦に失敗したボクたちは城下町に下りてきた。

 ボクは誠に触られた脇がまだ少し気になりながら、ナツキをジト目る。


「お前なあ……あのままだと捕まえられてたかもしれないんだぞ。いや、絶対捕まってたな。俺が止めなかったらお前は今頃牢屋にでもぶち込まれてたんじゃないのか? あの衛兵の目はマジだったぞ」


 それはそうかもしれないけど……。

 

「あいつ、ボクたちを田舎者だってバカにしてた……」


「うーん。そうかなあ……。そうかもなあ……」


 それよりナツキ。ボクを気安く持ち上げて恥をかかせたことは絶対忘れないからな。




 王都の城下町はすごく賑やかだった。あちこちから人々の声が聞こえてくる。人の往来も激しく、馬車なんかも通れる広い大通りは石で舗装されていてピカピカだ。ときたま叫び声や怒声が聞こえてきて、賑やかすぎるくらい。


 建物の数も造りもすべて木造藁葺のコタン村とは比較にならないのは確かで……。コタン村だって良いところはいっぱいあるよ。だけどこれは……勝負にならない。悔しいけど。もう色が違うんだよ。コタン村は全体的に茶色だけど、王都は白。そしてカラフル。

 でも決して都会に負けたわけじゃないから。コタン村にだって良いところはいっぱいあるんだから!

 

「わかってるって。俺だってあの村は大好きだよ。あの村で過ごした時間は俺にとって新鮮で大切な思い出になってるよ。村の皆元気かな。まだわかれてそんなに経ったわけでもないのになんだか懐かしく感じてしまうな」


 ナツキが優しく笑いかけてくれながら言った。少しだけ、気分が落ち着いた。代わりに少しだけ、顔が熱くなった。気がした。


 ――いや、こいつは裏切り者だ。都会人だ。ほだされてたまるもんか!



 それからぶらぶらと二人で城下町を見て回った。│事件イベント探しだ。

 だけど、事件ぽいものといえば万引き、食い逃げ、チンピラ同士の喧嘩くらい。

 ボクとしては強盗に襲われそうになっている美少女とか、売られそうになっているケモミミ奴隷とか、そういうのを探していたのだけど。当然、そうそう都合よく(?)事件イベントに遭いたいと言って逢えるわけがない。

 それにしても治安、あまりよくないな。小さな事件がやたら多い。都会ってこういうものなのかな。


「おかしいな。王都に来れば絶対になにか起きると思ってたんだけど、なんていうかしょぼい事件が起きているだけだね……コタン村だと魔物が復活したりしたからてっきりすぐに起きると思ったんだけど。もしかして何かきっかけが必要なのかな」


 せっかく王都にまでやってきたというのに。王都でダメだったらボクにはもう打つ手がない。少ない引き出しでごめん。案内役なんて言って張り切ってたのに……。


「そうだな。でもまだ初日じゃないか。そんなに焦らなくてもいいさ。俺のために色々考えてくれてありがとうな。お腹も減ってきたしそろそろなにか食べないか?」

 

 ナツキはまた優しく笑いかけてくれた。でもね「優しさ」は一文にもならないんだよ。

 あと、その食事代とやらはボクの財布を当てにしているんだよね。そもそも君、お財布すら持ってないもんね。


「そうだね。でも、さっきも言ったけどボクたちには滞在費がないんだ。こんな大都市なんだからきっと宿代だってものすごく高いと思うよ。のんびりしてらんないよ」


 それにボクがここでナツキとだらだら過ごしていたら、これまでの異世界人と何も変わらないじゃないか。ボクは異世界人のそういうところが嫌いだから関わらないと決めたのだから。

 それに――


 ――こんなことしてて良いのかな

 ――ボクはナツキの邪魔をしていないかな


 ずっとそんな考えがつきまとっているんだ。今も落ち着かない。

 だから正直――とても焦ってしまっていた。

 でも、ナツキにボクの都合を押し付けるのは違うよね。深呼吸でもして少しは落ち着かないと。


「仕方ない。ちょっと休憩しようか。お茶を一杯飲むくらいの持ち合わせならあるしさ」


 こういう大きな都市というものは住宅区画と店舗区画、商店区画などが分かれているようで、ボクたちは店舗が並ぶ区画で喫茶店を見つけて入ることにした。

 別にボクがおしゃれでかわいいお店に憧れがあって、美味しそうなケーキが店頭に並んでいたから入ったわけじゃないよ。ほんとに。


「何にしようかな! うわ、見てよこれクリームが…………ねえナツキ。今日はとっても疲れたから特別にケーキ一つは食べてもいいと思うんだよね。ナツキ、君はどう思う?」


「いいのか? 俺が言うのも何だけど節約したほうがいいんじゃ……」


「…………」


「あ、いや! そうだな! 長旅で体も疲れているし、うん。甘いものは疲れにも効くっていうし名案だな、さすがタルトだ!」


 ナツキにしてはがんばったな。ふふふ。さてと、どれにしようかな。


「……なんだこれ。ケーキ一つ五百エン? エンってなんだ?」


 メニューに載っている値段はこの国の標準通貨単位「ルド」じゃなかった。見たこともない通貨の記号が使われている。

 なぜ? 他でもないここはとワイローザ王国の王都ロスアブルだ。その王都でこの国の通貨が使われれていないなんてあるわけない。意味がわからないぞ。


「え? エンって円のことか?」


 ナツキが意外な反応を見せた。


「ナツキ知ってるの?」


「ああ、円って俺の元いた国の通貨単位がそれだったよ」


「へえそれは偶然だね。それにしても、いつの間に通貨の単位が変わったんだろ。ちょっと聞いてくる! ナツキは座って待ってて」


 気づかないうちにナツキの世界に転生していた、なんて言うのは面白いお話になりそうだななんて妄想してみたけど。少なくとも通貨以外に異世界に来た要素はないのでそれはなさそう。残念。


 とりあえず、お店の人をつかまえてどういうことか聞いてみた。


「ああ、ごめんなさい。旅の方ですね。――実は王都では先月から新しい通貨単位に変わったんです」


 通貨が変わったなんて知らない。聞いてない。しかも先月。けっこう経ってるのに。


 それに、普通通貨が変わるときって新通貨施行までの期間を設けるものじゃないのかな。いくらコタン村が辺境のど田舎にあるって言っても通貨が変わったことの連絡がないなんておかしい。コタン村はきちんと王国の領内に登録されている。税もきっちりとられてたんだから。


「通貨が変わるってことはなにかあったってこと? 王が代替わりしたとか?」


「王都では物価が高騰しているんです。通貨単位が変わるのは今年に入ってもう二回目なんですよ。今ではもう物々交換を行うお店が増えてきているそうですよ。うちの店でもメニューに値段は載せてはいるんですが金貨以外の通貨は受け取れません。モノの方でお支払いしてもらっているんですよ。ほら、あそこ見てください」


 お店の人が指差す方を見ると、棚には剣、盾、宝石、きれいな布、薬品瓶など喫茶店には似合わないようなものがとりとめなく並んでいた。まるで雑貨店のように。

 ちなみに、金貨は全世界で使える貴重な通貨ではあるけど庶民が持てるようなものではないので、当然ボクは今まで触ったことすらない。あまりに高価なので使い勝手が悪いんだよね。金貨。


「あれはお代の代わりに引き取ったものです。逆に高価なものと交換するときにはこちらからお釣り代わりに渡すこともあるんです。通貨が使えないってほんとに不便ですね」


「そうなんだ……じゃあボク、こんな物を持ってるんだけど」


 ボクは村で餞別にもらった木彫りの小刀を見せた。コタン村のお土産としては人気の商品で普段は五百ルドで販売している。


「これは価値が高そうですね。うちの店では三千エンで取引しますよ。もちろんお店が出せるのはお飲み物とお食事ですけど。足りないものはそこの棚のもので調節しますからどうぞゆっくりしていってくださいね」


 親切なお店の人にお礼を言ってナツキのもとにもどった。


「どうだった? って、その顔。なにか良いことでもあったのか?」


「ふふふ。やっぱりナツキは異世界人だね」


「どういうこと?」


「王都は今異常事態みたいだ。何かが起きてる! 事件イベントのニオイがするよ!」


 ボクは店員さんに聞いたことをナツキに説明した。


「インフレか。しかも通貨が使えないほどとなるともうハイパーインフレだな」


 なにそれ。すごく強そう。


「よくわかんないけど、この問題を解決すればきっと物語が進むんだよ。洞窟の魔物と同じさ、異世界人が王都に来たんだから事件イベントが発生して当然なのさ!」


「そんなものなのかなあ……」


 こんなおかしな事件はそうそう起きるようなものじゃないはず。だとすればナツキがこの世界に来たから起きた可能性が高い。洞窟の魔物の復活だってそうだった。転生時に得られる特別な能力ともう一つ。都合よく発生する事件イベント。これが異世界人の物語。

 解決方法なんて検討もつかないけど、そんなのはこれから考えれば良いさ。

 そして今度こそ本物の美少女が登場する展開が来るはずだ。これでこそ王都に来た甲斐があるってものだ。

 ケーキを口いっぱいに頬張っているとナツキは自分のケーキを半分ボクに分けてくれた。「甘いのは苦手」なんだって。こんなに美味しいのに。甘いものが苦手なんて信じられないや。

 ハードモードってほんとに辛いね。

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