第2章 トワイローザ王国

第15話 王都に到着



「さて、どうしよっか」


 トワイローザ王国「王都ロスアブル」に到着。

 ボクにとっての憧れの大都市。都会でお花屋さんかケーキ屋さんをやるというのが子どもの頃の夢だったな、そういえば。実は今もだけど。

 

 街の中央部には、高い丘の上に宮殿がはるか遠くに見える。宮殿に続く道を囲むように建物が連なる。ここからじゃ全部を見渡すことすら出来ないや。


 噂には聞いていたけど、想像以上の大きさ。これが王都。


 憧れの王都に来たのだからボクはすっかりテンションが上りきってしまっていたのだけど、今はこれを隠さないといけない。


 ボクは只今、隣で口をあんぐりとあけて突っ立っている異世界人のナツキの「案内役」をやっているところだからね。

 この世界のことを彼に色々教えてあげることがボクにできる唯一の役割。

 先導役のボクがここで一人興奮してお上りさん丸出しにしてかっこ悪いところは見せられない。


 とはいえ、さすがのナツキだってこんな大きな街を見たことはないんじゃないかな。トーキョーとやらがいくらすごい町だといったって、この世界でも一、二を争う大都市である王都ロサアブルには敵わないんじゃないかな。


「こんなでかい都市がこの世界にもあったのか……高い建物はそんなに無いけどパリみたいな感じだな。パリに行ったこと無いけどさ」


 そこはかとなくこの国有数の大都市を見下された気がしたけどまあいいや。偉そうなことを言っている割には顔は誕生日プレゼントをもらった時の男の子のそれだし。それなりに感動してくれているようなので許してあげよう。

 この世界に来て最初に見たのがコタン村がだったからギャップがものすごいだろうしね。コタン村の生活ではこの世界の文明レベルが遅れていることをやたらとツッコまれたものだけども、王都でもそれを発揮できるのかなナツキくん?


「なあ、早く行こうぜ! あそこに見えるでかい門が入り口だろ?」


 興奮気味なナツキ。ボクもかなり興奮していたしすぐにでも王都観光へと洒落込みたいのはナツキと同じ気持ちだったのだけど、ボクたちには避けて通れない重大な問題がある。


「ナツキ、君にまず知っておいてもらいたいことがあるんだ」


 ナツキはボクの雰囲気を察して、こちらに真剣な顔で向き直る。


「……なんだ? そんな改まって。まさか、ここでお別れとか言い出さないよな?」


「違う。ボクたちはお金をぜんっぜん持ってないってこと!」


 ここまでの旅費でボクのささやかな貯金はすべてなくなってしまった。ナツキは異世界人なので当然無一文。ボクだって蓄えがたくさんあるわけじゃない。二人分の旅費をだしたらすっからかんになってしまった。だって村ではお金なんて別に持っててもあまり使うこともなかったんだから仕方ないじゃないか。ボクが特別貧乏ってわけじゃないよ、たぶん。そもそも村暮らしで貯金してたことのほうが珍しいんだから。

 この歳で男の子一人養っているようなものなのだから誰かに褒めてほしいくらいだ。

 ちなみにナツキくんはですね、誰かに養ってもらうことが当たり前のような節がありましてね。

 たぶん元の世界ではどこかの上級市民かなにかだったんでしょうかね。

 まあいいんですけどね。彼を手伝うと決めたのはボクだし。仲間さえ見つければお別れだからと大目に見てきたんだけど、結構長い時間を一緒にいることになるのならそろそろこいつにもお金の大切さを学ばせないといけない。

 これまではボクが適当に森に入って狩りをすれば事足りた。

 しかし、この王都ではそうはいかない。代金代わりに毛皮ならまだ許してくれるかもだけど、干し肉とか川魚とか渡しても許してもらえない。お金が必要になるのだ。

 なんて、直接言う根性がないボクはとりあえずお金が必要なことだけをナツキに伝えた。


「お金、か……じゃあ俺働くよ! こんなでかい都市なら仕事はいくらでもありそうだしな。バイトとか憧れてたんだよな、うちの学校バイト禁止だったし」


 働く、か。いくらか鍛えたとは言えその細い体でできる仕事なんてそうそうないと思うんだけど、働くと言う選択をしたのは偉い。このままボクはナツキに貢ぎ続けるどこかの奥様のように形変えなかったから。

 でもね、ボクには考えがあるんだよね。


「……それで働けたとしてそれからどうするの?」


「どうするって、金を稼がなきゃ生活できないじゃないじゃないか。あんな都市じゃ野営する場所なんて無いだろうしさ」


 ちっちっち。ボクは得意げに指を振ってナツキを牽制する。


「そこなんだよねー。ねえ、ナツキ。ボクたちの目的はなんだい? ここで君の本当の仲間を見つけることだよね。出稼ぎに来たってわけじゃないんだよ」


「そりゃ……そうだけど」


 そうなのだ。ボクはここでナツキの本物の仲間を見つけに来たのだ。出稼ぎに来たわけでも、ましてや観光に来たわけでもない。――まあ、ナツキの仲間が見つかってナツキとお別れした後にはちょっとくらいは観て回りたいなという気持ちはあるけどね。

 今はそんな遠回りなことをしているわけにはいかないのだ。

 それに、ナツキはなんといっても異世界人なのだから、こういう人が集まる大都市にやってきたならば、なにかしらの事件イベントが発生するに決まっている。彼は物語の「主人公」で「選ばれた人間」なのだから――

 だったら仕事探しなんてしていては仲間に出会える可能性がむしろ減ってしまうんじゃないだろうか。


「君は異世界人なのだからさ、そんなこの世界のお上りさんみたいなことする必要はないんだよ。まあ見てなって、今に王家とか貴族とかそんな連中と出会うからさ。それが異世界人ってものだよ。そういうもの!」


「そうなのか……? タルトがそう言うならそうなのかもしれないけど、そういうものっていうのがどういうものなのか俺にはさっぱりわからないんだよな」


 ボクを疑っているというよりボクの言っている意味がわかってない、というのが伝わってくる。が、今はナツキの反応なんてどうでもいい。ボクだって出来ることなら物語に出てくる貴族やお姫様に会ってみたいなんて気持ちもある。


「そういうものなの。だから下町でちまちま仕事探しなんてやっててもダメだ。そういう高貴な人たちに出会うチャンスがないからね。お金持ちの皆さんはもっと王宮の側に住んでて下町になんて来るわけがないからね」


 それに、王都に来たからにはやっぱりひと目見ておきたいよね。


「じゃあいったいどうするんだ?」


「お城へ行こう!」






 ボクたちは二時間近くもかけて丘の上の宮殿……の入り口、城門の前までやってきた。ずっと宮殿は見えているのに全然近づかないんだもん。どれだけ大きいんだ王都。人間の目の遠近感ってあてにならないのね。

 さらに城の敷地も広大っぽくて、この城門前まで来ても宮殿なんかの派手な建物はまだまだ遠くにあるようだった。


「あの、すみません」


「はい、なにかな?」


 城門の横にいた警備兵――よく手入れされてピカピカの甲冑に身を包んだ衛兵に、ボクは城へ入れてもらえるよう頼んでみた。


「それは難しいなあ。アポイントはとってあるのかい?」


「アポイント? それはどこで集めるポイント? 村の商品券なら持ってたけど今は……」


「……君たちはどこからきたんだい? 見たところこの街の人間じゃないね」


 だんだんと、衛兵の顔つきが疑いの色に変わりだす。この衛兵はボクのことを冷やかしに来た観光客かなにかとか思ってるな。さらに、どことなく子ども扱いされている気がする。そりゃ見た目がこれだから仕方ないんだけど。


「ボクたちはコタン村から来たんだよ。王様とかお姫様に会うにはどうしたらいいの?」


「コタン村? 聞いたこともないなあ。うーん。平民……ってことだよね。王家の方々に直接会うことが出来るのは貴族か王族、王政府の関係者や騎士団の幹部とかそういった方じゃないと無理だよ」


 コタン村を知らないだって? これだから都会人は……!


「じゃあ、お転婆で、城をよく抜け出すお姫様とかはいない? それか、王位継承に興味がないけどバカな兄を止めようとしている第三王女とかは!?」


 いよいよ呆れた表情を隠さなくなった衛兵。


「……さあ、そこのお兄ちゃんと一緒に王都の観光でもしてくるといいよ。悪い人にはついていかないように気をつけるんだよ」


「遊びに来たわけじゃない! 子ども扱いしないで。実はこれには深い事情があって……」


「さあ、これ以上ここで騒ぎを起こしていると逮捕する決まりになっているからね。あっちへ行きなさい」


 こいつ……無理やり話を終わらせにきた。ボクが田舎者の子どもだと思ってバカにしてるんだ。相手をするのがめんどくなってきたんだ。田舎者だから――コタン村出身というのを聞いて明らかに態度が悪くなったのがその証拠だ!


「お、おいタルト。そろそろまずいんじゃないか? 衛兵さん割りとマジで怒ってるんじゃないか?」


「ナツキは下がってて! このまま引き下がれるわけないじゃないか。こいつはコタン村を敵に回したんだぞ! 君だってあの村がどんなにすごい村か知ってるだろ!?」


 衛兵は困った顔をナツキへ向けた。ナツキはなにかを理解して衛兵に対してうなずいた。お前ら何を通じ合ってるんだ?

 ナツキは静かにボクの後ろに回り込んで両腕でボクの腕を羽交い締めにして持ち上げてきた。


「あ、なにするんだよ! 変なとこさわるな! 何持ち上げてるんだよ! ねえ! どこつれていくつもりなの! まだ言いたいことがあるのに! コタン村は皆優しいし強いんだぞ! シカ肉がうまいんだからな! ちょっと、離してナツキ!」


 ボクはナツキ抱えられたまま、城門が見えなくなるところまで連れて行かれてしまった。


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