第14話 帰り路


 洞窟から村への帰り路。

 洞窟の魔物を倒した影響か、森の魔物は影を潜め、普段以上に静かになっていた。

 おかげで肉体的にも精神的にも疲れ果てていたボクたちは森の魔物と戦ったりせずに済んで助かった。


 ナツキはズタボロになった服以外には、小さな擦り傷さえ見当たらないほどに体の方は完全に治っているようだった。


「まだあちこち痛みは残ってんだけどな」


 ボクの方はと言うと、ナツキの手から溢れてくる回復薬によって一番大きなお腹の傷はすっかりふさがっていた。それはよかったのだけど。

 体中あちこちにできていた擦り傷や中でもお腹の傷の次に大きな切り傷だった額の傷までいたるところをナツキに触られまくり、触られている間ボクは体を硬直させて恥ずかしさをこらえつつ大事なところに触られないように必死で耐える羽目になった。


 ナツキはボクのためにやってくれていただけだしボクのことを男だと思っているのだから仕方ないことなのはわかっているんだけどさ、素肌をぬるぬるする手で触り回すのは少しは遠慮してほしかったよ……。声を抑えるのに必死だったんだからね。


「そんなに痛むのか? でももう少しだけ我慢してくれ」


 心配そうにボクの顔を覗き込みながら体をまさぐるナツキ。

 もう……お嫁にいけない……。



 ただ、折れた右手だけは完全には治らなかった。

 おそらくこの回復薬が切られた傷の再生や失った血液の補填などには効果絶大だったので、量が足りなかったというよりは骨折には効きが悪いとかそういう仕組みなようだ。


 優秀な回復薬ではあるのだけど痛みがとれるわけではなく、まだ引き裂かれたお腹に痛みは残っていたし、折れた右腕は腫れることはなかったもののかなり痛む。


 どうせなら痛みも消えてなくなるような回復薬だったらよかったのに……。


 このあたり、もしかするとナツキのハードモードにつきあわされているのかもしれないな。





 血まみれな上にボロボロに破けた服のボクを見た村の皆は、ナツキがなにかやったと思ったらしく、彼に襲いかかろうとしたのだけれど、慌ててボクがナツキがたぶん異世界人でとんでもない力を持っていることや洞窟の魔物をナツキが倒したことなんかを説明してようやく納得してくれた。


 村の男達が洞窟の魔物が倒されていることを確認しにいっている間にボクは自宅に戻って体を洗ってから、服を着替えることにした。

 ナツキもボクのあげた服は無事だったのでそちらに着替えるといって一旦別れた。


 自分の家に入り、まずは体の汚れを落とす。

 体の表面の傷はほぼ治っていたので水がしみたりもしなかったのだけど、片腕が使えないので着替えるのにはかなり時間がかかってしまった。まだ骨がつながらない腕は首から下げた布で支えて固定した。改めてこの程度の傷で済んだのは幸いだったな、なんて思う。


 結果として自分は生き残った。ナツキも無事だった。

 洞窟の魔物も倒すことが出来た。

 

 これってどこまでがトラック様の考えどおりだったんだろう……。


 結果だけ見れば問題なく最初のイベントが終了したようには見える。だけど、その過程はとてもじゃないけどまともには見えない。こんな血と恐怖に塗れた物語を予定していたとするならトラック様は意地が悪い神様どころじゃないよ。

 

 



 「遅くなっちゃった」


 外はすっかり日が暮れてしまっていた。


 酒場に向かうとナツキは入口の前で待っていてくれていた。

 魔物の胃酸で溶かされた上に、あちこち破れ、泥や血でボロボロになっていた服を着替えてしまうと、ナツキはさっきまであんな巨大な魔物と戦っていたのが嘘なんじゃないかというくらいに、何事もなく元気そうに見える。ほんとにすごいな超回復。


 これから酒場では魔物討伐記念のささやかな宴が催される予定だ。ナツキはすっかり小さな英雄扱いだ。





 それはもう熱烈に村人によって歓迎された。


 そりゃあそうだ。初対面の時ボコして村の外に捨てて放置した人間が村のために命がけで戦ってくれたというのだからそうなるでしょうよ。といってもボクだってなにかしてあげたわけでもないんだけどさ。


 ナツキは村にできる最高の料理と儀式でもてなされた。これは一種の歓迎の儀式でもあったのだけどたぶんナツキはそれはわかってない。

 村の人達もナツキのことを認めてくれた。そしてナツキの望み通りここはナツキの居場所となったんじゃないかって思った。



 ようやく村の皆に一時的に開放されたナツキとテーブルをはさんでいつもの場所に座った。

 ナツキは上機嫌のようで、なにか飲んだのか少し顔が赤かった。


「さっきはありがとうなタルト。またボコボコにされちまうかと思ったぜ」


「お礼をいうのはこっちのほうさ。本当にありがとうナツキ。体の方は大丈夫なのかい? 君が大蛇に丸呑みにされたところを見たときはボクは、もう……」


 あれ、なんか言葉が出てこないぞ。

 喉の奥が潰れたような鼻の奥が痛くなったような。


「俺もあのときはさすがに死んだなって思った。体中に胃酸みてえなのがかかって、締め付けられて、めちゃくちゃ痛えんだけど、なぜか体は無事な感じがしてさ」


体中に胃酸を浴びせられて溶かされる痛み! いったいどんな痛みなんだ……。薬品を手にこぼされたときのアレかな。あれの何倍も痛いってことかな。想像もつかない。絶対味わいたくないや。


「大丈夫かタルト。お前、まだどこか調子悪いんじゃ……」


「あ、いやボクはもう全然平気さ。それより、よくそんな状態から助かったものだよ」


「だよな。そっからは夢中で体を動かしててたらさ、少しずつ体が動かせるようになって肉の壁みたいなの突き破って、手がナイフかなんかみたいになったような感じだったな。ナイフじゃなくてカマだったっけ?」


「うん。あれは正しく森の魔物のカマを具現化した能力だったね。なぜあのとき使えてボクと森で実験したときは使えなかったのかは謎だけど……」


「確かに。あれも俺の能力ってことなのか。俺はいくつか能力を与えられたってことなのかな」


「うーん。詳しくはやっぱりわからないけど、君の能力はただの肉体強化ではないのはまちがいなさそうだね。あの後君の手から回復薬のようなものが出現したことからも。君の、能力はもしかすると……」


 物質の具現化能力……。


 この世界の魔法でも成し得ない特別な力。

 無から有を生み出す力。

 想像することはあっても常識の染み付いた自分の頭では絶対にありえないことがわかる。だけどナツキは異世界人だ。そんな能力を持っていたって不思議じゃない。


 だけど本当にそうなのだろうか。決めつけてしまっていいのか。そもそも情報が足りなすぎるし、たったあれだけで判断するのは難しい。あれだけがナツキの能力の全てだとも限らない。


 それに……。


 これ以上は今考えても仕方ないね。


「まだまだ君の能力は未知数ってことだね!」


 それに、君の能力を、本当の力を君に教える役目がボクであるとは、そこまではまだ思えないんだ。

 やっぱりあのときもボクがいなくてもナツキは自分の能力だけで乗り切ることが出来たと思う。

 もっと痛い目にあっていた可能性は大だろうけど、それでもこの能力ならきっと死にはしなかっただろうし、なんだかんだであの魔物も倒せたはずだ。

 

 ボクは結局足を引っ張っただけだった。役立たずだった。

 せいぜい、彼が受けるはずだった攻撃のいくつかを変わりに受けたくらいで盾にすらなれていない。


 ナツキはボクのことを仲間だと言ってくれた。


 ナツキの言うことを信じない、というわけじゃない。ボクが彼のそばにいなければ彼の精神が持たなかった可能性はあるとは思う。少なくともボクが彼の立場なら誰かにそばにいてほしい。その誰かが特別な能力を持っていなかったとしても。


 ナツキにボクは命を救われた。

 救われたのはボクの命だけじゃない。この村も。


「ナツキには、その、命を救われてしまったね。村のことも、その…すごく感謝してるよ」


 ナツキは返事をする代わりにすごく嬉しそうに笑ってみせた。

 ナツキにとってはボクは命の恩人だとか言ってたけど今となってはナツキのほうがボクの命の恩人になってしまった。


 これは困ったぞ。

 もうナツキのことを放って逃げることができないじゃないか。いざとなればこいつのことなんか見捨てたっていいと思っていたのに。ほんとに見捨てられたかどうかは別として。

 

 命の恩人になってしまったらそれもできなくなっちゃうじゃないか。


「蛇の体の中ってめちゃくちゃ熱いんだぜ」


 熱い、か。ちょっと興味深い感想だ。蛇って体温はそんなに高くなさそうだしそれは胃酸が君の肌を溶かした痛みがそう感じさせたんじゃないかな。

うわあ……絶対痛いじゃんそれ! どんな痛みなんだろ……。

服すらも溶かしてしまうほどの強力な胃酸……。熱いと感じる痛み。


「そういえば服、どうしてボクがあげたやつを着ていかなかったんだい? 君の服より防御力が高いはずなんだけどな、あれ」


 まさかとは思うけど。


「だって、俺まともなのあの服しかないし、魔物との戦いだったら絶対ボロボロになるって思ったし、やぶったりしないようにしろってお前に言われてたし。それにもし帰ってこれなかったりしたら……」


 そのまさかだった。こいつはボクが軽い気持ちで言ったあの言葉を愚直にまもってやがったんだ。

そんなコト気にしている場合じゃなかったはずなのに。どこまでこいつは……。


「だけどナツキ、約束してほしい。次は黙って一人で行くなんてことだけはしないでくれ。ボクが役に立たないっていうのは自分で言っていることだけど黙っておいていかれるのは、寂しいよ」


「そんなつもりじゃ……。いや、ごめん。もう二度としないよ」


 ボクが返答に困り、二人の会話が止まった。

 自分で言った言葉の中には矛盾を感じるこし、それを感じ取りながらもボクの気持ちを考えて返事をしてくれたナツキはやっぱり優しいやつだ。

 だけど、話題変えてもいいかな。そんなに見つめられ続けると恥ずかしいのだけど。

 せっかくの楽しい宴の最中なのだからこのテーブルだけ静まり返っていると返って目立ってしまう。



 空気を読んでくれたのか読まなかったのか。村の皆がボクらの周りに集まってきた。


「おお! にいちゃん! 武勇伝また聞かせてくれよ! 魔物を倒した時のやつもう一回聞かせてくれよ!」


 こちらはかなり出来上がってきている。

 村の人に囃されてナツキは興奮気味に洞窟の魔物との戦いを語りだす。何回目なのかな? ずいぶんと語り上手になっている気がする。

 大げさな身振り手振りにみんな大盛りあがり。


 これ以上命の恩人だとか世界の運命だとか考えているのもバカバカしくなってきた。

 今は少しだけ考えることを休憩してこの喧騒に身を委ねて疲れを癒そう。


 ボクは熱いスープをゆっくりすすって体の中が温められる感触を味わった。


 生きてるって実感が湧く。はあ、美味しい。


「そこでタルトが俺を突き飛ばして助けてくれたんだ! 俺がかけよったらタルトが「ボクはをおいて逃げてくれ」なんて言うもんだから……」


 ナツキの武勇伝がボクの大ピンチのくだりに入ったところで。


「えい」


 ナツキの腕にかかったスープはナツキを大絶叫させたけど火傷にはならなかった。少し温度が低かったか。蛇の胃酸よりはマシだっただろ。


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