第13話 美少年だからね



 結局、ボクはナツキの背におぶられたまま洞窟の外まで運んでもらった。

 洞窟の中では思いの外時間が経っていたようで、洞窟の外ではもうすぐ日が沈もうとしていた。


「もう大丈夫。ありがとナツキ。降ろしておくれ。あとは自分の足で歩けそうだ」


 森の中をボクを背負ったまま村へ帰るのは体力のないナツキには辛いだろう。

 ボクは、何度か躊躇した後、やっぱり彼の目を見て、そして聞いた。


「ねえナツキ。さっきも聞いたかもしれないけど、君はどうしてこんな無茶なことをやったんだい? 君には本当に関係ないことだったじゃないか……」


「……関係ないなんてことはないだろ。俺だって短い間だけどあの村でお世話になったわけだし。それに俺だって何か皆のためになりたかったんだよ。それに、俺には特別な力があるわけだし、俺は異世界人……だし。俺がこの魔物を呼び寄せかもしれないって考えたらさ……。でもなんとかなったとは言えありゃ俺が戦うようなレベルの敵じゃなかったな。それでお前まで危険な目に合わせてほんとに悪かったな」


「違う……! 違うんだよナツキ……!」


「違うって、なにが違うんだ?」


 ボクは感情が抑えきれなくなった。次から次に色を変えて湧き出てくるこの気持ちをどんな言葉で表せばいいのかわからない。

 悲しいのか悔しいのかなんなのかわからない。なぜか涙が溢れてくる。なんなんだよこれは。

 ボクは人前で泣くことなんてめったにないっていうのに。

 ナツキの泣き虫がうつったのか?


「ボクがあのとき君を助けたりしたから……あのときボクが、君の物語に干渉したから……君は今、仲間もいなくて、一人ぼっちなんだよ。……全部、全部ボクが原因なんだ! ボクのせいだったんだよ。ナツキ。君は本当ならもっと強い美少女たちと楽しく冒険をしていたはずなんだよ!」


「また美少女の話か。俺はお前が言ってることがさっぱりわからねえよ。でも、お前だって俺を助けにここまできたじゃないか。命がけで俺を助けようとしたじゃねえか。お前がなにか俺に悪いことをしたとは思えねえよ」


「……違うよナツキ。ほんとはね、ボクは君をもっと早く助けられたんだ。森の魔物に襲われたときも、村のみんなに殴られたときも、ボクは最初から見ていたんだよ。君が腕を切られる前から、君が門の下で立ち尽くしているときから、ずっと、本当は見てたんだ。……なのにボクは助けなかったんだ。君の物語にボクは関係ないと思ったから。違う。それも嘘だ。ボクは、本当は、ボクが異世界転生者と関わり合いたくないと思ったから……! ボクがそんなつまんないことを考えていたせいで君はあんなつらい思いを……しなくていい痛い思いをしたんだ」


 ナツキにうまく伝えられているか自信はない。言葉だけが溢れ出てくる。言葉のようなもの、感情だけが溢れてそのまま口から吐き出していた。


「ボクはね、世界を救ってくれない異世界人なんかとは関わりたくないって思ってた……。関わらないって決めてたんだ。でもさ、そんなこと、ナツキには全然関係ないのにさ、ナツキにはなんの責任もないのにさ! 勝手にみんなそうだって決めつけて、そして君を見捨てたんだ。ボクはそんな自分勝手な人間なんだよ。君にありがとうなんて、力になりたいなんて言ってもらうような人間なんかじゃないんだよ!」


「そうか。そうだったのか」


 ボクとは対象的に、ナツキはすごく落ち着いたままボクの話を聞いてくれた。


「あんなつらい思いをさせてたんだよ。……本当に卑怯なのはボクなんだ! 世界を救ってほしいと願っていながら、いつも自分には関係ないってどこかで無責任に放り投げて。何もかも君たち他の人に押し付けて。一番最低なのはボクなんだ!」


「うん」


「ボクなんかがいたから君は……ボクなんかいなければ……ナツキはもっと……!」


 最後はほとんど言葉にならなかった。

 ナツキに対して申し訳ない気持ちと自分の不甲斐なさを許せない気持ちが入り混じってぐちゃぐちゃだった。


 ナツキはボクが少し落ち着くのを待ってから話しだした。


「違うよ、タルト。俺が言っているのは魔物に襲われたときと村のみんなに殴られてたときの話だけじゃない。お前が森から連れ出してくれたから、村の外で倒れていたあのとき、お前が一緒にいてくれるって言ってくれたから俺は今生きているんだ。お前がいつも俺の目を見て俺の話を聞いてくれたから俺は正気でいられた。ここにいることができた。この世界に立っていられた。お前がいなかったら俺はとっくにおかしくなってるか自殺してたよ。俺が今生きているのは全部、お前のおかげなんだ」


 そんなことない。ボクは無力で、無責任だ。


「それに。お前は俺には関係ないっていうけど、お前に関係あることなんだったら、俺にとって関係ない話じゃない。だってお前だって、俺のためにここまで来てくれたじゃねえか。命がけで助けようとしてくれたじゃねえか。だったらお前はなんで俺のためにそこまでしてくれるんだ」


 それは、君がボクにとって。


「でも、でも君は、ボクが邪魔をしなければ本当の仲間と出会えていたかもしれないんだよ? 何の力もないボクなんかじゃなくて……今日だってここにきたのがボクじゃなくて本当の仲間だったら……」


「なあ、本当の仲間ってなんなんだ。いい加減意味分かんねえんだよ!……だってさ、ここにきた俺の仲間は……俺を助けてくれた本当の仲間ってのは……お前じゃねえのかタルト。美少女かどうかなんて関係ない。男だとか女だとかどうでもいい。俺にとってはお前が本当の仲間なんじゃねえのかな」


 風が吹いた。

 ボクのフードを剥ぎ取ったその強い風は髪の一本一本の隙間を洗い流し駆け抜けていった。

 体にまとわりついていた重たい、ぬるくべとついた全てを吹き飛ばすかのような風。

 地平線と平行になった赤い夕日の光がボクの目を刺す。

 薄暗い洞窟に長くいたせいで沈みかけの太陽の光でも目を焼くように眩しい。

 湿度の高かった洞窟で汗まみれさらに血まみれになったあとに外浴びる風の心地よさは、間違いなくこの世界のもので。

 でも、ボクにとっても初めてのもので。

 ボクは本当に何も知らないんだ。異世界のことどころか、自分の世界のことすらもまだ全然知らないんだ。


「お前、また髪と目が光ってみえる。マジで宝石みたいに光って……すげえな」


 ナツキは夕日を背にしたボクを見ながらまた不意打ちをしてきた。

 これは仲間になった美少女が恋に落ちる用に用意されているロケーション、シチュエーションだったんじゃないだろうか? さすがにボクもちょっとグッとくるものがあったのは認めよう。

 誰だって命がけの戦いを一緒にしたあとくらいは心が無防備になるだろ? 仕方ないじゃないか。

 でも残念。ボクは本物の美少女じゃないし。

 なのでこのセリフはいろいろとバッチリだったけど無駄になっちゃったね。ナツキ。君みたいな鈍感異世界人の渾身の一撃をボクなんかにつかっちゃって。ほんとに君は不運なやつだね。

 まあ、内容がワンパターンなので減点して30点をあげてもいいかな。


 ボクの(自称世界一)きれいな瞳と髪は夕日に照らされて青とオレンジのそれは素晴らしいコントラストを生んでいたことだろうね。自分で鑑賞できないのが残念なくらいだ。

 短くする前なら腰まである長髪が風に揺れて煌めくところも見せてあげられたのだけど、まあ、長さが変わったって美しさは変わらないから安心するといい。

 なんの取り柄もない、特別な力もない、ただの村人のボクの唯一の自慢なんだ。

 君がこの異世界にきて見たどんなものよりもきれいだろ?



「そりゃあそうさ、だって、ボクはとびきりの美少年だからね!」


 ボクは君に何もあげられないけれど、この自慢の髪に免じて少しだけまけておいてほしいな。

 この返せそうにない借りの中から。


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