第4話 だってボクは美少女だから

 いきなり「君とは関われない」なんて意味ありげに言われても意味がわからない。意味なんてないのにむしろ逆に意味深になってしまってる。何をやってるんだボクは。

「なあ、おい関われないっていったいどういう意味なんだ? お前は一体何者なんだ? 何を知ってるんだ? 教えてくれ!」


 ――そもそも初対面なのに「お前」ってさ……。別にいいけどさ


 少年はあたりを見回したりボクを見たり忙しく視線を動かす。


 ――な、何者と言われても……


 ボクはただの村人なんです。あなたにとっては異世界の人間でちょっと珍しく見えているかもしれないけど、この服だってこの世界ではごくごく普通の恰好なんです。特別な能力も何もありません。あなたのほうがよほど何者? なんですよ。知ってましたか、知りませんよね。

「お前ってめちゃくちゃ強いし、もしかして伝説の勇者とか戦士とかそういうやつだったんだな? 頼む。俺にこの世界のこと教えてくれないか?」

 一人で勝手に話を進めていく。どうしよう。ほんとに何も知らないのに。

 黙ってるとどんどんおかしな方向へ進んでいく。ほんとに何も知らないのに。


 少年は何かを期待する目でこちらを見てくる。

 ボクが何かいい感じのセリフを言うのを待ってる。

 なるほどね。今彼にとってはボクがこの世界で初めて出会った言葉の通じる人間なわけだし、そんなボクが意味深なセリフを口にしちゃったもんだから期待しちゃうよね! でも残念! 何も出てきません! ほんとごめんね!


 いったい何を言えばいいっていうのさ? こういうとき、異世界からの転生者が最初に出会った人はいったいどんなセリフを言うんだろう。「お前はこんなところで何をしている?」とか?

 か、かっこいい。かっこいいけどちょっと恥ずかしいしそれをボクが彼に聞いても意味がない。

 とりあえずなにか返事をしなきゃ。


「君は、その、やっぱり異世界からの転生者なのかい?」

「……え?」

 少年は今度は目を見開いて驚きの表情になる。その反応を見て自分が言葉のチョイスを失敗したことに気づく。


 ――やっぱりってなんだよやっぱりって……!


 完全に余計な一言だった。今のも思わせぶりなセリフになってるよね。なんと言えばよかったんだろう。でもさ、今ボクが喋ると全部が「思わせぶり」になってしまうんじゃないかな!


 完全にボクに期待を持った目でボクに駆け寄ってきた少年は興奮した様子でまくし立ててきた。ボクが何かを知っていると確信したらしい。残念ながらその確信は間違いなのだけれど。

「おおお! やっぱり!! お前は何か知っているんだな! 異世界? 転生者? っていうのはなんだ? さっきの怪物は本物なのか? これは映画の撮影とかそんなんじゃなくやっぱり異世界転生ってことなんだよな!?」

 話が、話が進んでいく! まずいまずいやばい。


 無理なんです。ごめんなさい、ボクは本当に何も知らないんです。

 トラック様助けてください。あなたが転生させたんですよね? どうして今回はなにも教えてないパターンなんですか? 異世界に転生された自覚があるパターンもありましたよね? ボクが関わったときに限ってどうして無自覚パターンなんですか!?

 これ以上彼を騙すようなことをする訳にはいかない。彼には世界の命運がかかっているかもしれないんだ。ボクなんかが関わっちゃダメなんだ。


 ――きちんと説明しよう。


 ちゃんと話せばわかってくれるはずだ。 彼は特別かもしれないが「ボクは特別じゃない」んだ。これ以上勘違いさせちゃいけない。落ち着いて、いっかい大きく息を吸って。吐いて。って今のはため息じゃないからね? 思わせぶりにしようとしてるわけじゃないからね?


「ごめんよ、ボクは何も知らないんだ。ただ、異世界から転生してきた人を見るのは初めてじゃなかったから君もそうなんじゃないかと思っただけなんだ。何かを期待させてしまったのならごめん!」

 やっと言えた。今度こそちゃんと言えた、と思う。

 ボクと初めてまともに会話が成立したことによって、興奮していた彼は少し落ち着きを取り戻したようだった。


「そ、そうなのか。俺はさっきまで全然別の場所にいたはずなんだが気がついたらこんな森の中に……。ってこれはさっき言ったっけ。じゃあさ、さっきの怪物に襲われたときに腕を斬り落とされたけど、これってお前が魔法か何かで治してくれたのか? なにかかけてたよな」

「それはボクじゃない。ボクが君にかけた薬は傷を塞ぐ回復薬ポーションだよ。ボクは魔法も使えないしね。腕が再生したのは、たぶん……」

「たぶん……?」

「たぶん、君の特別な能力なんじゃないかな。異世界から転生してきた人たちはそういう特別な能力を持っていることが多いから……」


 彼は自分の両腕を見つめながら続けて話す。

「そう、なのか……。異世界転生……。俺は別の世界に来てしまったということか。じゃあ元の世界の俺はやっぱり死んだのか……?」

 それはボクのほうが聞きたいくらいだ。

 彼がこちらを見てくる。

 更にボクから回答を求めようとする。気持ちはわかるがやめてほしい。

 ボクはとっさに目をそらしてしまった。どこか後ろめたい。深くフードをかぶっているので顔はあまり良く見えていないはずだけど。とっさに顔を覚えられないように背けたのかもしれない。たぶん手遅れだけど。とにかく、これ以上彼の記憶に残る訳にはいかない。


「たぶんそうだと思うけど、詳しいことはボクにはわからない、ほんとに。ごめん」

「あ、いや。謝らないでくれ。俺もいきなり色々聞いて悪かったな。じゃあ、お前は一体何者なんだ? 見たところ人間の男の子だよな? その青い髪は地毛なのか?」

 髪の色にこだわるな。そんなに重要なのかな。


「お前みたいな小さな男の子がたった一人でこんな森の中にいるということは、もしかしてお前は……迷子だったのか?」

 なんでだよ!

 さっき君を魔物から助けたじゃないか!

 今までの話の流れで迷子はおかしいだろ……。危うくツッコむところだったよ。

 もしかしてボクが少し小さいからってバカにしてるのか? 迷子はどっちかと言えば君のほうじゃないか。


 ん。まてよ。今なんて言った!? 男の子!?

「ところで、お前の名前は? さっきも言ったけど俺はナツキっていうんだけどさ」

 おい。こっちも言いたいことがあるのに、くそ。自己紹介イベントはまだ続いていたのか。

 まったく、どうしてそんなに名前が知りたいんだ。……まあ、逆の立場だったら……そりゃ知りたくなるだろうけどもさ。

 でも教えられない。教えられない理由がすっごく個人的理由過ぎてそれも言えない。


 とにかくごまかして乗り切るしかない。ずっと黙っているわけにもいかないのでボクも言葉を返すことにした。

「この世界のことをよく知りたいのならまずはボクの村に来てみるというのはどう? 他の村人や旅人なんかもたまに立ち寄るところだからもしかすると何かわかるかもしれないよ。うん、きっと村の皆に聞いてみればなにかわかるんだよ。そうに違いない。じゃあそういうことで、さあ行こうか!」

 早口でまくし立てた。

 心臓が大きく揺さぶられたような緊張で嫌な汗が背中を流れるのを感じる。なんて下手くそなんだ。

 これ以上関わらないようにするためにも名前なしの村人でいないといけないと思えば思うほど言葉がおかしくなる。ボクは演技の才能が絶望的なほどにないんだな。


「村か……確かに、もっと人がいるところへ行けばなにかわかるかもしれないな。お願いしてもいいのか? お前みたいな小さな子にお願いするのも申し訳ないんだけどさ」

 小さい子小さい子ってうるさいな。だったら君はそのでかい図体で何とかすればいいじゃないか。

 でもいまここでこいつと言い争ったって何にもならない。それどころか、こいつは異世界人「様」だ。ここはボクが「大人」の対応をしてあげようじゃないか。


「……いいってことさ。この森はボクにとっては庭のようなもんだからね。君を案内するくらいわけもないよ。それに、もしかすると君は大切な使命を持っているかもしれないしね」

「大切な使命?」

「あ、いや! なんでもない、なんでもない、気にしないで! さあいこう! すぐそこだから」

 また余計なことを……。

 もうしゃべるのやめた方が良さそうだ。はやく彼を村に連れて行って別れるんだ。そして二度と出会わないようにしよう。


 村まで彼を連れて行くのがボクの役目なのだ。きっとそうなのだ。そういう役割が振られたんだ。それ以上のことは絶対にやってはだめだ。それはボクが一番良くわかっている。任せてくださいトラック様。そういうことでいいんですよね?


「いや、やっぱり気になるよ。やっぱりお前はなにか知っているんだろ?」

 何も知らないんだよさっきも言ったでしょ。どうしてそう、ボクに期待するんだ。逆の立場だったら……期待するけども!

「違うってば。異世界から転生してきた人だからそういうこともあるかもってことだよ、さ、いこう!」

「そういうことか……」

 そういうことなのだ。もうボクは余計なことは言わないぞ。話しかけないでくれ。ボクは無視や嘘が苦手なんだから。

 彼の前に立って歩き始めたところで彼がまた口を開く。

「で、お前の名前は?」

 し、しつこい!

 ボクは立ち止まり、彼の方に向き直る。


 観念するか。

 これ以上はさすがに不自然だ。だったら、自然に、当たり障りなく、これ以上変なことを言わないようにシンプルに。

 ボクは彼の目をみて自己紹介をした。


「ボクはの名前はタルト。……覚えなくていいから」

 心の声が少し漏れてしまった。余計な一言なんでつけちゃうんだろう。

「…………なんでだよ」

 もっともなツッコミに返す言葉もなく。

 ボクたちは村に向かって歩き出した。

 名前くらいならまだ大丈夫。それくらい知られても大丈夫。


 村人に名前くらいあったっていい。初めて合った者同士が自己紹介する。この程度どこでだって起きていることなんだし。なにをそんなにもったいぶっているんだ。それに、こうなったらこの世界について聞かれたことくらいは教えてあげようじゃないか。

 そうさ、ボクはこの世界で出会った村人Aだ。DになるはずがAになってしまっただけなんだ。だったらそれになりきるんだ。


 それでも。

 一つだけ不安がある。

 ボクが異世界人を気にし始めることになった理由。

 ボクが極端に異世界人との関わりを恐れる理由。

 そもそもボクはただの人間で、本来なら異世界人とは関わらないじゃなくて関われない、はずなのだ。だけど、異世界人と関わってしまうかもしれないかすかな理由があった。ボクはフードの下を見られることだけは、顔を、髪を、容姿を見られることだけは絶対に防がなくちゃいけない。


 だってボクは、たぶん、美少女だから。

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