第5話 さよなら、振り返らずに

 ボクは絶対に異世界人とは関わらない。

 だってあいつらは必ず美少女とパーティーを組み、そして結局世界を救わないから。

 ボクには特別な能力はなにもないし、魔法も使えなければ、剣を使いこなすこともできない。

 そんなボクが異世界転生者と関わることはそもそもありえない。


 ……はずなのだけど、一つだけ気にかかることがある。

 それは、ボクがおそらく「美少女」だということ。


 異世界における美少女というものがどういう基準なのかはわからないけれど、少なくともこの世界で美少女と言われるような女の子たちが異世界転生者に次々と連れて行かれているのは事実であり、この世界においてボクが美少女と呼ばれるのも事実なのだ。ほんとだよ!


 歳の割に身長は低いけれどライトブルーの長くサラサラな髪と同じ色の瞳。剣は重くて持てない代わりに形の整った腕、指。もちろん足にも自信がある。なんせ鍛えてあるからね。

 ボクの見た目はこの世界の基準では間違いなく美少女なのだ。そうなのだ。

 ただ、まあ……まだ躰の凹凸は将来性に期待しているところなのだけど。それだって後数年もすれば立派に育つに違いない。だから美少女でいいのだ。いいよね?


 そして今ボクの目の前に異世界人が居る。そしてボクは美少女。

 これはもう異世界人の物語に巻き込まれてしまう可能性が非常に高い!

 でもね、ボクは世界を救ってくれない異世界人との旅なんてまっぴらごめんなのだ。


「なあ、タルトくん。お前はその、見た目通りの年齢なのか? ずいぶんとなんというか幼いよね。俺が言うのもおかしいけど、お前みたいな子どもがどうしてあんなところに一人でいたんだ? あそこで何してたんだ? 迷子じゃないって言ってたけどさ」


 ――タルトくん?


 さっきもボクのことを「男の子」だとか言ってたな。どうやらこいつはボクのことを「男」だと思っているらしい。

 なんて失礼なやつなんだ、こんな可愛い女の子を捕まえて! と言いたいところだったけど、言われてみて気がついた。


 フードを被っていて髪の毛も前髪しか見えてないし、顔もよく見えていなかったから性別がよくわかってなかったんだね。ダガーを振り回して魔物退治なんてやったもんだからまさか女だとは思わなかったんだろうね。

 体の凹凸も「まだ」あまりないし、ってやっぱり失礼だな、こいつ。


 ――でも、これは幸運かもしれない!


 ボクのことを男だと思ってくれているのならボクはこいつの仲間にならなくてすむかもしれない!

 だって異世界人は美少女を仲間にするのだから。

 別にボクが嘘をついたわけじゃないからね。勝手に勘違いされただけだしね。

 都合がいいのでこのまま「誤解」してもらうとしよう。

 ボクは少しだけ気持ちが楽になった。


「あのさ、ボクは君とそうかわらない歳だと思うよ。君の見た目がボクたちの世界の人間と同じ成長速度だったら、だけど」

「そうなのか。俺は十七歳だ。高校二年……だったんだけどタルトくんは?」

 ボクからみてナツキはもっと幼く見えていたので内心ちょっとだけ驚いていた。

 黒い髪と童顔のせいか、さっき泣き叫んでいたところを見たせいか、彼は自分より歳下だと思っていた。


「ボクは君と同じ十七歳だよ。……奇遇だね」

 ただの奇遇。そんなもので運命とか感じないでほしいけど。

「まじか! てっきり中学生くらいかと思ったわ! そうか。もしかしてこの世界って成長が遅いのかな。みんなお前くらいの大きさなのか?」

 チューガクセーとはなんだろうか。っていうかほんとに失礼なやつだな! 誰の成長が遅いって!? 

 まて、おちつけ……まだ怒るときじゃない。

 異世界の言葉なんて別に興味もないし、こいつとは村についた時点でお別れなのだから意味は知らなくていい。でもなんかすごく侮辱された気がするよ。


「タメだったんならお前のこと、タルトって呼んでもいいか?」

 呼び捨てにされるのも、お前と言われるのも全然かまわないよ。だけど君と親密になることはかまう。それはダメ。

「……名前は覚えなくていいって言ったじゃないか」

「だからなんでだよ。お前は俺の命の恩人なんだぜ? しかもこの世界で初めて出会った……その、友達なんだ。そんな冷たいこと言わないでくれよ」

 命の恩人と言う割にはお前だの呼び捨てしていいかだの経緯ってものを全く感じないな。

 しかし……。

 ううう……。

 かなりやらかしちゃった気がする。


 ――友達


 うわ、最悪。

 言葉にしてみると非常にまずい。

 友達の次はきっと「仲間」に昇格してしまう。それだけは避けたい!

 でも、ボクとの出会いはトラック様のミスで、本当なら君は自分の力だけで助かっていたはずなんだ。それにボクには戦う力はないし、君の力にはなれそうもない。仲間どころか友達にすらなれるわけないんだよ。


「別になんと呼んでもらってもかまわないよ、さあ、あそこに見えてきたのがコタン村だ!」

「おお、あれが……。なんかザ・村って感じだな」

 単語の意味はわかるのに言葉の意味はわからない。異世界言葉かな。

 どうせこいつとはもうすぐお別れだ。意味なんてどうでもいいさ。

 コタン村はこの世界ではありふれた辺境の村だ。まあ冒険者が最初に訪れるような村なのでこの程度なのだ。


 村の入口には木彫りの門(コタン村では森の守り神のオウルという鳥の形がいたるところに掘ってある。森と共生してきたからね)があり、大した外敵もいないので申し訳程度の柵で覆われている程度の、まあ寂れた村だね。

「ここをまっすぐに行って突き当りを右に進んでさらに突き当たりに行くと酒場のような店があるからそこにいってみるといいよ。たまに冒険者なんかも来るから村の外の情報なんかも聞けるかもしれないしね」

「ん? ちょ、ちょっと待ってくれよ、タルトもついてきてくれるんじゃないのか? せっかく仲良くなったのに」


 仲良くなってはない。なったつもりはない。

 ただ命を助けて、近くの森まで案内しただけだ。

「ボクはまだ森に用事があるからさ」

 嘘じゃない。当初の目的である木の実をまだ採集できてないからね。

「タルトぉ。そんな寂しい事言わないでくれよ。おれまだこの世界のことなんにもわかんねえし、金ももってないんだ。不安なんだよ。それにお前、森には怖い怪物が出るんだぞ」

 知ってるよそんなこと。まだボクを迷子かなにかとでも思ってるのかこいつは。

 ボクは村まで案内したらお別れするって決めていたのだ。

 だからこそ他のことは妥協してきた。もうボクの精神は限界だ。おかげでボクの背中はさっきから汗でびしょびしょだよ。見えてないだろうけど! だから、これ以上は、本当に、絶対に、無理!


「大丈夫さ、村の中は魔物も近寄らないから安全だし、村の人達はいい人ばかりだから」

 ナツキは少し泣きそうになっている。まあ……無理も無いけど。

 ナツキは両の掌を眼前でバチンと合わせてその間に頭を下げる。なんだこのポーズ。異世界流の……祈りのポーズかな? ちょっと笑いそうになってしまった。


「頼む! じゃあ酒場まででいいから一緒に来てくれ! 誰か紹介してくれないか? 命を助けてもらってさらにこんなお願いするのは厚かましいと思うんだけど……本当に俺……今不安で死にそうなんだ。どうにかなっちまいそうなんだよ。もう少しだけでいいから一緒にいてくれないか?」

 そんな必死に頼まれてしまうと……さすがに胸が痛む。

 だけどさ、ボクだって彼のことを(不要だったかもだけど)助けてあげたわけだし、ここまで連れてきてあげたわけだから十分彼のためにやってあげたと思うんだけどどうかな。

 十分だよね。きちんとボクはやれることはやったはず。これ以上は無理。


「ごめんよ! じゃあボクはこれで。さよなら!」

 全速力で走った。逃げた。逃げてしまった。

 チクチクと心が痛かったけど、これが世界のためなのだ。

 ボクなんかが異世界人と関わってしまって彼の本来の役割が達成できなかったら。世界を救ってくれるのが彼だったらとしたら。ボクはそれを邪魔することになってしまう。

 追いかけてくる足音は聞こえなかった。

 村の門の前に、袖がちぎれたおかしな服を着た少年が立ち尽くしていた。と思う。振り返らなかったから見えなかったけど。




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