第6話 少しの間だけだよ

 どうしてボクは森に戻らなかったんだろう。

 彼がかわいそうだったから?

 彼が世界を救ってくれそうだったから?


 たぶんそんなに深くは考えてない。どれも違うと思う。

 強いていうならお母さんのせいだ。お母さんが困っている人は助けてあげなさいなんてボクをしつけたりするからだ。


 ボクは森に行くふりをした後、こっそりとコタン村に近くに戻ってきた。

 大丈夫、ボクはボクの役割をこなせたはずだ。

 彼はこれからすごい能力をもった美少女たちと出会って楽しい旅を始めるに違いない。

 またはそのすごい能力で新しい国をつくったりしちゃうかもしれない。

 ボクとの出会いなんて忘れてしまうのが一番さ。ボクはなんの取り柄もない普通の女の子なんだから。

 だけど、少しだけ、ほんの少しだけ、彼が気の毒で気になってしまったから一応様子だけは見ておかないと、後から思い出したときに気分が悪くなるかもしれないじゃないか。


 彼はやっぱり門の下で立ち尽くしていた。

 泣いてるのかな。震えているようにも見えた。チクチクと痛む心はお母さんのせいお母さんのせい。ボクは悪くない。

 彼はしばらく立ち尽くしたあとにボクの言った通りの酒場へ向かおうと村の中へ入った。入ろうとした。


 そこで村人Bが登場した。

 村人Bとは彼から見てのお話であり、ボクはもちろん知っている。イコペさんだ。

「何だお前は! どっからきた!」

 イ、イコペさん!? なんでそんな喧嘩腰なの!?

「なんだその奇妙な服は! まさか魔物の仲間か!」

 そんなわけないじゃん! どっからどう見ても人間じゃないか。

 ボクがナツキにこの村の人はいい人ばかりだよって言ったのが台無しだよ!


「なんだなんだどうした!」

「あやしいやつだな!」

「なんだこいつは変な髪の色しやがって!」


 次々と村人が集まってきた。

 村!

 村だ!

 今頃になってなんとなくナツキが言っていためっちゃ村って感じの意味がわかったようなわからないような。

 とりあえず、よくない展開なのは間違いなさそう。

 この村には冒険者とか異世界人とかが度々訪れているんだから、村人も外部の人間に慣れているはずなのに、なんでナツキだけこんな対応!?


「お、俺は安藤夏樹っていって、たぶん、別の世界から今日この世界に来たことになっててって、自分で言ってて何がなんだか分かんないんだけど……!」

 ナツキが健気に自己紹介するも……


「お前なにいってんだ」

「見た目だけじゃなくて頭もおかしいのか」

「どこかのスパイか怪しい魔物かもしれねえ! 村を守れ! ひっとらえろ!」


 う、嘘でしょ。

 あいつ、なにかこう、トラブルが起きたり人に嫌われたりする運命でももっているのかな。

 それともこれも異世界人の運命みたいなものなのか?

 あっという間に集まってきた村人BCDEFGに囲まれたナツキは懸命に説明するが村の皆さんはそれをまったく聞き入れてくれない。

「ぶっ殺せ!!!」


 これ以上はやばい!

 た、助けなきゃ!

「ま……」

 ボクは「待ってその人は違うんだ」と言おうとして、思い出した。

 このパターン。このパターンはさっき失敗したばかりのパターンそのものじゃないか。


 あいつがピンチになったところで、ボクが助けに入って、それでおかしくなっちゃったんだった。

さっきまで、あんなに後悔してたっていうのにまた同じ間違いを犯すところだった。

 これもたぶんなにか運命の力が働いているんだ、そうに違いない。

 そうだよ、このトラブルを助けるために今度こそ美少女が現れるんだ。

 危ない危ない。また余計なおせっかいをしてしまうところだった。


 ――あれ?


 ボクが一人思い悩んでいる間に彼は逃げ出そうとしたところをウナッテさん(三十一歳既婚子供が四人コタン村腕相撲大会準優勝)にあっさりと捕まった挙げ句、村の男衆に袋叩きにされてしまった。



 美少女の助けは現れないままボロボロになったナツキは村の外に投げ捨てられた。

 たいして反撃もしなかったみたいだし、ひょろひょろで弱そうだし、敵ではないとみなされたのだろうね。命まではさすがに取られなかったみたいだ。

 でも、いったいどういうことなんだ?

 なぜあいつはこんなに不幸な物語なんだ?

 異世界人はたいていなんでも都合がいいように進んで実力があってもなくてもだいたい楽しそうなハーレム状態になるはずなんだけど。

 少なくともボクが見てきた異世界人は全部そうだったのに。


 どうしてナツキには誰も居ないんだ?


 美少女はいったいいつになったら現れるんだ?


 ナツキはピクピクと動いているのでまだ生きているのが確認できる。

 助けに行くべきなのか。いや、それで誰かの邪魔をしちゃったらまずいし。そろそろ美少女が助けに現れるかもしれないし。そう思うと動けなかった。

 ボクは暫くの間様子をうかがっていた。のだけど。

「あ、動かなくなった……ヤバっ!」

 さすがにこのまま放置していては死んでしまう。ボクは急いでナツキのもとに駆け寄った。


 ボコボコにされた顔がそこにあった。涙と鼻血でぐちゃぐちゃだ。

 とても物語の主人公には見えない。

 超回復能力はどうしたんだ。

 鉄の腕は。めちゃくちゃ能力はどこいっちゃったんだ。


「おい、ナツキ、生きてるかい?」

 声をかけてみた。

 反応がない。

 でも息はしているようで気を失っているだけのようだ。

 いや、気を失っているだけっておかしいよね。気を失うほど殴られてるんだからこれはかなりの重症だ。痛そう。顔が元の倍くらいに膨れちゃってる……。

 でも、よく見ると、コタン村の人たちがいくら侵入者と思ったとは言えいきなり人を殺すわけもなく、ちゃんと手加減してあるのもわかった。ちょっとだけ安心した。いきなりここまで殴るのはやりすぎだけど。


 ボクは彼の横に座り込んだ。ほんとにどうしたもんか。

 太陽は半分ほど地平線に隠れ始め、辺りは夕焼けで赤く染まっていた。同じ赤く染まるでも血で染まった森とはぜんぜん違う。何度見ても飽きない綺麗な夕日だ。

「……ごめんよ。……でもボクは君を助けるわけにはいかないんだ」


挿絵(By みてみん)


 独り言のつもりで言ったはずだった。

「タルト? タルトか!?」

「うひゃ!?」

 いきなりナツキが起き上がり、ボクの両肩をつかんできた。

 死んでると思っていたわけじゃないけどいきなり動いたものだから変な声が出てしまった。


「あれ? 君、顔の傷が……」

 顔が、まだ血だらけなのだけど、腫れが引いてきている。超回復が今頃になって発動したのだろうか。

 だとしたら、ずいぶんと不便な能力だな。かなりの時間差だ。

「タルト! お前戻ってきてくれたのか、ありがとう、俺、もうどうしたらいいか……村に入ったらいきなり殴られて……タルトが村は安全だって言ってたのに……」

 ナツキはまた泣いている。森でも泣いていたし、さっきも殴られながら泣いていたし、今もまた泣いている。

 だからといって泣き虫だとはさすがに思わないけど。ほんとに、無理もない。

 あと、ほんと、ごめん。

「……君、体は大丈夫なのかい?」

 ボクが無意識にそっと彼の顔に手を触れた。

「痛って!!!」

「ご、ごめん!」

 慌てて手を引っ込めた。

 見た感じ、傷や腫れはほとんど引いていたのだけど。

「あ、いや痛いっていってもさっきほどじゃない。なんか少し痛みが残ってるみたいだ」

 そういえばこの能力、回復はするけど痛みは普通に感じるんだったっけ。ずいぶんと不便な能力だな。そんな能力で世界を救えるのだろうか。

 みるみるうちにナツキの顔の腫れは引いていった。

 まだ血と涙と泥で汚れているが、怪我自体はすっかり治っていた。森の中で腕が一瞬で再生したように、超回復が発動してから治るまでのスピードは相当なもののようだ。


「なあ、ナツキ。君を助けるはずの美少女はいつ現れるんだい?」

 意味がわからないだろうな、と思いながらもつい口に出してしまった。

 ボクは余計な一言を付けないと喋れないんだな。自分の悪癖に始めて気づいた気がする。

 ナツキはやっぱり意味がわからない、という顔をしたあと少し笑って言った。

「美少女は現れなかったけど……美少年なら現れたよ。お前の目初めて見えたけど、めっちゃきれいな色してたんだな」

 そ、そりゃあそうさ。この瞳は特に自慢の瞳だからね。

 夕日を映したボクのライトブルーの瞳はたぶんこの世界でも指折りの美しさなんだよ。

 髪もよく光を反射する自慢の髪なのだけど見せてあげられないのが残念だよ。

 まあ、これで、ボクは異世界の基準でもやっぱり美少女であることがわかった。よね? 美少年と言われたのだから美少女と言われたのと一緒ということでいいよね。美しいものは男であれ女であれ異世界であれ美しいということさ。


 でも、ボクが男ではなく女だってことを、本当は美少女であることをこいつが知ってしまったら、こいつに知られてしまったら。

 物語が運命が変わってしまうかもしれない。

 ボクなんかが旅のお供に選ばれてしまって、本当に出会うはずだった本物の美少女(ボクが偽物の美少女ってわけじゃないよ)の邪魔をしてしまうかもしれない。それはとても怖い。


 だけど、今、ナツキの周りには誰もいない。

 助けてくれるはずの美少女は、なぜかいつまで経っても現れない。

 そして当たり前かもしれないけど、異世界からの転生者は誰かの助けがないと、とてもじゃないけどこの世界で生きていけそうにない。

「ナツキ、君はどうしてこの世界にやってきたんだろうね……。ボクは本当に何も知らないしわからないんだよ。……それにボクには特別な力は何もないし、君の力になってあげられるような知識もない。だからたぶんボクは君と関わるべきじゃないと思う」


 本当なら関わらないのが一番なんだろうけど、それは頭ではわかっているのだけど、どうしても気持ちがついていかないんだ。

 これはお母さんのせいだ。お母さんが困っている人は助けなさいなんてボクをしつけるからこんな事になったんだ。

 世界が救われなかったらお母さんのせいだからね。

 こんな場所に転生させたトラック様の失敗だ。

 いつまでも美少女が現れないのがいけないなんだ。

 世界が救われなくなっちゃったとしてもボクのせいじゃないからね。


「……でも、少しの間だけ、君が本当の仲間たちに出会うまでの間だけならただの「村人」としてキミをと一緒にいてあげようと思うんだけど、どうかな?」

 ナツキはまた目に大粒の涙をためて、流した。溢れ出た。

「お前が何言ってんのか正直全然わかんねえけど、俺を助けてくれて、戻ってきてくれて、ほんとにありがとう。……頼む。もう少しの間だけでいいから俺と一緒にいてくれないか……タルト」


 これまで何度か考えたことがあった。

 自分が異世界に転生したとしたら、なんていう妄想の物語。

 何もかも都合よく行くとばかり思っていたし、そんな想像ばかりしていたけど、ナツキを見ていたらそんなのはボクの勝手な思い込みに過ぎなかったのかもと思わされた。

 あまり考えたくはないけど自分がナツキと同じ立場だったらどうだろう。

いきなり異世界に転生されて、一人ぼっちで、何もわからないまま何度も痛い思いや怖い思いをして、正気を保っていられるだろうか。

 ナツキと同じように最初からきつめの試練にぶち当たるパターンは見たことがある。でもそんなときでも必ずそばには誰かがいた。


 でもナツキのそばには誰もいない。

 そしてボクはそれを見て見ぬふりが出来ない。

 トラック様が一体何を考えてナツキをこの世界に転生させたのかはわからないけど、ボクにはこのままほうっておくことが出来ないのだからもう、だったらもう、仕方がないじゃないか。


 異世界人には美少女の仲間が絶対に必要なんだ。

 ナツキの悲惨な物語の始まりを見て少しだけその意味がわかった気がする。

 異世界転生者は必ず美少女とパーティを組む。

 それは理と言ってもいい。

 だったら。

 本物の美少女たちと出会えるまでのつなぎ役として。

 本当の仲間たちと出会えるまでの代わりとして。

 ほんの少しの間だけ。


 ボクは美少年として君のそばにいてあげよう。

「仕方ないな……少しの間だけだよ」

 それなら世界を救う邪魔にはならないかもしれないから。

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