第7話 髪を切る
その日の夜、ボクは髪を切った。
ナツキを村の宿屋に案内して自分の家に戻ってからバッサリと切った。
腰まであった自慢の髪だったし、もちろん躊躇はした。だけど、ナツキのことを手伝うと決めたからにはいい加減なことは出来ない。世界の命運がかかっているかもしれないんだ。その決意の現れとして短く切った。
これならパっと見は男の子に見えなくもない。うん、短いのも似合うなボクは。
ナツキは残念なこと(?)にフードを取ったボクの顔を見てもボクが女だとは気づかなかった。やはり第一印象が大きかったかな。もし一発でバレてたらそこで終わりに出来たのに。
最初に少年とインプットしてしまったこと、異世界で初めて見る髪の色や瞳の色だったこともあって性別がわかりにくかったとは思う。あくまで勝手な予想だけど。だけどまあちょっと複雑な気持ちになったのは確かだね。
ボクが女であることに気づかれたとき、ボクはナツキの前から消えよう。
それが世界のためだから。異世界人と美少女は一緒にいるものだ。だから、ボクは美少年でなければならない。そうでなければ彼と一緒にはいられない。
さすがに鈍感な彼でも、いつかはボクが女だということに気づく時が来る。
いつまでも隠し通せるようなものではないし、今は少しだけ身長も低いしまだ体も成長しきっていないけれど、いずれはもっと色んなところが成長する。するんだって。
その頃までにはきっと彼は本物の美少女と出会っているはずだ。
その時は今日かもしれない。明日かもしれない。
さすがに一年後ってことはないよね。いくらなんでもそんなに長くは面倒は見きれないぞ。
それまではボクが君の助けになろうじゃないか。
そうだね、ボクの髪が肩にかかるくらいまでなら――
次の日の早朝。村は日が昇ると同時に活動を開始する。
ボクはナツキのことを改めて村のみんなに説明して、ついでにボクが男の子のふりをしていることを伝えておいた。
もちろん美少女のボクが言うことなのだからすんなりと聞き入れてくれた。
と、いうのは冗談で、ボクはもうこの村に来てからけっこう長い。一応の信頼関係も作り上げているのでボクが言うことになら村のみんなは耳を貸してくれる。
よそ者に厳しい面も「村」だが、心を許した相手の言うことならばすぐに信用してくれるのもまた「村」なのだ。
ナツキとはお昼ごろに村唯一の食堂兼酒場で待ち合わせた。
「おはよう、ナツキ。昨日は良く眠れたかい? まあ、昨日はその、いろいろ大変だったし無理な話か」
「おお、おはようタルト。いろいろあって疲れてたせいかぐっすり寝れたよ。まあ、朝起きたときはまだ自分が異世界にいるって信じられなかったけど……」
ナツキは周りを見渡して、
「やっぱり夢じゃなかったんだな。昨日のことも全部。俺、異世界に来ちまってるんだな……」
それからナツキと初めて落ち着いてゆっくりと話すことが出来た。
ナツキは元の世界ではおそらく死亡したこと、転生するときにトラック様に導かれただけで特に何か使命などは聞いていないこと、その特殊な力についても何も知らされていなかったことなどを話してくれた。
ボクが聞いたことがある異世界転生者の中ではなかなかのハードモードなタイプだと思う。
一番の問題はそのナツキがこの世界に来た意味や生きがい、進む道みたいなものを教えてくれるであろう美少女がいまだ現れていないことだ。
これじゃナツキの物語はいつになっても始まらないじゃないか。トラック様は一体何を考えているのだろう。失敗なら失敗として、せめてこいつは元いた世界に帰すなり、転生をやり直すなりしてあげればいいのに。
もしかしたらこの世界に来た意味などないのかもしれなかった。そんな異世界人だって中にはいる。いや、どうかな。意味があったはずなのにそれを無視していただけかもしれない。
それならそれで構わない。
ボクは最初から異世界人に何も期待などしていないからだ。どうせ彼らは世界を救ってくれるわけじゃない。
だからといってナツキを見捨てる事もできないわけで……。
我ながら厄介な性格だな、と思う。
「ナツキ、君はレベルというやつはわかるのかい?」
「RPGみたいなやつか? どこでみればいいんだ? そういうのがわかる場所でもあるのか? どうすりゃいい?」
質問が四倍になって返ってきてしまった。
「いや、ボクもよくわからないよ。でもレベルが認識できる転生者は割といたりするんだけどね」
アールピージーというのが何かわからなかったけどナツキにレベルシステムがないのはなんとはなく予想はしていた。
こいつはとにかくハードモードなのだ。
わかりやすく便利なレベルなどは教えてもらえないのだ。敵の強さもわからないし自分の強さもよくわからない。やってみて痛い目にあいながら成長していかないといけないタイプだ。
元いた世界でよほど悪いことでもしてきたんじゃないか?
「ナツキ、昨日は君のことを考えて宿屋をとったけど、明日からはそうはいかない。ボクは見ての通りただの村人だからね、毎日君を宿屋に泊まらせてあげられるほどのお金は持っていないんだ。ごめんよ。かと言ってボクのうちは二人が寝るには狭すぎるしね」
まあ、問題は部屋の狭さだけではないのだけど。さすがに同居して性別を隠し通せる自信はないし、そもそも男の子と同じ部屋で生活とか絶対に無理。
「俺は割りとどこでも寝られるから大丈夫だよ。できれば雨の日は屋根のあるところで寝たいけどな。タルトはよく寝れたのか? 昨日は大変だっただろ?」
この状況でよくボクの心配ができるな。こいつはホントは優しいやつなのかな。
「ボクはこの通り平気だよ。君こそ腕や顔はもう大丈夫なのかい?」
「一晩寝たら痛みもすっかりなくなったよ。ありがとう。タルトのおかげだな」
ボクのおかげではないけどね。普通あれだけ殴られたら一週間は起き上がれないはずなんだけどね。異世界人の能力ってやつは恐ろしいな。
ナツキがこの世界に来てそろそろ丸一日経とうとしていた。ナツキは彼なりにこの世界に来たことを受け入れ、素早い順応を見せていた。
ボクだったらこんなすぐには順応できそうにない。
これも彼の能力なのだろうか。
トラック様の選定基準はもしかすると精神力だったりするのかな。
それともナツキが特別なんだろうか。
ボクは初めて異世界人との交流で、これまで思ってた彼らのイメージとの違いを感じ始めていた。
「俺が元いた世界では魔物なんてものはいなかったな。山や森にいるって言ったらクマとかシカとかイノシシとか? の動物であんな凶暴な魔物なんて物語の中でしか存在しなかったな」
君にとっての物語の世界がボクの住む異世界ならば、ボクにとって魔物のいない平和な世界こそがボクにとっての物語の世界。つまり君の世界。ボクにとっての異世界。
「そうらしいね、まったく羨ましいよ」
「なあタルトってどのくらいの異世界人のこと知ってるんだ? なんていうか俺が初めて見た異世界人ってわけじゃないんだろ?」
「うん、たしかに君が初めて見る異世界人じゃないよ。この世界にはずっと昔からいろんな異世界から転生してくる人たちがいたし、この村に立ち寄る異世界人もいたしね。とはいっても実際に異世界人と直接お話するのはこれが初めてだよ。だからボクはそんなに君たちについて詳しいってわけじゃないよ」
「そうなのか。俺なんかよりなんでも知ってるようにみえるけどな」
「そりゃあね」
そりゃあそうさ。ボクはこの世界の住人だしね。でもそれはボクじゃなくたって誰にだってできることだ。そしてきっと別の人間の役目のはずなんだ。
ボクは彼らとは関わっちゃいけない人間だ。そう自分に言い聞かせながらも、(ボクにとっての)異世界の話を聞くのはやはり面白かったし、こちらの世界のことを彼に教えることも、まあ、楽しかったのは認めるよ。
「タルトってさ……」
ボクの目をじっと見つめてくる。ちょっとたじろぐ。別に照れてるわけじゃないけど。
「な、なんだい?」
気づかれた?
「目と同じで髪もきれいな青なんだな、こんなきれいな髪初めて見たよ。すげえな、さすが異世界だ。俺の世界にはこんな綺麗な青髪は染めない限りはいないだろうな。いや、染めてもその色はむりだろうな。な、それ地毛なんだろ?」
「あ、当たり前だろ。逆に地毛以外に何があるっていうのさ」
褒められてもボクの好感度は上がりません。ボクはそんなチョロい女じゃない。
それにね、この瞳と髪がきれいなのは異世界だからではないのだ。ボクの髪はこの世界でもとびきりの美しさなのだよナツキくん。自分で言うのもアレだけどね。
ボクの髪はただの青じゃない。ライトブルーだよ。光に透けると金色に光る特別製なのだ。ボクには特別な能力はないけれどこの髪だけは特別製。とはいえボクだけが持つ色ではないのだけど、珍しいのは確かなのだ。そんな自慢の髪を君のためにこんなに短く切ったんだぞ。君は知らないんだけどさ。
あとね「地毛なんだろ?」はないよ。君絶対モテないだろ。デリカシーゼロ。ということで、好感度の合計はマイナス三十点!
まあ昨日の命を助けた貸しくらいは帳消しにしてあげてもいいけどさ。
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