第8話 それはもう小枝じゃねえ。棍棒だ

次の日。


「うーん、誰もこないか。やはり時期が悪いね」

 ボクは酒場でいつものランチセットを頬杖を付きながらつまみつつナツキに話しかけた。

「時期?」

「そう、時期。というか季節。この時期は行商も来ないし冒険者も立ち寄らないんだ」

 季節は火の季節に入ったばかり。森の恵みは一年中なにかしらの種類がとれるものの一番の収穫の季節は風の季節だ。森中でたくさんの樹の実や毛皮が取れる。それを求めて行商隊が辺境の村を回ってきたりするんだけど、それに合わせて冒険者たちがこの村に立ち寄ることもあるんだ。


「あと三ヶ月もすればこの村にも色んな人が出入りするようになるし、そこからなにか君がこの世界に来た意味とかそういうのがわかったりするかもしれないんだけどね」

「俺がこの世界に来た意味ねえ……俺は前の世界ではなんの能力ももってないただの高校生だったからなあ。この世界の人たちは俺にとっては全員すごい能力を持っているようにみえるよ」

「魔物を倒したことかい? アレは前にも言ったけど、この世界の人間なら誰だってできるようなことだよ」

「誰でもあんなことができるのか。すげえなこの世界」

「君の世界では魔物がいないからじゃない? でも君のもっているあの超回復能力や腕がもとに戻るような再生力はこの世界の人間は誰ももっていない。この世界では間違いなく特別な能力だよ。その能力はもともと持っていたの?」

「まさか。むしろ俺の世界には魔法も無いしむしろこの世界の人間のほうがすごいよ。タルトみたいな剣術が使える人間だってたぶん数えるほどしかいないと思うぞ」

「そうなのかい? じゃあそれはナツキのもともとの力ではなく、転生時に身に付けた能力ということだね。異世界人は転生するときに能力を授かるという噂は本当だったんだね。あとアレは剣術じゃないよ。ボクが使っている武器はダガーだ」

 ボクはダガーを抜いて誠に渡してあげた。


「うお。思ったよりかなり重い。本物だ」

 当たり前だ。偽物を持つ意味がわからんだろ。

「これで魔物を倒したのか。すげえな。こんな武器を振り回せるなんてこの世界の男の子はすごいんだな。可愛い顔してんのに」

 ナツキからダガーを受け取る。可愛いと言われたのに少し照れる。

「こ、これくらいは普通だってば。ナツキもこの世界で生きて行くんなら剣の一つは使えるようにならないとね。魔物に襲われて命を落とすなんてこの世界では日常茶飯事なんだから」

「魔物に襲われて死ぬのは言ってみれば交通事故みたいなものか。タルトが俺の世界に来ていたらタルトは特別な能力を持っているってことになるだろうなあ。あんな動きできるやつはそうはいねえよ。タルトならオリンピックの選手にだってなれちゃうんじゃないかな。惜しいなぁ」

 オリンピックっていうのが何かわからないけどボクが異世界に行ったとしたら、かぁ。


 実は、それは何度も想像したことはあった。

 ボクはそこでどんな役目をこなすことになるのだろう。

 やっぱり特別な能力をもらうのかな。

 やっぱり世界を救うために使命を与えられたりするのかな。

 ボクはもし一人ぼっちでもきちんと異世界生活やっていけるのかな。

 ……ナツキのハードモードな転生状況をみていると自信がなくなってきてしまったよ。



 さらに次の日はナツキに森への入り方を教えてあげることにした。

 いくら異世界能力をもっているといってもナツキはこの世界の平均以下レベルの体力と運動能力で、その点では女の子のボクにすら大きく劣っていた。

 この先森の外へ出ることもあるだろうし、いまのうちから魔物の対処法と森の歩き方くらいは教えてあげておいた方がいいだろうし、ボクにできることはそのくらいだ。

 その先は本物の美少女と出会ってから身につければいい。


 何故かこの日は都合よく魔物が次から次と湧いてきてくれたので練習台には事欠かなかった。


「う、うわあああちょっとまってくれ! 無理だよ無理無理!!」

「無理と思うから無理なんだよ」

「ブラック企業かよ!」

 ナツキはまた下手くそな走り方で森を駆け回っている。


 森の中を走るときは足元をよく見て硬い地面を見分けながら走らないと一定の速度で走れなくなる。それに、常に数歩先の足場を確保しつつ走らないと木の枝や岩などで行き止まりになってしまうんだ。場合によっては両足を同時に使って跳ぶことも必要だ。


 教えてすぐできるわけがないのはこの世界でも異世界でも同じだね。ナツキはボクが教えた走り方とは程遠いへんてこな走り方で森の魔物から逃げ回っていた。ありゃもうすぐコケるね。


「おーい、なーつきー、ダメだと思ったら木の上に登るんだぞー。そうすればそいつらは追ってこれないからなー」

「そんな……こと!……いわ……れても! ……タルトみたいに一瞬で木の上になんて登れねえよ! マジで無理! 助けてタルト!」

 そんなものなのか。あちらの世界では人間はよほど怠惰な生活を送っているらしい。いや、体を鍛える必要がないほどの平和な世界、ということなのかな。


 ボクの世界の常識を超える能力をもっていながら、ボクの世界の常識的な運動能力は与えられなかったなんて、トラック様はもしかして相当意地悪な神様なのかな。

 そろそろ魔物がナツキに追いついてしまう。


 あ、コケた。


 一昨日のような血の惨劇はさすがにもうゴメンだ。

「これだから異世界人は……」

 タイミングをはかって木から飛び降りる力を利用してダガーを森の魔物の脊髄に突き立てた。

ナツキはようやく鬼ごっこ(捕まったら腕か足はちょん切られるだろうけどね)から開放され、倒れ込んだ。


「ぶはぁ! 殺す気かよ! つーかあんなでかいカマキリみたいなの相手によく向かっていけるな。度胸あるなお前。肝が座ってるというか。俺なんてちびりそうになってたよ。漏らさなくてよかったわ」

 下品なやつ。

「体力づくりは直ぐにできるわけじゃないからこのくらいにして、じゃあ次は君の能力の確認をしておこうか」

「まだなにかやるのか!?」

 まだ肩で息をしているナツキの前でボクはダガーを構えた。

 手伝うと決めたからにはできることはやってやるつもりだ。

「ちょ、ちょっと待て! その刃物、ダガーで何するつもりだ!?」

「なにって、君のその腕は魔物の鎌の攻撃を傷ひとつつかずに防いだじゃないか。あの鎌はそこらの剣なんかよりもよほど切れ味がいいんだ。ボクのダガーの攻撃程度なら簡単に防げるはずさ」

「いや、そうなのかもしれないが……もし能力を発動できなかったらどうなる?」

「うーん、腕を切り落とすほどの力はボクにはないけど……骨くらいなら見えちゃうかな?」

「却下! せめて、とりあえずそこらに落ちてる木の枝でも使って試してからにしてくれよ」

「異世界人ともあろうものが……やれやれ」


 ボクはダガーを仕舞い、地面に落ちていた木の枝の二、三本の中から一番太くて硬そうなやつを選んだ。

「……おい。お前、それはもう木の枝じゃねえ。棍棒じゃねえか」

「そこらに落ちてたただの木の枝さ。この森のやつはちょっと太いからそのまま武器として使われることもあるらしいけどね!」

「ま、待ってタルトさ……」

 ボクはナツキの制止の言葉を聞く前に棍棒を振りかぶった。

 小さい体なりに全身のバネをつかって飛び上がって、大きく体を反って、一気に振り下ろす!

 森の魔物程度ならつぶせるくらいの一撃。


 硬い音が、しなかった。

 いや、硬い音はしたのだけど、予想と違うというか。


「ボキ?」


「いってえぇぇぇぇぇぇっ!! なにすんだよぉぉぉ!」

 ボクの一撃をうけたナツキの腕はそれは見事にへし折れていた。

 骨が折れているのが疑いようのない、曲がり方。

「ナ、ナツキぃぃぃ!? ど、どうして硬化能力を使わないのさ!」

「そんなこといわれても! 能力の使い方がわからねえんだよ! う、腕が変な方向に曲がってる!?」


 なんてことなの!

 あの能力は自由に出したり引っ込ませたりできるものではないの!?


「って、じゃあ超再生は!? そのくらいの傷、君ならすぐに治せるんだろ!? 早く治しなよ!」

 ナツキは泣きながら

「だからどうやって!? 俺は能力の発動の仕方とか全然わからねえんだよおぉぉぉ! いってぇぇぇぇ!」


 うわあぁぁぁぁ!

 ど、どうしよう!


 そういえば超回復は時間差があるんだった。それに、超回復が使えても痛みはそのままなんだった。

 ナツキの腕、へし折っちゃった! そりゃ痛いよね! 腕、へんなとこで曲がってるもんね! どのくらい痛いんだろう。泣いちゃうくらい痛いってことだよね! ボクでも泣いちゃうくらい痛いよね!?


「ご、ごめんよナツキ! こんな事になるなんて! 回復薬はもうないし、ど、どうしよう。ボクは治癒魔法なんて使えないし、今は薬草なんかも持っていないんだ」

 ナツキはもちろん泣いているが、痛みに悶絶するナツキを見ているとなぜだかボクまで泣きそうになってきた。

 いやもう泣いちゃってるかも。誰か助けて!


「うぐうぅぅぅ……う? あれ? 痛みが引いてきた」

「ほ、ほんとに!?」

 脂汗と涙でぐしゃぐしゃになり真っ青になっていたナツキの顔に血の気が戻ってきた。薄紫色に変色して変な方向に曲がっていたナツキの腕がみるみるうちに元の形に戻っていく。

「おおおお! これが超回復ってやつか。まだ痛みは残ってるけど、腕の形とかほら、治ったぞ!」


 ナツキが嬉しそうにこちらに見せた両腕はさっき曲がってはいけない方向に曲がっていたことなど忘れたかのようにいつも通りの形に戻っていた。

「よ、よがっだぁぁぁ……」

「心配かけてごめんタルト。泣くなよ。いや、待てよ。そもそもお前が折ったんじゃねえか!」

「な、泣いてないし! そ、それにナツキが能力を自由に使えないなんて思わなかったから……」


「……あれ? タルトお前さ、髪と目が、なんていうか光ってないか?」

「え?」

「……いや、気のせいか。あんまり透き通ったきれいな色だからそんなふうに見えただけか。でもなんかぼんやり光って見えたんだけどな……」


 ナツキはボクの顔を覗き込んできた。

 そりゃあボクの髪も瞳も(自称)世界一の美しさだし、よく光を反射するし光に透ければ輝いても見えるだろう、けど! ナツキはボクの目をずっと見つめてくる。そのまま顔を近づけてきて……近い近い!近いってば!


「も、もういいだろ!」

 とナツキを突き飛ばしたら完全に不意をついてしまったらしく、おもしろいくらい派手にすっ転んだ。

「な、なにすんだよ。お前もしかして照れてんのか? 男同士なのに」

「て、照れてなんかいないよ! そんなわけないじゃないか! というか、男同士だってあんなに顔を寄せ合ったりすものじゃないだろ!」

「そりゃ、そうだけど。突き飛ばさなくてもいいだろうが!」

 これだから全く異世界人は。常識っていうものがない。ついでにこいつはデリカシーもない。

 とはいえ、今回の実験で彼の超再生の能力は確認はできた。

 でも、硬質化のような能力は再現できなかった。


 これは厄介だぞ。

 回数に制限がついているのか、それとも何か発現する方法みたいなものがあるのか。

 ノーヒントで送り出すとは本当にトラック様は意地悪だ。

 気になることもある。

 超再生の能力の回復までにかかる時間だ。

 今回は痛みで転げ回ってから数秒で回復されていた。これまでの超回復の発動の中では最速記録だ。

 両腕を切り落とされたときは腕が再生するまでには数分はかかっていた。村人たちに殴られた傷は、その、ボクがぼーっと様子を見てたから一時間くらいはかかっちゃったのかな。そんなに長く放置してたかな?

 ま、まあかなりの時間がかかったということだ。



「君の回復能力には時間差があるようだね」

 ボクたちは酒場に戻り反省会を行っていた。酒場とは言うけど普通に夕飯も食べられる食堂にもなっている。

「それは俺も思ってた。いまんとこ、この超回復だけは何度か発動してくれているおかげで少し信用できる能力だと思ってきてるんだが、回復までにラグがあるのが問題だよなあ。傷の程度によるとかなのか?」

 こいつはこいつなりに能力については分析しているみたいだね。正直言うと何も考えてないのかもなんて思ってた。ごめん。


「うーん、それはどうだろう。ボクがみたところだと一番の重症は当然両腕を切り落とされたときだね。あれはボクが回復薬を使わなかったら間違いなく命を落としていただろうからね」

「そ、そうだよな。あれはやばいくらい痛かった。血もすげえでたし……」

 腕を切り落とされるってどんな痛みなんだろう?

 さすがに経験もないし想像も付かないや。


「で、村の人達に殴られた傷は、あれは実はそこまで重症じゃなかったと思う」

「そうなのか!? あれすげえ痛かったし気絶しそうになったんだが……むしろあれが一番死に近づいたと思ってたんだが!?」

「バカ。あれでも手加減されていたんだよ。あのままで命を落とすなんてことはまずなかっただろうし、傷も薬草でも塗っておけば数日もしないうちに治っただろうさ」

「ほんとかよ」

 ほんとだよ。ボクだってアレくらいの怪我、何度も経験があるんだから間違いないさ。

 君は初めての経験だったのかもしれないけどね。


「そして今日の傷は命に別条はないとは言え、治るのには数週間はかかる大怪我だ」

「やったのはお前だけどな」

 うるさいな。

「そ、それなのに一番治りが早かったのは今日。次が両腕の再生、一番遅かったのが殴られたときだ。あのときは一番怪我がたいしたことなかったのに再生までにかなりの時間がかかっていたね?」

「そうだな。お前がもどってきてくれたのは多分二時間くらいは経ってからじゃなかったか……」

「そんな分けないだろ君がやられてすぐに……あ」

 と言いかけて口をつぐんだ。


 そうだった。

 ボクはあのとき一部始終は見ていたけど、そのことをナツキは知らないんだった。

 君が殴られてるところを止めずに見ていたことや村の外に放置されている間(こいつは二時間とか言ってるけど多分一時間位、いや三十分くらいかもしれないからね!)ボクがずっと見ていたことを知ったら、怒るかな。そりゃ怒るよな。黙っていよう。


「すぐに、なんだ?」

「うーん。となると怪我の大小が回復発動までの時間に影響しているとは考えにくいね」

「確かに……で、今なにか言いかけてたよな? 露骨に話をそらしたよな?」

「うーむ。いったいどういうことなのだろうか……うーむ。」


 ボクはナツキの疑惑の目を無視して考え込むふりをした。

 諦めたナツキも腕組みをして考え込んだ。ようにみえるが、なぜだろうか、あんまり考えているように見えない。


「あ」

「お? なにかわかったのか!?」

「どうせなら足を折ったほうが良かったね。再生されたところが強化されているかどうかチェックできたのにさ」

「お前、さらっと怖いこと言うな……。いくら治るって言っても痛みはそのまんまなんだぞ。すげえ痛てえんだぞ!」


 こいつの能力が超再生と再生部分の強化とかならいっそ全身の骨でも砕いてやれば無敵の超人になれるんじゃないか?

「おい、おいって。お前なんか変なこと考えてないか?」

「え、や、やだなあ。人聞きの悪い事言わないでおくれよ、はははー」

 するどい。

「人聞きの悪い事考えてたんだな……」

「と、とにかく! 回復能力は健在。あの回復速度ならちょっとやそっとの魔物相手なら死ぬことはないだろうさ。でも、問題は攻撃方法がないってことだね。あの硬質化……なのか身体強化なのかはわからないけれど、あの能力は攻撃手段としても有効だと思ったんだけどなあ」

「まあなあ。俺も自由に使いこなせるんなら使いこなしてみてえよ」

 てっきり、怪我をしたところが強化される、みたいな能力と思ったんだけど。違うのかな。


「ひとまず、なにか武器を扱えるように練習でもするとしようか」

「……それは別に俺も望むところなんだけどさ、お前のあのブラックな訓練はもうちょっとどうにかならねえのか?」

 ナツキはそういってフォークで食べ物を口に運ぶ。ほんとに細い腕。だけどつるつるで傷一つ無い。昼間にへし折ってやったというのに。


 ボクは右手に持っているフォークをナツキのうでに突き刺してみたい衝動を抑えつつ夕食を口に運んだ。

 ボクはもしかして加虐趣味でもあったんだろうか。そんなわけないよな。これは好奇心だ。

 そう好奇心。

 それに能力の使い方を知っておくことはこれから先ナツキが世界を救うだとか国を作るだとかしていくときにも必要なことじゃないか。


「えい」


 ナツキの腕に刺したフォークはきれいな四つの穴を空けた。

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