第9話 まるで異世界のようなお話

 ボクたちは朝ごはんを一緒に食べていた。贅沢はできないのでパンとゆで卵。

「ボクとしてははやいとこ君を王都に連れて行ってあげたいと思っているのだよね」

「王都? 王様が住んでるこの国の首都ってことか?」

 ナツキの顔色はいい。初日に比べれば、だけど。


 ナツキはイコペさんの家の納屋で寝泊まりすることになっていた。

 イコペさんは空いている部屋に泊まっていいって言ってくれたんだけど、ナツキは断った。

 イコペさんの家は大家族だしナツキ一人増えたくらいどうってことはないんだけどな。変なところで気を使うやつだ。

 未来の救世主になるかもしれないナツキをそんなところで寝起きさせるのは気が引けたのだけど、ボクの家に泊めるわけにもいかないし。しかたないじゃないか。恨むなら転生場所を失敗したトラック様を恨んでおくれ。


 そうだ、王都へいく話の途中だったね。

「そう、その通り。王都に行けばきっと君の目的が見つかると思うんだ。もしかしたらボクが知らないだけで王都ではレベルとかわかるのかもしれないしね」

「タルトは王都に行ったことないのか?」

「ないよ。だから本当は別の人に頼んだほうがいいのかもしれないけど」


 王都は意図的に避けていたというのもある。

 田舎産まれ田舎育ちなので正直に言えば王都のような都会は怖いのだ。内緒だけど。


「いや、タルトが良ければタルトに俺を王都に連れて行ってほしい。他の人はまだなんていうか……怖いんだよ」

 そりゃそうだ。いきなり初対面の村人にボコボコに殴られたのだからそうなる。ボクだってそうなる。

 ナツキは今にも泣き出しそうな顔になった。


「大丈夫だよ、君を手伝うと言い出したのはボクだ。責任を持って王都まで案内するよ。行ったことはないけど、行き方くらいはちゃんと知っているからね」

 パッと笑顔になったナツキ。

「そ、そうか! 助かったぁ。何から何までほんっと悪りぃな。あまりないかもだけどさ、俺にできることがあったら何でも言ってくれよ。俺何でもするからさ」


 ――じゃあ世界を救ってほしい


 とはさすがに言わなかった。

 まだナツキには世界どころか自分自身を救うほうが先だろうから。

 そもそもナツキの役割が世界を救うことなのかどうかさえわかっていないのだし。

 ナツキが異世界人であり、この世界でもありえないほどの特別な能力(一部は使いこなせていないみたいだけど)を持つことだけは確かなことで実際にボクはそれを目の当たりにしている。だからこれは疑いようがない。


 この力がもしかしたら世界を救う力になるかもしれないと思うと彼をこんな辺境の村の納屋なんかにいつまでもおいておくわけにもいかない。

 この世界の何処かにいるであろう美少女の仲間にはやく引き合わせてあげなくては。

 彼を王都へ連れて行く。そして今度こそそこでお別れするんだ。


「準備が整えば明日にでもここを出発して王都に向かおう。今は村に行商も来ていないし馬車がないから王都へは徒歩で行くことになるけどね」

「もちろん俺はそれでかまわないぞ。一緒に来てもらえるってだけでも本当に感謝してるしな。ちなみに王都まではどのくらいかかるんだ?」

「そうだね、二ヶ月もあればつくと思うよ、何も道中無ければ、だけど」

 あとボク一人なら、って条件もつく。君と一緒だと……倍はかかるんじゃないかな。


「二ヶ月!? そりゃまた……遠いんだな。でもそうだよな。デンシャもシンカンセンもないんだしな」

 デンシャっていうのはどこかで聞いた気もするけど。

 こいつもそろそろ異世界単語を使うのを遠慮してほしいものだよ。

 まあ、ずっと一緒にいるわけじゃないし意思疎通の妨げになるわけでもないし、興味もないからどうでもいいのだけど。


「この村は辺境に位置しているからね。途中いくつか都市を通ることになるからそこでもいろいろ聞いてみよう。もしかするとそこで美少女に出会うかもしれないしね」

「ビショージョ? ビショージョって美少女か? なんで美少女に出会うんだ? そういえばこの前もそんなこと言ってたな。美少女に会いたいの? お前。まあタルトも見た目は子どもだけど中身は俺と同じ健康な若い男子だもんな! どんなタイプの美少女が好きなんだ? 美少女ならなんでもいいか! 美少女なんだし!」

 ナツキはもしかするとこの世界に来て一番の笑顔でくいついてきた。

「そういう事じゃないんですけど。美少女ってワードだけでそこまで露骨に嬉しそうに早口になられるとさすがにドン引きなんですけど」

「お前が言い出したことなのにそこまで言わなくても……」


「じゃ、ボクは旅の支度をしてくるからナツキは村でも見て回っててよ。なにもないし小さな村だけど、少しはこの世界のことがわかるだろうしね」

「お、おう。わかった」

「心配しなくてももう村の皆に殴られたりなんかしないさ」

 ちょっと意地悪く笑ってみせた。

「わ、わかってるよ」

 彼を一人にするのはまだ気が引けたのだがやることがあったので我慢してもらうことにした。

早くこの世界になれてもらわないといけないしね。


 ボクたちはこの日、朝食をとったあと一旦解散し、昼頃にもう一度酒場で待ち合わせた。そうボクが提案した。ナツキはボクと離れるときにはまだ不安そうな顔をしていたけど。ちょっと我慢してね。



 昼過ぎ、ボクが酒場にいくとナツキはすでに酒場の前で待っていた。

 ただでさえ目立つ異世界服は袖が不自然な位置で途切れていて、おかしさが強調されてほとんど不審者。

 ナツキはボクの顔をみるとめちゃくちゃ嬉しそうな顔になった。尻尾でも生えていれば付け根からちぎれるくらいに振ってそう。よーしよしよし。待て。


「さて、お昼ごはんを食べる前にナツキにこれを授けようっ」

 ぽいっと布束をナツキに投げつけた。わざと、なんでもないもののように、雑に。

 ナツキは布を広げてみて、そして理解したらしい。大声で、

「おおお! 異世界の服だ! すっげえかっこいいじゃん! 実はちょっとこういうの着てみたかったんだ! これもらっていいのか!?」

「もちろん」


 実はボクのお古の服を下取りに出してナツキの服を仕立て上げてもらったのだ。それをさっきは取りに行っていたというわけ。新品は流石に買えなかったので。

 森に入るのに必須なフード付きのマント。それに迷彩の効果も期待できる茶色の上下の旅人の服。靴はサイズが合わないのでしばらくそのダサい靴を履いててね。なんか丈夫そうだし。


「あ……でも、いいのか? その、タルトって……お金ないんじゃなかったっけ」

 鈍感バカのくせにこういうところには気が回るらしい。そしてそういうのは今は言わなくていい。

 まあ確かに? 手痛い出費なのだけど、ボクだってそのくらいのお金は持ってるよ。……痛いけど。


「そのままの格好で王都に行ったりしたら、今度は袋叩きでは済まないかもしれないよ?」

「そ、それもそうだな! すぐに着替えてくるよ、ありがとうなタルト!」

 ナツキは小走りで着替えに行った。


 自分の顔がやたらとにやけてるのに気づいて慌てていつもの顔に戻した。はずかし。

 なんとなくいい事をした気になって晴れやかな気分でお店の前で足をふらふらさせてると、めちゃくちゃ深刻な顔をした汗だく泥まみれのウナッペさんがお店に駆け込んでいった。


 森の中に入っていたんだと思うけど、ウナッペさんほどの人があんなに泥だらけになるなんて……。

 中からウナッペさんのでかい声が外まで聞こえてきた。


「大変だ! 洞窟の魔物が復活していやがった!」

 店内が村の皆の声で騒がしくなった。洞窟の魔物?


 ――な、なにそれ


 洞窟の魔物。そういう伝承というのか伝説というのがこの村の近くにあることはなんとなーく、聞いてはいたけれど、ボクには無関係のお話だと思っていた。事実無関係だった。これまでは。

 ボクみたいな村人がこんなイベントに遭遇することなんて一生ないと思ってた。少なくとも関わることは絶対にないだろうな、と。 

 でも、このタイミングで復活。


 ボクの世界の話なのにまるで異世界のようなお話だ。


 これは、異世界人の「運命の力」というやつなのでは? 

 ナツキの物語が動き出してしまったということなのでは?


 こんな唐突に、突然に。こんなあっさりと大事件に出会ってしまうなんてありえないよね。

 そりゃ絶対にそうだって言い切ることなんて出来ないけどそうとしか思えない。あまりにタイミングが良すぎるもん。

 でもさ、このイベントがもしナツキの影響で起こった出来事だとしたら、物語の始まりだとしたら。


「絶対無理じゃない?」

 つい声に出てしまうほどに絶望的だった。

 だってナツキはボクなんかに両腕をおられるくらいに弱いんだもん。そんな大物に敵うわけないのだ。

 それに。

 ボクがナツキの物語を邪魔をしたまま物語が動き出したのだとしたら、どうしよう。

 ボクは本当に取り返しの付かないことをしてしまっているんじゃないだろうかって。

 すごく怖くなった。




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