第10話 関係ない

 ナツキは旅人の服を着たことでずいぶんと見栄えがマシになった。


 というか悪目立ちしなくなったと言うべきか。我ながらなかなかのチョイスでナツキによく似合っていると思う。あのおかしな異世界の服を着ているナツキと一緒に過ごすのは結構恥ずかしかったんだから……。


 ナツキは身長が高いのでボクの服では丈が足りなかったけど、ひょろひょろ(といってもこの村の連中が異常に筋肉質なので比べるのは酷かもしれないが)なので割りとすんなりと仕立て直した服を着こなせていた。

 ナツキは異世界転生で手に入れた能力もあるし身体能力はおいおいつけていけばいい。でももう少しくらいは鍛えたほうがいいかな。


「なんかこの服、いい匂いがするな」

 嗅ぐな! なんってデリカシーの無いやつなんだ!

「……やっぱり返してそれ」

「ごめんごめん、ぴったりだよこれ。ありがとう! ほんとタルトっていいやつだな」

「しばらくはその服で過ごしてもらうから大切に着てくれよ? また腕ごと切られたりしないように気をつけてね」

「タルト……その冗談全然笑えねぇよ」

 といいつつ笑っているナツキの精神力はかなりのものだ。

 もしかするとその精神力こそが異世界転生に最も必要なもので、そこを見込まれて彼がトラック様に導かれてこの世界に転生してきたのかもしれない。


 今はそれよりも村獣で話題になっている「洞窟の魔物」の復活。

 とってつけたように湧いて出たこの災厄。これは異世界人のクエストってやつかはたまた試練か。それともただの偶然なのか。

 異世界転生者たちはこういった事件やイベントに出会ってこなしていくことでレベルを上げたり新しい仲間と出会ったり仲間と絆を深めたり強力なアイテムを手に入れたりしつつ強くなっていき、最終的には世界を救ったりする、というのがボクの考えだ。

 ということで、おそらくこれはナツキが転生してきたことによって起きた災厄だと思うことにする。いくらなんでもタイミングが良すぎるからね。


 ――でもこれ、ナツキが一人で行って大丈夫なやつなのだろうか


 異世界人なのだし、そのめちゃくちゃな能力や都合の良い展開が起きて倒せてしまう可能性はあるとは思う。

 でも、ナツキは転生してからずっと一人だ。超ハードモードだ。

 まともな戦力になる仲間がまだ一人もいないんだ。

 本当にそれで勝てるんだろうか?


「なあ、タルト、洞窟の魔物って一体なんなんだ? 森にいたデカいカマキリみたいな魔物とは別のものなのか?」

「さあ……ボクもよくは知らないんだ。だって数十年だか数百年だか前に封印されたっていう魔物らしいからね。それってボクが産まれるよりも遥か前の話だよ。それに……」

「それに、なんだ?」


 ――ボクたちには関係ない


 そう言いかけてやめた。

 ナツキの前で言うとなんだかとても無責任に感じたのだ。

 それに、話したとして、今のナツキには荷が重すぎるのも確かだし、ナツキなんてボク以上に関係がない。

 この世界のことを少なくともナツキよりは知っているボクがここは判断すべきだ。

 これはパス。

 本当は強い仲間でもいれば一緒に行って倒して、小さな英雄にでもなるところなんだろうけど仲間がいないのだから仕方ない。パスしよう。


「いや、ボクたちは王都に向かわないといけない。魔物は王都の軍が退治してくれるだろうから何も心配いらないよ」

 関係ない。関係ない話なんだよナツキ。でもどうしてもその言葉は口にできなかった。

 だけどナツキは

「それって、この村の人達じゃ対処できないっていうことだろ? それに王都ってさっきめっちゃ遠くにあるって言ってたよな。この村って辺境にあるんだろ? 王都の軍なんて待ってたらいつになるかわかんないんじゃないか?」

 失言だったか。意外とボクの話をよく聞いているなこいつ。


「なあ、もしかして俺ならその魔物倒せるんじゃないか」

 初日、あんな目にあって、泣いてたのに何を言い出すんだこいつは。

 手だって震えてるじゃないか。

 びっくりさせないでくれ。ほんとに。


「森の魔物相手にボロ負けしているナツキじゃ洞窟の魔物なんて逆立ちしたって倒せるわけないよ。伝説の魔物なんだよ? しかも封印されていたってことは当時の人達が倒せなかったってことなんだよ。そんなの絶対に無理だよ」

 言い過ぎちゃったとは思った。けどこれくらい言わないとわかってもらえないと思ったんだ。


「そんなの、やってみないとわかんねえだろ!」

「ごめんね。だけどボクだって君を助けると約束したからには、君にそんな危険なことをさせられないよ」

「……そうか。そうだよな。悪りぃ。調子に乗ってたわ」

「ううん。気にしないで。ボクたちには……関係のない、話だよ」

 こういった事情もあって、ボクたちは王都に出発するのを延期することにした。

 森の魔物が活性化しているので、様子を見てからしっかりと準備をないと危険だからだ。




 ナツキとは酒場を出たところで別れた。

 ボクは自分の部屋でベッドに仰向けになってみたのだけど今日は頭が冴えてしまってなかなか眠気が来ない。

 心の何処かになにか靄がかかったような感じが続いている。


 ――本当に王都へ出発してしまっていいのだろうか


 村に出る前に、ナツキにはもう少しこの世界に慣れてもらった方がいいし、誰かもっと頼りになる人と出会うまでここで待つという手もあったはずなんだ。むしろその方がいいに決まっている。


 なのにボクはすぐにでも王都へ行こうとしていた。

 ボクは自分がはやく彼と別れたいために急ぎすぎていたことに気づいた。

 そしてその負担をすべて彼に押し付けていたことにも。

 だってボクには関係ないじゃないか。


 ――本当に?


 本当にボクには関係がないのだろうか。

 だって世界の危機なんて言われてもそれが何なのかさえ知らないんだ。無関係そのものだ。

 それにボクには特別な力なんてなにもないんだし。そうさ、だから、関係ない。


 ――じゃあナツキのせい?


 そうだよ。だってあいつがこの世界に来たから魔物が復活したんじゃないか。


 ――本当に?


 わかんないよ。わかんないけど、あいつには特別な力があるじゃないか。あいつは異世界からの転生者なんだ。ボクなんかとは違って選ばれた人間だ。


 でもあいつは泣いてた。

 痛がっていた。

 悲しそうな顔をしていた。

 嬉しそうな顔をしていた。


 特別な能力があってもナツキはボクと同じ、同い年の人間なんだ。

 異世界人だからと言っても、特別な能力があると言っても、そこだけは同じなんだ。

 感情があって、泣きもすれば笑いもする。

 いきなり知らない世界に飛ばされ二回も死にかけて。

 不安に決まってる、怖いに決まってる、寂しいに決まっている。

 なのに、ボクは自分のことばかりを考えていた。

 ボクたちには関係のない話。


 ――違う


 ナツキには関係のない話だ。ボクはこの世界の人間でこの事件はボクの村で起きている事件で、ボクには関係のない話とは言えないんじゃないか。

 世界の危機とやらや王国の陰謀とかそういう大事については何も知らないけれど、洞窟の魔物の事件はもう知らないとは言えない。もう知ってしまった。それがこの村にどんな影響があるのかもこの村で長く過ごしたボクはわかる。この村が危機的状況になったことを理解してしまっている。これでも無関係なんて言えるのか?


 関係ないなんて、言えないはずだ。

 もうボクは当事者だ。

 だからといってボクにはどうしようもない。

 だってボクにはなんの力もないんだから。

 封印されていたんだろ? 村のみんなですらかなわないんだろ?

 ボクみたいな普通の人間に倒せっこないじゃないか。


 ボクはナツキと違って腕が切られたら二度と生えてきたりしないし、命を落とせばそれまでだ。

 物語の主人公ではないボクはこの世界になんの影響も与えずに舞台から消えてしまうだろう。

 それだけならまだよくて、本来活躍するはずだった人たちの邪魔をすることになることさえあるかもしれないんだ。


 誰かがきっと解決してくれる。

 それはボクじゃないんだ。

 次の日酒場の前での待ち合わせにナツキが来なかった。

 宿屋に行ってみるとナツキはすでに部屋を出ていた。


「まさか……!」


 ボクは森に向かって駆け出した。


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