第2話 「ついてきて……」と意味深に言う
――また、か
森の中。叫び声が聞こえた。
騒がしく声のする方、魔物に追いかけられている少年を発見。
ボクは目立つ青い髪をフードを被って隠し、さらに身を乗り出して様子をうかがう。
――今回はどうなるのかな?
久しぶりの異世界人の転生現場。これは見逃せない。
ボクが住んでいるのは辺境のど田舎にある小さな村だ。周りは茂みに囲まれた山々と広がる森ばかりで、隣の村に行くのですら何日もかかる。
でもそんな「村」が逆に「穴場になってしまっている」ようだった。
適度に弱い魔物が出現し、適度に厄介な魔物が棲息する洞窟がある。まさに冒険物語の始まりにふさわしい環境だったんだ。
今そこで襲われている少年もたぶん「物語の始まり」を迎えた異世界からの転生者か何かだ。歳はボクとはそう変わらなさそう。十代後半というところかな。黒髪で細身。めずらしいと言うより森の中に入るには非常識な服装。異世界人で間違いなさそうだ。
そろそろどこからか飛び出してきた少女が助ける頃合いかな? それもとびきりの美少女が。
または、なにかの能力に目覚めてあっという間に敵を倒してしまう。そんなところと予想。今までボクが見てきたパターンはだいたいそんな感じだ。
だからボクは目の前で人が魔物に襲われているというのに、木の上でぼーっと眺めていた。
異世界からの転生者はたいてい運動能力が低い。きっと異世界は平和なところなのだろう。彼も例にもれず、たいして脚が速いわけでもない森の魔物マンティスから逃げようと森の中をデタラメに走り回り、すぐに体力が尽きてしまったようだ。すでに絶体絶命。
――さあいよいよだ。今回はどんな物語の始まりなのかな?
「あっ」とボクが声を漏らす、衝撃的な音と共に、マンティスと呼ばれる森の魔物が、一振りの鎌で少年の左腕を吹き飛ばした。鮮血が飛び散り、地面に散らばっていく。
嘘でしょ? 無敵の能力は!? 危機に駆けつける美少女は? なにやってんの! 大遅刻だよ!
転生してすぐにピンチになるのはいつもどおりだけど、これはさすがにやりすぎじゃないのかな? 物語の始まりとしてはちょっと刺激が強すぎると思うのだけど。
辺り一帯が吹き出た血で真っ赤に染まってしまっている。ただただ凄惨な絵だ。これじゃあ物語にならないよ。少なくとも物語の最初に持ってくるには刺激が強すぎる。
この後、仲間とともに世界を救う旅に出たりするんじゃないの? 片腕なくなっちゃったけど大丈夫なの? その前に終わってしまうよ彼の人生が。
腕から血を吹き出しパニックを起こしている少年に、森の魔物はさらに追撃を加えるべく鎌を振り上げる。
今度こそなにか起きるのかとちょっと期待したけど、振り下ろされた鎌はもう一方の腕も抵抗なくスパッと切り裂いた。ボトっという鈍い音を立てて肘から先の腕が地面に落ちる。またもや吹き出る血。悲鳴。
これ以上は見ていられない――!
ボクは様子を見ていた木の枝から勢いよく飛び降りつつ腰からダガーを抜く。森の魔物の真上。ダガーを脊髄めがけて両手で突き刺す。ボクの小さな躰でも落下の衝撃も加えつつの一撃でダガーは鍔つばまでめり込んだ。
魔物は断末魔の叫びをあげることもなくその場に崩れ落ちる。魔物から吹き出た緑色の汚い体液を避けそこなってしまったせいでボクまで汚い絵の具を引っ掛けられたようになってしまった。ボクの大切なローブが汚れてしまったけれど、今はそんなこと言ってられない。
ダガーを仕舞いながら急いで彼に駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
な、わけないか。少年はただ叫ぶだけだった。
両腕から激しく血を吹き出し叫びちらしている少年にボクの言葉は届かない。それどころじゃないのは見ればわかるんだけどね。ごめんね。
「あっちゃあ……これはひどくやられちゃったね。落ち着いて。今止血するからね!」
ボクはバッグから包帯を取り出して、彼の上腕を強く縛った。止血だ。血の吹き出る勢いは多少弱まったもののこんな程度では気休めにもならない。このままではおそらく失血死する。
「い、いやだ! 死にたくない! 死にたくねえよ!」
おお、喋った。意識はまだしっかりしているようだね。よかった。でも、落ち着いておくれ。暴れると包帯が巻けないよ。
散々異世界人に対して愚痴をこぼしてきたボクだけど、眼の前で苦しんでいるのを見るのは嫌だし、異世界人だからって死んでほしいわけじゃないんだ。
「大丈夫、今助けるから。とにかくじっとしてて。ほんとに死んじゃうよ?」
助けに入る予定の美少女はどこでなにをしてるんだ。
はやく出てきて代わってほしい。
ボクはとても貴重な回復薬を彼に使ってあげることにした。
すぐに傷口が塞がり、出血は止まるはずだ。痛みはすぐには取り除けないけれど。
さすが、異世界人産回復薬。普通の回復薬では助からなかったろうね。これで命はとりとめたはずだ。
だけど、気の毒だけど腕はもう……。
「なんとか血は止まったみたいだね、もう大丈夫だよ」
大丈夫と言っていいのかどうか……。もっと早く助けてあげればよかったかな。
彼は子犬のようにブルブルと震えていて……とは言っても躰はボクのほうが圧倒的に小さいので子犬の前で震える大型犬。
「うう、腕が……ない! 俺の腕が……ない!」
ないね。切られちゃったね。
少年はとうとう叫ぶように泣き出してしまった。叫びながら哭いているというほうが正しいかなどっちでもいいんだけど。
あまりの豪快な泣きっぷりに、彼とは逆にボクは冷静になってきた。
そんな大声を出していると、この大量の血の匂いと声につられて、また魔物が襲ってくるかもしれない。……とは、さすがにまだ言えなかった。今言っても聞こえなかっただろうしね。
腕をいきなり切り落とされた人にどう対応したらいいのか。わかるわけもないのでとにかく彼が落ち着くのを待った。突っ立ったまま。
ついに彼はうつ伏せに倒れ込んでしまう。まだ泣き止んではいないようだけど叫ぶのはやめてくれた。そろそろ声をかけよう。
「立てるかい? 大変なところ悪いんだけど、そろそろ逃げないとさっきの魔物の仲間が集まってきちゃうかもしれないよ」
彼はひっと声を上げて慌ててボクにしがみついてきた。
「た、助けてくれよ! トラックにひかれたと思ったら、何故かいきなりこんなところにいたんだよ! なあ!」
やっぱりトラック様が転生させた異世界人だったかぁ。トラック様もなんでまたこんなやつをお選びになったのだろう。すごく弱そう。というか弱い。すでに両腕を失っちゃってる。
ボクみたいなちっこいやつにしがみついて助けを請うているようではこの世界は救うなんてことは期待できなさそうだね……。君はたぶんハズレ……って。
――ボクに「しがみついた」?
「君、腕!」
「あれ? 俺の腕が……治ってる!?」
治ったって言うより生えたという感じだ。
切り落とされたはずの腕がいつのまにか元通りになっていた。服はそのままで腕だけが元通りになっていた。慌ててあたりを見渡すけど「血と体液の赤緑図」はそのまま。ちょっと見たくない彼の腕から先にくっついていたはずのものは消えて無くなっていた。
腕が再生したってこと?
…………
やっちゃったか―――!
そっちのタイプだったか!
無敵系能力? 再生能力? そういうやつか。どんな傷でも治しちゃうとかそういうタイプか。最初は魔物にめちゃくちゃにやられておいて、からの、無敵の能力で助かって、「俺ってもしかして最強?」みたいになって、そこから物語が始まるという、そういう話?
それとも、もっとピンチになったところで美少女エルフあたりが通りかかって能力の解説しつつ助ける展開とかだったんじゃ?
余計な手助けしちゃった。あんなに気をつけていたのに。
――どうしよう
――異世界人に……関わっちゃった。しかも自分から。
「なんで、俺の腕、元にもどってんだ? 俺の躰はどうなってるんだ?」
このとぼけた顔と、とぼけたセリフ……。
そんな「それっぽい独り言」は君の物語の中でやってくれ。ボクの関係ないところでやっておくれ。
――いや、まだだ、まだ関わったとまでは言い切れない
よし、こいつは多分放っておいても大丈夫なやつだ。絶対にそう。そのうちどこかの街で美少女魔法使いと美少女王女とかと出会ってパーティ組んで幸せに過ごすやつだ。
そして……結局世界を救ってくれたりなんかしないんだ。ボクはそんな異世界人なんかに関わりたくない、関わっちゃいけない。
「あ、その、もう大丈夫そうですね。良かった良かった。じゃあボクはこれで……」
急いで荷物を背負って彼に背を向けて足早にその場を立ち去さろうとした。が、背負ったバッグを掴まれて引き止められてしまう。いきなりだったので「ぼぇ!」って変な声が出てしまった。
そりゃそうだよね……。行かせてくれるわけ無いか。
「ま、待ってくれよ! 君は一体何者で、ここはいったいどこなんだ? どこか外国なのか? いや、さっきの怪物とかありえねえし。映画の撮影に巻き込まれたとか……」
異世界転生だよ。間違いないね。
異世界転生したてのリアクションってだいたい同じだよね。
ま、そのうち気づくでしょう。そういう物語にかかわるようなセリフはどこからともなく現れて助けてくれる美少女か、人語を喋る伝説のドラゴンかそのあたりと喋ってくれ。そんなものがいれば、だけど。
「じゃ、ボクはこのへんで……さよなら!」
「待ってくれ! おいって! 置いていく気か!? そりゃないって!」
振り返らずボクはその場を駆け出した。彼の身体能力じゃ森の中を走るボクには追いつけないだろう。すぐに彼の声は聞こえなくなった。
ふう、危ないところだった。危うく異世界人と関わりを持ってしまうところだったよ。
だけど……。
あいつ、あんな無防備なかっこで大丈夫かな。また魔物に襲われるかもしれない。いや、襲われるだろうな。間違いなく。
どんな傷も治すそのとんでもない能力ならきっと大丈夫だよ。きっと。
……だけどもし彼の能力が違ったら? 能力の発動が一回きりだったら?
もし、首を飛ばされたら? し、心配だ。せめて少し様子だけでも……。
「うわあぁぁぁぁぁ……!」
声が後方から聞こえた。聞こえちゃった。聞いちゃった。
さっきも散々聞いた彼の悲鳴。命がけの声。もう聞きたくなかった叫び声。
もう迷わなかった。体が動いていた。
ダガーを抜いて元来た道を駆け抜ける。
――助けなきゃ!
くっそー! なんでボクがこんな目に合うんだ!
離れすぎていた。一足遅れてしまった。
少年は今度は二匹の魔物に囲まれていた。やっぱり声と臭いにつられて集まってきたんだ。すでに鎌は振り上げられている。もうトドメの段階。
――間に合わない!
少年、早く後ろに飛ぶんだ。どうしてその細っちい腕で攻撃を防ごうとしてるんだよ。さっき、カンタンにちょんぎられたばかりじゃないか。学習しなよ! それに木の上に登ればそいつは追ってこれないんだから、木の上に逃げて。って無理か。無理だよね。知らないもんね! とにかく逃げてぇ!
――やあぁぁぁぁぁっ!
自分でも聞いたことがない声がでた。ここしばらく出したことなんかない全力。
でも! 間に合わない! ごめん……!
魔物が少年にカマを振り下ろす。ボクの目の前で。ボクは目は閉じない。それはボクにとっても命取りになる。でももう見たくない。彼が苦しむ姿は。
肉を切り裂く音と悲鳴が聞こえるはずのタイミングだった。
甲高い音が鳴った。
金属と金属が打ち合ったかのような音。振り下ろされた魔物の鎌は少年のむき出しになった無防備な腕(さっき服ごと切られたからね)で防がれていた。
――魔物の鎌を素手で、防いだ?
…………
――これはまさか、再生したところが強化されるってやつ!?
彼は無事だった。無傷。白い細い腕には傷一つついていない。
また、やってしまった!? やっぱりボクが助けなくてよかったやつなんだ。なんてバカなんだボクは。一度ならず二度までも。学習してないのはボクのほうじゃないか!
あっけにとられている間にも二匹の魔物に交互に激しく鎌を振り下ろされているが、ことごとくその攻撃を防ぐ両腕で防いでいる。
鳴り響く金属音。剣の打ち合いでもやっているかのような音。
まるで両腕が鉄にでもなったかのように、彼の腕は全て防いでしまっている。
めちゃくちゃだ……異世界人特有のめちゃくちゃな能力だ。
「た、助けてくれ! うわっ! カマキリの鎌が! 襲ってくる! 死ぬって! やめろ!」
彼は尻餅をついたままデタラメに腕を振り回して敵の攻撃を防いでいるのだけど、このままだといずれ腕以外をやられるだろうね。腕は大丈夫でも足や首やその他の部位も硬化できるのかわからないし、やっぱり助けたほうがいいかな。
――どうしようか、これ
どうせ、もう戻ってきちゃったし。見られちゃってるし。助けてほしそうにこっちを見ているし。ここで引き換えしたらボクめちゃくちゃ嫌な奴じゃん。
ダガーをもう一本抜いて両手に持ち、素早く魔物たちの脊髄を切り裂いた。
「助かったよ……ありがとう……戻ってきてくれたんだな」
彼はボソボソと小さな声でお礼を言ってきた。
なんで小声なのか、ボクは最初はすぐにはわからず怪訝な顔をしてしまったけど、そうか、ボクがさっき大声を上げたら魔物が寄ってくるといったのを学習したんだね。
「それよりさ、お前さ、めちゃくちゃ強いんだな! もしかしてお前はこの世界の戦士とかなにかなのか? なんかナイフみたいなのも持ってるしさ!」
小声で興奮気味にボクに話しかけてくる。
いくら小声で話しててもさっきの大騒ぎとそこら中に散った血と魔物の体液のニオイでそのうちもっと大型の魔物が出てくるかもしれない。
もう、こうなったらしょうがない。
とりあえずこいつを森の外に連れ出してやろう……このまま放置していても結局気になってしまうんだし。森の外なら安全だし、そこまで案内して、即お別れしよう。それくらいなら大丈夫。それくらいの干渉なら大丈夫。たぶん。
「……こっち、ついてきて」
なぜか冷たい口調でボクは言った。いやほんとに何故なのか。
できるだけ彼に印象を持たれないようにしたつもりだったんだ。
でもこれじゃあ逆に思わせぶりになってしまった気がするよ。
もっと普通に通りすがりの村人っぽくやらなくちゃ。ほんとに「通りすがりの村人そのもの」なんだから。
これじゃあまるで「主人公の窮地を助けた謎めいた人物」みたいな感じになってしまう。
いや、もうおかしいかどうかなんてもうどうでもいい。
早くこの場を立ち去らないと、早く忘れてもらわないと。
――異世界人とは関わらないって決めてるんだから。
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