第22話 隠しきれないもの
ボクたちは三重に手錠をはめられた上に、数十名の衛兵に囲まれ、槍と剣を突きつけられたまま王宮まで連行された。
とてもじゃないけど暴れる隙なんてなかった。
でも、一番ボクの心臓を鳴らしてくれたのはナツキの羽織っているたった一枚の布が風邪でひらひらなびくことだった。み、見えるから。見えそうだから。せめてなにか着せてやってくれないだろうか。
なぜかナツキは全く動じておらず、姿勢よくきびきびと歩いている。乙女の前だぞ、少しは恥じらえよ! と言いたいところだったけど、そうだ。ボクは今は美少年なんだった。それでもおかしくないかな。男子ってそういうもの? 男同士だと気にしないものなの? それとも自信ありなの?
このまま連れて行かれて処刑されるかもしれないというのに、ナツキのナツキが見えてしまいそうな様子が気になってしまって全く集中して考えられない! 喉元に刃を突きつけられているのすら忘れてしまいそうなほど。
結局ナツキは布一枚のままで何も着せてもらえないままだった。
……ちなみに、なんとなく少しだけ、見えた。一瞬だったのでよくわからなかったけど。ボクは身長が低いせいで視線が下なものだから……
余計にあたまが混乱してしまったおかげで完全に無策。なにも考えもまとまらないままに王宮まで連れてこられてしまった。
「国王陛下、御入来」
ボクたちに槍を突きつけている衛兵以外が膝をついてひれ伏す。
ボクたち三人は突っ立ったまま。膝をつこうにも喉から数センチのところにやりを突きつけられているので動こうにも動けない。
静まり返った壇上に靴音が響いた。
現れたのは……「子ども」だった。
「あれが、この国の国王?」
声を出してしまった瞬間、さらに複数の刃がボクの喉元や心臓に近づけられる。慌てて口をつぐむ。
王様? どうみてもボクより歳下。ボクが言うのも何だけど明らかに子ども。金髪の十四、五歳くらいの男の子だ。見た目だけならボクとあまり変わらないんだけども。
だけどその子どもの頭上には王冠、豪勢なマントは明らかに丈に合っておらず大部分が床の上に引きずられている。身にまとっている衣装は正しく「王様」そのものだ。
――あいつがナツキを殺そうとした国王
ぶっ殺してやる――! たとえ子どもだとしてもナツキをあんな目に合わせたやつなんて許せない。
どうせこのままだったらボクたち全員死刑になるんだろ。だったら……!
その子どもはやたらと豪華な玉座に腰掛けた。ほんとうに王らしい。大きすぎる玉座にちょこんと座ったまるで人形のようなその姿はあまりに場と不釣り合いでコントか悪い冗談のようにさえ見える。
でも、聞いたことがある。
子どもの国王をたてて、代わりに大臣とか宰相が政治をするみたいな。
そして、王が口を開いた。
「その者たちの拘束を解け」
見た目どおりの幼い声。無理に低い声を出して威厳を出そうとしているんだろうけど、声変わりもまだ終わってないじゃないか。
……え? 拘束を解く?
「陛下! それはなりません、この者たちは大変危険です!」
王様の一番近くにいた、王様の次に豪華な服装を着ている、おそらく大臣みたいなおじさんが慌てて王を止めた。
「余の命令が聞けないというのか? ならばお前は死刑だ。衛兵、こいつを連れていけ」
なんだって!? 今ので死刑!?
「お待ち下さい陛下! どうかご再考を!」
王に意見をしたたぶん偉い大臣みたいなおじさんはあっという間に衛兵に連れて行かれてしまった。
場が完全に凍った。もう誰も動こうとしない。ボクたちも理解が追いつかず反応できない。
再び王様が口を開いた。
「さあ、拘束を解け。余はその者たちと話がしたいのだ」
ボクたちを拘束していた衛兵は大慌てでボクたちの手錠を外した。
何のつもりなんだこの王は。なにかの罠? それともなにかの自信?
自分が何をやったかわかっていないのか? ここにいるナツキを殺そうとした張本人なのに。
拘束を解かれた今、すぐにでも飛びかかりたいけど、ここまで堂々と拘束を解かれると逆に警戒してしまう。
「さあ、お前たち、こちらへくるがよい」
明らかに危ないだろそれは。ボクが王様を気遣うのも変だけど。実際、ボクは王に手が届く範囲に入れば思いっきり殴りつけてやるつもりだ。
先程の死刑のやり取りの後で誰も王を止めようとするものも居なかった。
ボクたちは顔を見合わせる。選択肢は、ない。従わなければ死刑。行くしかない。
ボクたちはゆっくりと王に近づいていった。
王はボクたち三人に順番に、ゆっくりと視線を流し、ナツキで止めた。
「お前は炎に包まれても無事だったそうだな。なにかの魔法を使ったのか」
ナツキに言っているようだ。威厳を出そうとしてるんだろうけど、悲しいくらいに子どもボイス。
「答えよ」
ナツキがボクの方を見るけどボクにも判断がつかない。軽く頷く。黙ってても仕方ない。うまく話すんだよ。
「いいえ。魔法ではありません」
ナツキが答える。
「では、どうやったのだ。正直に申せ」
ナツキは答えられない。というか、ナツキだって自分の能力がよくわかってないし答えようがない。
まずい。ナツキはこういう質問に弱いぞ。バカ正直に答えるしか出来ないやつだから。
「どうした。答えぬつもりか」
適当なことを言ってごまかすしかない。さすがのナツキもいきなり異世界人だとか言い出すわけがない。昨日リントに「お前頭おかしいのか?」って言われたばかりだし。それくらいはわかるよね?
「自分は、異世界人です」
言っちゃった! ナツキに小細工を期待しても無駄だった!
「おい! ふざけるな! 陛下の御前だぞ!」
衛兵がこらえきれずにナツキの前に駆けつけてきた。そうだよね。バカにしてると思われても仕方ないよね。でもすみません、この子本気なんです。
「……今、余が話しているのだ。邪魔をするな」
「しかし陛下……!」
「お前も死刑になりたいのか?」
「し、失礼しました」
衛兵は怯え、急ぎ元の場所へと戻っていった。死刑で言うこと聞かせるとかとんでもない王だな。こんな子どもに王様をやらせるからだ。
「この者たちとゆっくり話がしたい。部屋を用意せよ。お前たちはもう下がって良い」
衛兵たちがざわつく。ボクも正直驚いている。どこまで不用心なんだこの王様。
しかし、この王に逆らうとあっという間に死刑になってしまうのは見ての通りなので、結局、誰も発言しないままボクたちは王のお部屋へ移動することになった。
部屋、というかちょっとしたテニスの試合くらいは出来るくらいの広さの中にはどでかいシャンデリアやでかい肖像画、でかいテーブル、でかい窓。なにもかもでかい上に無駄に豪華に装飾が施されている。王様の部屋ってこんなのだったのか。お姫様に憧れたことはあるけどこんな部屋には住みたくないな。
さっきまで「ぶっ殺してやる」ってくらい頭に血が上っていたのに、あまりの部屋の迫力にすっかり気圧されてしまったのか、今はだいぶ落ち着いていた。
「お前たちは下がれ」
ボクたちをここまで連れてきた少数の衛兵すらも下げるつもりらしい。本当に何を考えているんだろうこの王様は。そんなに殺されたいのか、それとも自信があるのか。
「そ、それはさすがに……」
「下がれ」
「は。何かございましたらお呼びください」
王に命令され、衛兵たちは、でかい扉の外へ揃った足取りで退出していった。いくらなんでも不用心すぎるきがする。武器は取り上げられてるとは言え、こちらは三人。王様はこんなちびっ子だ。やろうと思えばやれる。
だからといっていきなり襲いかかるわけにも行かない。
とりあえずボクたちは黙って王の様子をうかがっていた。
王は体のサイズに全く合っていないでかい椅子に座ると「お前たちも座るが良い」と椅子に座ることを勧めてくれたので、お互い顔を見合わせつつ、王様の前での椅子の座り方とかマナーとかあるんだっけ。んなの知らないっすよ。つーか、早く座りましょうよ。俺まだ下裸なんだけど座って良いのかな。なんて小声で話しつつ恐る恐る座った。ふかふかの椅子だった。
見つめ合う王様とボクたち。
……………
なぜ無言。
……………
なんだろうこの間は。王様は動かず、喋らない。
ボクたちがなにか言わないといけないのかな。でも話がしたいって言ったのは王の方だし……余計なこと言って死刑とか言われたくないし。
「あなたは本当に異世界人なんですか」
誰かの声が聞こえた。
とても幼い、子どもの声。
ボクたちは周りを見渡すけど、誰もいない。この部屋には王様と、ボクたちしかいない。
「あの、さっき異世界人って言っていたのは本当なんですか?」
また聞こえた。この部屋の何処かに子どもがいる。警備はどうなってるんだ。仮にも王様の部屋だろうに。
「あの……」
だ、誰だ!? 誰が喋ってる? ボクは立ち上がりそうな勢いで辺りを見回す、けど誰もいない。怖い。何この現象!
「タルトっち、タルトっち」
リントがボクの肩をつついてきた。
「何? 今それどころじゃ……」
「王様、王様!」
「王様がどうしたのさ。リントにも今子どもの声が聞こえただろ?」
「だから、それ、王様」
「たしかに王様は見た目が子どもって、ええ!?」
「おお、見事なノリツッコミっすね……」
リントが視線を送るさきにはちっこい王様がでっかい椅子にちょこんと座ったまま。
王様と目があった。
王様は涙目になっていた。無視されてると思ったらしい。
「皆さん、お願いです。僕を助けてください」
王様の声はさっきまでの、威厳を出そうと無理に低い声をやめたせいで、完全に子どもの声だった。
誰が、誰を助ける? 今日一日で色々ありすぎてボクの頭はどうかしちゃったのかな。よく話が理解できない。思考回路がついていけていない。
またおかしな展開が始まってしまった。そういうこと?
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