第23話 絶対王政


「僕はこの世界の人間じゃないんです。僕は小さい頃から体が弱くってずっと病院で生活していました。外に出ると感染症の危険があるからって病衣の外を自由に歩くことも出来なくて、一度でいいから外に出てみようと思って抜け出したんです。そしたらそこにトラックが……」


 ――また、か。


 ……ペース、早すぎじゃない? 昨日の今日で二人も異世界人に出会っているんだけど。異世界人ってそんなにポンポン転生されてきているものなの? それともナツキやリントがそう言う運命を持っているとかだろうか。っていうかまたトラック様なのか!


 やはり、その後はトラック様に願いを叶えてもらう代わりに異世界に転生するという、リントと同じパターンでの転生だったそうだ。


 リントの方を見てみる。「それはヤバいっすね」なんて言いながら真剣に話を聞いてる。おちゃらけたやつだと思ってたけど意外と真面目なとこもあるんだな。

 ナツキの方を見る。なぜか泣きそうになっている。まさか、感情移入してる!? 

 嘘でしょ。ボクだけ理解が追いついていないのか? まだこの子が王様ってことも異世界人ってことも飲み込めてないんだけども。


「それで気がついたらこの王宮にいました。躰はすっかり治ってて自分の足で思いっきり走ったり出来るようになってて感動しました。でも知らない場所でお父さんもお母さんもいなくなってて……。そしたら、知らない人がたくさん来て、いきなり王様って呼ばれるようになってたんです」


 なんと言って良いのやら。ボクはまだ頭の整理が追いついていないし、そもそも変な発言をして死刑になるなんてことは避けたい。

 すると隣の男が手を上げた。学校でそうするみたいに。


「あの、質問いいっすかね」


 リント、お前勇気あるな。


「あ、はい。なんでも聞いてください」


 王様もさっきまでの「余は……」とかむりやり威厳のある感じの声を出すのをやめてしまったので、完全にただの子どもに成り果ててしまっている。もう王様の威厳の欠片すらも感じられない。


「王様はあれっすかね、地球? から来たんすか?」


「日本です。わかりますか? 日本の神奈川にいたんです」


「マジで! 俺埼玉!」


「埼玉! じゃあ日本人なんですね!」


「そうそう。んでこいつは東京出身。んで、俺も異世界人なんすよ! あれ、でも金髪だし外国人だったんすか?」


 何故か話が盛り上がり始めた。ボクはというとまったく話についていけない。元いた世界の話をしているんのはわかるのだけど。それでもこの状況で奥せず王様と軽快トークができるリント恐るべし。

 ボクは黙ってみていることしか出来なかった。とりあえずここはリントにまかせてみよう……。


「いえ、この世界に来たときに金髪になってました。もともと黒い髪の普通の日本人だったんですが、たぶん、能力が影響したんだと思います……」


 ――能力!


「王様もやっぱり能力があるんすね」


 異世界転生したときに得られるという能力。この王様はトラック様に会ったパターンだからリントのように能力の自覚があるはずだ。気になる。気になるけど、能力なんてそう簡単に教えるようなものじゃないからなあ……。


「皆さんもお持ちなんですね。僕の能力は絶対王政クラウンと言うらしいです」


 あっさり能力を教えたね……。異世界人同士ってガードがゆるすぎない?


「それは、どんな能力なんだ?」


 ナツキがさらに突っ込む。さすがに教えてくれるわけないじゃない。


「はい、王になる能力、だそうです……」


 言うんだ。


「王、になる?」


 それはどういう意味だろう。


「僕はずっと病院の中で本を読んで過ごしていたので、願いを聞かれたときに思いついたのが、王様だったんです。王様になれたらきっと素敵な生活が出来るんだろうって」


「それで、そんなちっこいのに王様になっちまったんすか」


「はい。こんなにちっこいのにです」


 リントと王様はなぜか打ち解けて笑い合ってる。

 わ、笑えない。まだこの空気に慣れきれない。


「ねえ、ナツキ。どういうことなの?」


 小声でナツキに話しかけてみる。リントと王様が盛り上がってしまっていたので。


「うん、あの王様も異世界人で間違いないっぽいぞ。俺たちと同じ世界から来たらしい」


 それはなんとなく会話の雰囲気からわかってたけど、やっぱりそうなんだ。


 リントは王様とのトークを続けている。おかしなことを言って機嫌を損ねやしないかこちらは気が気ではないよ。すでにかなり無礼な喋り方をしていると思うけども。王様はにこやかにリントとの会話に興じていた。


「実は、王都の金作りまくってたの俺なんすよ。俺の能力、一攫千金トリリオネアって言って……」


 え、リント!? それ言って大丈夫なの!? お前の能力(それ)のせいでナツキが死刑になったの忘れたの!?


「そうだったんですか。王宮も大騒ぎで大変だったんですよ。結局、新しい通貨を発行するっていうことになって、僕はよくわからないから、とりあえず通貨名はエンにしようって言って」


「あーなるほど! だからエンだったわけね。なんで日本と同じなんだろうって思ってたんすよねー」

 

 許された。

 もうなんでもいいみたい。いちいち突っ込むのもドキドキするのも疲れたよ。最悪の時はリントに全部罪を被ってもらってボクとナツキは逃げることにしよう。


 そのリントと王様の二人は今度はエントークで盛り上がっているけど「エン」というワードで思い出した。


「ちょっとまって。王様、ボクもひとつ質問してもいいかな」


「あ、はい。おねえさん」


 おねえさん!? 二人が一斉にこちらを見る。まずい。油断してた!


「あの、王様。ボクはおねえさんではなくって、おにいさん、なのです」


「ああ! ごめんなさい。とても綺麗な方だったので……。 大変失礼しました」


 低姿勢! やりにくい!

 だけどこれは言わせてもらわないと気がすまない。


「さっき王様は死刑って言ってたよね。ナツキはそれで本当に殺されかけたんだ。いったいどういうつもりでそんな簡単に死刑なんて決めてるの!?」


「ごめんなさい……」


 王様はなんと泣き出してしまった。こんな小さい子――と言っても見た目年齢ならボクとさほど変わらないけどね――を泣かせてしまったので、罪悪感でちょっと怯んでしまったけど、泣いたからって許されるわけじゃない。ボクがしっかりしないと。人の命を何だと思ってるんだ。


「謝ったって死んだ人は返ってこないんだよ。死刑ってそんな簡単にやって良いものじゃないと思う」


「ごめんなさい。ごめんなさい。僕、政治とか法律とか、全然良くわからなくって。よくわからないからとりあえず死刑って言えばいいかなって思って」


 おお……「よくわからないから死刑」って。さすがのナツキもこの発言には戸惑いを隠せないようだった。リントですら「やばいっす」って言ってるし。「やばい」では済まないよ。


「君の境遇には同情するし、よくわからないことにいきなり巻き込まれて大変だったんだと思うよ。だけど人を殺してしまったら、もう取り返しがつかないんだよ。子どもの君にこんなことを言うのは酷だと思うけど」


 偉そうにお説教をしているけどそんな権利もないし、そもそもボクたちだってそんなに大人なわけでもない。だけどどうしても言わずにはいられなかった。


「ごめんなさい……」


 王様は下を向いたまま、小さい体はをさらに小さくして、今にも消え入りそうになってしまった。


「まあ、タルト。俺は無事だったからとりあえず、俺のことはいいよ。俺のために怒ってくれてありがとうな」


 まあこれ以上王様を責めても何も変わらない、か。王様だけが悪いわけじゃない。そもそもの元凶はリントだし。こいつが死刑っていうのなら少しは納得もできるけどさ。


「じゃあ、もう今後は簡単に死刑とか決めちゃダメだよ。いいね!?」


「はい。わかりました。もうしません」


 素直。ま、もやもやする気持ちはあるけれど、後のことはこの子が背負っていくことだ。ボクがこれ以上口出しすることじゃない。ただの村人が政治にあれこれ言ったって仕方がない。


「インフレもリントが原因だったけど、もう通貨は作らせないから今後はもとに戻っていくと思うよ。リントはなにかの法律違反だとは思うけど、ナツキをあんな目に合わせたのでリントのことはできれば見逃してほしいな」


「はい。もちろんリントさんも皆さんにも何もしません」


 許された。リント、さらっと許されたぞ。よかったな。


「そっか。じゃあそれならボクはもういいよ。ナツキ本人ももういいって言ってるし。君も大変だと思うけどいい王様になれるように頑張ってね」


 ボクは立ち上がる。なぜか男二人は座ったまま。何してるのもう行こうよ。なんとなく嫌な予感がしているんだ。


「ま、待ってください!」


 ちび王様が慌てて立ち上がった。


「僕はもうこれ以上王様をやりたくないんです。やめたいんです!」


 ほら、ね。またおかしな展開が始まったでしょ。


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