第21話 火炙り



「ありえないよね? なんで? どうしてナツキが死刑になるんだよ!」


 受付で何を言っても「すでに決まったことですので」と返されるだけで、それ以上のことは何も教えてもらえなかった。


「タルトっちあれ見てみ! 処刑場って書いてある!」


 リントの指差す方向は雰囲気の悪い薄暗い入り口があり、その入口には確かに「処刑場」と書いてあり、しかも「見学希望の方はこちらへ」なんて書いてある。そんな観光地みたいな。ナツキが今日処刑されるというのならもしかしたら底にいるかもしれない。何の手がかりも残されていないのなら、とにかく行ってみるしかない。


 それにしても処刑場って、一般人が入れるものなんだ。人が殺されるところをわざわざ見に来る悪趣味な人間なんているのか、なんて思ったら、通路の奥に広がっている処刑場はすでに大勢の人で埋まっていた。


 最低だ。最低の政治と最低の民衆だ。こんなのまともじゃない。

 

「久々の処刑だな」

「今回は火あぶりらしいぞ」


 とんでもなく物騒な言葉が耳に入った。火あぶり!? 後ろの禿げた男の言葉に思わず振り返る。


「あの! 何の罪で処刑なんですか!?」


「おいおい、ここはガキの来るところじゃないぜ」


 更に食って掛かる。


「いいから教えて! 何の罪なの!?」


「な、なんだこいつ……国家反逆罪だってよ」


 こ、国家反逆罪!? なにがどうなってそんな大罪になってるんだ……。それに例えそうだったとして裁判もなしに決まることなんてあるのか?


「誰が決めたんだよ、そんなの! 騎士団にそんな権限があるとでもいうの!?」


「何なんだよお前は……。そんなこと知らないよ。……なんでも今回のは王が直接判決を下したって話だ」


 あまりに興奮したボクに完全に引いてしまったおじさんに腕を払われてボクは立ち尽くした。王様が判決を下した……何がどうなっているの。おかしいのはこの国なのにこっちの気がおかしくなってしまいそう。


 ――ワアアアアアアア


 観衆が沸き立った。


「おお始まるぞ!」

「国家反逆罪って言うからどんなやつかと思ったら、ずいぶん若いな」


 処刑場の中央には大きなやぐらが組まれていた。

 

 そこへ、檻に閉じ込められたままのナツキが檻ごと連れてこられた。


「ナツキ!」


 ボクは人垣をかきわけて、処刑場の最前列までいったけど、ボクの身長の五倍ほどある金属の柵に阻まれた。よじ登ろうにも高すぎるし、上には返しがついていてこちらからは入れそうになかった。


「やめろ! ナツキは何もしてない!」


「そうだ、犯人は俺だ!! こっちを見ろぉぉぉ!!」


 リントは懐から大量の金を出してばらまき出した。

 でも、処刑が始まったせいで場内はすでに大盛りあがりで声は全然届かない。


 ボクたちがどんなに大声を上げても処刑は止まらない。


 執行人のもつ松明に火が灯されると観衆は更に熱狂。もう隣りにいるリントの声すらも聞き取れなくなった。


「ナツキぃぃー! やめて! やめさせてよ!! 誰か助けて!」


「やめろ! やめてくれよ! 俺が犯人なんだってば!」

 

 ボクたちの叫びは誰にも届かないまま、櫓に火が付けられた。

 予め燃えやすくしてあるようで、あっという間に炎は激しく燃え上がり、巨大な炎は檻ごとナツキを包み込んでしまった。


「うわあぁぁぁぁぁ!」


「そんな……すまねえナツキっち。タルトっち。俺なんかと関わったばかりに……」


 だけど、そうかもしれないけど、一番おかしいのはこの国だ。王様だ。リントが何もかも悪いわけじゃない。

 

 それに、まだだ。


 ボクは顔を上げる。


 完全に希望が絶たれたわけじゃない。ナツキには超回復能力がある。


「ナツキ死なないで! 発動して! 能力を!!」


 届かない声を上げる。炎で中の様子は全く見えないけどナツキの能力ならもしかしたら。

 炎は天上近くまで巻き上がり、やがて檻を焼き溶かし櫓ごと崩れ落ちた。


「タルトっち……? なんすかそれ。髪が……光ってるっすよ」


 ――炎の中に人影が見えた。


 動いている、生きてる!


「ナツキ!」


「熱ちいぃぃぃ!」


 ナツキの声だ! ナツキは生きている! 超回復だ。炎に焼かれて死ぬよりも早く超回復が発動しているんだ!


「なんだあれは!」

「なんで炎の中で生きていられるんだ!?」

「すげえぞあいつ!」


 異常事態に処刑場内は歓声と悲鳴が入り混じって混乱し始めた。一部ではなぜか暴動のようなものも起き始めた。監視していた執行人や衛兵たちもどうして良いかわからないようで戸惑っている。


「ナツキー! 大丈夫かー!!」


 ようやくボクの声が届いたようで炎人間――ナツキはこちらを向いたように見えた。聞こえてるのかな!

 ナツキらしい人影がこちらを向いた。まるで火などなにも感じていないかのように、片手を上げて振ってみせた。


「おお、タルトか! 大丈夫だ。もう熱くなくなってきたぞ!」


 ナツキは全身がまだ炎に包まれていて、熱いとか熱くないとかそういう次元ではないはずなのだけど、それに炎の中なら息ができないはずなんだけど……異世界人だから何でもありか。


 ボクがナツキと鉄柵越しに話をしている間に、いつのまにか数十名の衛兵がボクたちの周りを取り囲んでおり、槍を突きつけていた。リントの周りには先程だしまくった大量のエン。そして何故か炎に包まれた人間と話をするボク。なんと説明すれば良いのかわからず、黙ってしまった。


 衛兵たちは槍をボクたちに向けたまま。少しでも動けば刺される。


「お前ら、いったい何者なんだ……抵抗すれば殺す。大人しく捕まるんだ。いいな?」


 結局ボクたちは衛兵に連れて行かれてしまった。これからどうなっちゃうんだろう。


 でも、とりあえずナツキが死ななくてよかった。



 ボクたちは頑丈な牢屋に投獄された。

 めちゃくちゃ警戒されているようで、極太の鉄格子さらに二重に重なっている上に、壁まですべて鋼鉄製。天上にはなにやら魔法を封じる魔法陣のようなものまで仕掛けてあるみたいだ。

 おそらく凶悪な犯罪者とかを閉じ込めておく、封印牢だ。


 ボクたちはこんな処置をされずとも出られやしないのに。

 牢の中央に三人で座り込む。


「ねえナツキ、ほんとに大丈夫なの?」


「ああ、この通り全く。火傷もまったくない」


 ナツキは服が燃えてしまったので大きな布を巻いているだけの状態で、その隙間から腕を出して見せてくれたが、先程炎に包まれていたなんて思えないほどツルツルの素肌。でもあまり動くと中身が見えちゃうので程々にしてほしい。


「ナツキっちぃぃぃぃ! ごめんなぁ! 俺のせいで!」


 リントがかおをくしゃくしゃにしてナツキに抱きついた。み、見えるから! それ以上布を動かしちゃダメだ!


「俺は大丈夫だよ。それに、リントのせいじゃない。このいかれた王国のせいだ」


 ……そうだ。この国は狂っている。このままここに居てもまた違う方法で処刑されるかもしれない。ナツキはもしかすれば助かるかもしれないけど、ボクやリントは生身の人間だからきっと殺されてしまう。

 どうにかこの牢屋から抜け出さないと。リントのお金で買収? いや、お金に価値がない。ナツキの鎌で牢を壊す? いや、この分厚い格子は流石に切れそうにない。どうする……。はやく逃げないと。たった一日で死刑が決まるんだ。ぐずぐずしてられない。


 考えがまとまる前に、衛兵が牢の前にやってきた。

 

 嘘でしょ、もう? 即日執行!? いくらなんでも早すぎない!? 


 どうせ死刑になるくらいならいっそここで暴れてやるしか……!


「お前たち、王がお会いになるそうだ。出ろ」





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