第14話 百合さんとハンカチ



あれから何の進展のもないままに暦を捲ることになりました。

ようやく風も柔らかに感じるようになる月半ば


いよいよ明日ですね。



「お返しもらえないかな」


「忘れてないかな」


「嫌いだったら無視しますよね」



生暖かな視線に囲まれて、ひとりだけ不安顔の百合さん


本音が口からそのまま漏れております。

これで想いがバレていないと思っているんですってよ 奥様っ ← 誰っ


手作りチョコレート触るな危険事件の直後はぎこちなかったようですが、

最近は普通の会話ができる程度には関係回復されたようです。



ですが、一か月間特に変わったことがないことが乙女には不安材料になるのです。


不安が頂点に達しておろおろする百合さん



見かねた百合さんのお母様からお願いがありまして、お茶会に招待させていただきました。

任せてくださいませ お母さま 可愛い妹のためなら何でも致しますわ


もちろん水玉さんも同席です。




不安になるのも恋する乙女の醍醐味ですよ。

この不安が喜びに代わった時、幸せが何倍にも膨れ上がって「好き」が溢れるのです。


(音無著『じゅうななさいの恋愛論』第1章 第2項より抜粋)



なんて当事者でないから言えるのはわかっています。



ここは聖なる力の出番ですね。たまには聖女らしいことをして見せましょう。


お姉さんが恋のおまじないを教えてあげます。


百合さんの手の上に美しく装飾された小瓶をひとつ



「これは『聖なる水』・・・」



いえ ヘアオイルです。



「これは雪ねえさまと違う香りがします」



百合さんの為に用意した『白百合』をイメージした香りのヘアオイル

エリザベス先輩のお見立てですよ。


まあ 今回は勘違いしてもらう為に素敵な小瓶に入れましたけど・・・



――――


よく聞いてくださいね。


明日は早起きするのです。


小瓶に入っている油を数滴付けて丁寧に髪をとかすこと


想いを込めて時間をかけて


素敵なことだけを考えて綺麗に髪を整えるのですよ。


素敵な一日になるおまじない



「綺麗になる術は自分でかけないと駄目ですよ」



そうすれば胸を張っていられます。


想い人の前で輝けます。



「はいっ」



良いお返事です。もう不安は無くなったでしょうか。



「私だって・・・」



小瓶を大切に胸に抱く百合さん

決意を持って前向きになれたようですね。



――――



ごめんね 私は聖女さまではないの


それは白百合の香りがするヘアオイル

聖女の術は使われていないんです。


でも願いは叶うからね。



彼が悩んで贈り物を用意していたこと知っているの


お兄様に相談してあなたを想って選んだ贈り物


きっと彼は今夜眠れないくらいに緊張していますよ。




明日いつもの女の子は艶のある黒髪から白百合の香りを漂わせて待っています。


もう一度惚れ直してくださいな。





弥生三月 季節を先取りするような暖かな日


艶のある髪の美少女が走り込んできました。



「雪ねえさま ハンカチっ」



手には白いタオルハンカチ


小さく百合の花が刺繍されています。


よく見れば百合さんのイニシャルまで入っていますね。



これは質問するのが乙女の義務です。



「素敵なハンカチね。これどうしたの」



我ながら白々しいです。



「お返しにもらったの」



ですよね・・・ わかっていましたけどね。



「雪ねえさま ありがとうございます。『聖女の術』のおかげです」



私は聖女ではありませんよ。私は何もしていません。


感謝の気持ちは嬉しいですが、あなたの恋する勇気の結果です。

聖女の術はかけていませんよ。

呪文を唱えなかったでしょ(あの恥ずかしい呪文・・・)


自分で「綺麗になる術」を使ったからですよ。

心から綺麗になりたいと願ったでしょ


百合さん 綺麗な笑顔ですよ。

写真撮らせてくださいな。


あなたの恋を見守るお姉さま方が心配していますからね。

すぐに報告です。女子会が華やかになりますよ。



贈り物がハンカチなら早速使えますね。



「大切にとっておきます」



乙女心はわかりますが、見えるところで使ってあげた方が喜ぶと思いますよ。

使って貰えるから嬉しい贈り物ではないでしょうか。





翌日、水玉さんよりご報告


百合さん ハンカチを二枚持ち歩くようになったようです。



『手拭き用』と『観賞用』


そう来ましたか・・・



机に置いたハンカチを黄色い声が囲んでいたようです。


『観賞用』ではなく『自慢用』ではないでしょうか。

ハンカチを高らかに掲げることで牽制をする気持ちもあると感じます。


・・・その恋きっと誰も邪魔しませんよ。



質問攻めになったのに「誰からもらったの」と聞かれないのはなぜでしょう。


水玉さんが意味ありげに笑います。


最近の小学生女子はわかっていらっしゃるようです。



「雪ねえさま 百合ちゃんが使った『聖なる水』ってどうやって作るのですか」



あの時、水玉さんも同席でしたね。でも聖女だとはバレていないはずですが・・・


効果を目の当たりにすれば気になるのは当然です。

水玉さんにも差し上げますよ。ヘアオイルですけど・・・


百合さんとは違う香りで用意しますね。エリザベス先輩に助言を頂きましょうか。



「綺麗になる術も詳しく教えてください」



興味津々ですね。ぐいぐい来ます。


水玉さん あなた・・・



「恋しているのね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る