第20話 教え子にキスを迫られる

 王都の酒場で、俺たちは祝杯を上げた。


「先生、乾杯です!」

「乾杯なのだ!」


 俺たちはエールの入った盃を飲み干した。

 エリシアもシルフィも……もうお酒を飲める歳になったんだな。


 俺は二人が酒を飲む姿を見て、なんだか変な気分になってしまう。

 うん。これは完全に娘を見る父親の視線だ。


「先生も、もっと飲んでください!」


 エリシアが盃にエールをなみなみと注ぐ。

 入れすぎた……!


「ありがとう……エリシア、でもお前も飲み過ぎるなよ」


 酒が弱いみたいで、エリシアの顔が赤い。

 たった一杯のエールで、目がとろんとしている。


「先生! もっと飲むのだ!」


 シルフィがエールの盃を俺に突きつける。


「シルフィも……飲み過ぎるなよ」


 さっきからシルフィは、すでに五杯は飲んでいる。でもシルフィの顔は白いままだ。

 小さな身体の割には、シルフィは酒が強いみたいだ。

 見た目のギャップがありすぎるな――幼女の酒豪。


 俺がシルフィの飲みっぷりに感心していると、


「先生……こっち向いてください」


 エリシアが俺の隣で、目を閉じて、口をすぼめている。


「……うん? そら豆が食べたいのか? ほら」


 酒のつまみに頼んだそら豆を、俺は小鉢からひとつ摘む。


「ち・が・い・ま・す!」


 エリシアは俺の頭をポカっと叩いた。

 けっこう痛い……


「うっ……!」


 エリシアは椅子から身を乗り出して、俺に顔を近づけてくる。

 酒の甘い匂いが、ふっとする。


 いったいどうしたんだ?


「うー!」


 足をバタバタさせて、エリシアはもっと俺に近づいてくる。


「エリシアお姉ちゃん……大胆なのだ」


 シルフィが顔を赤して、恥ずかしがっている。

 教え子たちの不可解な動きに、俺は困惑する。

 この状況――いったいどうすれば?


 なんだか周りの冒険者たちも、俺たちをニヤニヤしながら見ているし……


「もお! もしかしてわざとですか! あたし、こんなにがんばってるのに!」


 エリシアは俺の肩をガチっと両手で掴んだ。


「すまん……マジでわかんないだが……」


 俺は本当にわからなかった。


「キス、ちゅう、接吻、です!」

「え? 俺と? いやいや、どうしてエリシアと俺がキスするんだ?」

「罰です!」

「……俺、何か悪いことしたか?」

「今日の戦闘で、先生はあたしにとっても心配をかけました。だから罰として、あたしと熱い口づけをするのです! 嫌とはぜーったいに言わせません! 悪い子の先生はあたしとキスして、罪を償うのです!」

「あのな、心配かけたのはすまんかったが、キスするのはちょっと……」

「先生! あたしとキスするの嫌なんですか、嫌なんですね。でもこれは罰なのです。だから嫌でも先生はあたしとキスするのです!」


 エリシアはとろんとした眠たげな目で、俺をじっくりと見つめている。顔はりんごのように真っ赤だ。

 完全に酔っ払っている。


「いいなー! あたしとも罰ゲームでキスするのだ!」


 シルフィも俺の隣にくっついて、目を閉じて唇を俺に近づけてきた。


「いいなー! あのおっさん」

「愛人が二人もいるのかよ」

「見せびらかしやがって!」


 周囲の冒険者たちがヒソヒソ話している。

 うわあ……変な勘違いをされている!


 相手は教え子だ。キスするわけにはいかない。

 いったいどう切り抜ければ……?


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