辺境の冴えないおっさん、大賢者となる。つぶれかけた孤児院の教師なのに、大出世したかつての孤児たちが俺にくっついて離れないのだが。

水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴

第1章

第1話 辺境の冴えないおっさん

 かつて「大賢者」と呼ばれた、3人の偉大な魔術師たちがいた。

 大賢者たちは、魔王を打倒し、英雄として後世に語り継がれていくことになった。

 英雄譚の裏側で、大賢者たちは、ある一人の男に師事していたと言う。

 この物語は、英雄たる大賢者たちを影で育てた、ある辺境の男の話である。


 ◇◇◇


「アランさんは、ご結婚されないんですか?」

「え? 結婚?」


 突然、クリミアさんが俺に話しかけた。


「そうですよ。結婚です。アランさんはいい人いないんですか?」

「そんな人、俺にはいないよ……」


 俺はもう39歳。世間で言えば、とっくに結婚して、子どもが1人ぐらいいても、おかしくない。

 ここはルナージュ孤児院の職員室だ。

 職員と言っても、俺とクリミアさんと院長のメルビーじいさんしかいないが。

 アルトリア王国の西の最果て、バナル村。険しいゴードン山脈が近くにある。

 山脈の向こう側には、砂漠が広がっていた

 要するに、ここは何もない辺境の地ってことだ。産業的にも軍事的にも、価値のない不毛な土地。

 しかし、そんな限界集落も、人の役に立つことがある。それは子捨てだ。


「クリミアさんこそ、いい人いないんですか? クリミアさんは若いし美人だし」


 クリミアさんは本当に美人だ。歳は20。亜麻色の髪がきれいだ。優しい性格で、孤児院の子どもたちに大人気だ。


「び、美人だなんて……アランさんは今、フリーなんですね。でしたら、あたしにもチャンスが――」

「アランさん、クリミアさん、また門の前に子どもが……」


 メルビー院長が、職員室に入ってきた。


「またですか……私が行きます」

「頼みましたぞ。アランさん」


 この不毛な土地に、子どもを捨てる親が後を絶たない。

 貧しい周辺の村で、子どもを育てられなくなった親が、ルナージュ孤児院まで子どもを捨てに来るのだ。


 孤児院の門の前で、少女がうずくまっていた。

 歳は5つくらいか。服はボロボロで、腕はやせ細っている。

 ここに来るまでに、かなり酷い生活を送ってきたようだ。


「お嬢ちゃん、大丈夫?」


 俺は優しく声をかけた。


「パパが、今日からここがあたしの家だって……」


 この子は世界に絶望している。ただ現実を諦めていくだけの、小さな瞳。

 俺は以前にもこんな瞳を見たことがある。この孤児院から巣立った子だ。風の噂では、王都の魔術協会で、魔術師たちの指導者「マギステル」になったらしい。

 しかも史上最年少で、だ。名門魔術師の家系でもなく、魔術学校を出たわけでもない。王都でかなり噂になっているらしい。

 ま、俺には雲の上の出来事で、関係ない話だが。


「お嬢ちゃん、見てごらん」


 俺は空を飛んでいる小鳥を指さした。

 使役魔法――テイム。

 小鳥は空から降りてきて、少女の手の上に止まった。


「かわいい……」


 俺が使ったのは初級のテイムだ。

 子どもの魔術師でも使える簡単な使役魔法。


「ほら、小鳥さんが空で踊るから」


 俺が指を動かすと、小鳥は空に飛び上がって、くるくると旋回した。


「わあ……すごい」


 少女の顔が明るくなった。

 しばらく小鳥を旋回させた後、小鳥を少女の手に止まらせた。


「こいつはお嬢ちゃんの友達だ。さあ、孤児院のみんなに紹介するから来て」


 いきなり親に捨てられたんだ。今、この子は不安でいっぱいのはずだ。

 せめて孤児院に慣れるまで、小鳥を友達にしてあげよう。


 俺が少女の手を取って、門の中へ入ろうとすると、


「孤児院は閉鎖だ! さっさと出て行け!」

 


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