迷惑ゲーム(四)

「せりなちゃん……」


 家に帰って、私は部屋に閉じこもる。


 杉森朋笑、四年一組の生徒です。あだ名は「トロスギ」って呼ばれてます。こんなあだ名はイヤだけど……。


 私はいつも要領が悪くて、なにをしても遅いんだ。クラスのペースについていけない。花形真桜ちゃんが引っぱっているけど、私は取り残されている。


 クラスの空気をみだしている。だから、たまに嫌がらせされて、食べかけの給食を奪われる。体操着袋にゴミまでも……。せりなちゃん……っ。


 私が困っているときに、いつも助けてくれたのに……。


 ――「アスレチックやりたい人ぉー?」


 私があそこで手を上げたから、せりなちゃんは変わったんだ。


 ――「あたしも今度は手を上げるよ。疲れるし」


 そうだよね。ひとりぼっちで戦いたくはないもんね。私にはそんな勇気はない……。


 味方がいなくて心細くて、それでも正しいと思ったことを、せりなちゃんはやってきた。


 すごいかった。かっこよかった。心の中では応援していて、尊敬だってしてたんだ。


 せりなちゃんみたいに信念があって、強い人になりたかった。


 私があこがれてた人が、あんなことをするなんて……。


 ……だけど、とうぜんの仕打ちだよ。私は卑怯だったから。


 イヤな目にあいたくなかったから、せりなちゃんを裏切って……。


 助けてくれようとした人を。


 私のせい。変わったのは。


 私はせりなちゃんに対して、なにもお返しできてない。


 助けてあげてられてない。


 きっと本当のせりなちゃんは、苦しんでいるのかもしれない。


 なにか事情があるんだよ。今度は私が助けなきゃ。


 ……でも、私は「トロスギ」で、なにもできないかもしれない……。


 ううん、ちがうっ! 朋笑だよ!


 みんなが心から笑えるようにと、両親が名前をつけてくれた。


 四年一組はまとまってるように見えるけど、一人ひとりの表情はちがって、陰りがあると思ってる。私はそう感じている。


 本当の自分を隠してるみたいに、真桜ちゃんに同調しちゃってる。


 輪の中からはずれちゃったら、ひどい目にあってしまうから。


 そんなの友だちなんて言えない。せりなちゃんはこの違和感に、最初から気づいていたんだね。


 だから、助けてくれていて。私を認めてくれていて。こんなノロマな私のこと。


「私、ちゃんと言わなくちゃ」


 勉強机で日記を書いて、自分の気持ちを整理する。


 ――真桜ちゃんたちは、まちがってる。


 ――あぶないことや迷惑なことは、止めさせたい。


 ――みんなが自分らしくあるように。


 ――せりなちゃんに「ありがとう」って伝えたい。やってきた正義を認めたい。


 私がせりなちゃんを取り戻す。やさしくて強かったせりなちゃんに。


 今度こそ、味方する。ちゃんと意見が言えるように。怖いけど。傷ついても――。




 朝。決意をみなぎらせながら、私は登校していった。


 ところが校舎に入ったとたん、急激なめまいに襲われた。


 どうしてなのかは、わからない。風邪でもひいてしまったかな……。


 せっかく勇気を出そうとして、はりきっていたところなのに。


 涙目になりながら保健室へ行って、少し休むことにした…………。


 ……………………。




「……真桜ちゃん。もういいんじゃない?」


「これ以上やると、死んじゃうよ……っ」


〈だってぇー、このイヌ、ほえるんだよぉー。近くを通っただけなのにぃー? うるさいでしょ? ジャマなのよぉー〉


 わわっ、中から〈声〉がする。それに、保健室じゃない。


 私、どうなっているんだろう……。


 花形真桜ちゃんのお友だちの、玲美ちゃんと琴葉ちゃんがいる。


 しかも、茶色の小さなイヌがコンビニの近くで倒れている。入口のドアから離れているから、あまり人目につきにくい。


 飼い主さん、コンビニで買い物中なのかな。リードが柱にしばられていて、ワンちゃんが待っていたときに……。


「ホームルーム、はじまるよっ。ほら、行こうっ」


「飼い主に見つかってしまうって!」


 玲美ちゃんと琴葉ちゃんが、私に向かってそう言った。


 えええっ? なに? 話の流れがつかめない。


 なんで二人は必死になって、私に話しかけてるの?


 私、なにもしていないのに。


〈しょうがないなぁー〉


 またっ、変な〈声〉がした。頭の中から響いてる。真桜ちゃんっぽい。


 ……もしかして。あのウワサ。


 真桜ちゃんに『のっとり』しちゃってる!?


 あわわわわっ。ぐったりしているワンちゃんも、真桜ちゃんが……?


 どうしようっ!

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