交換男(二)

 ――オバケはあたしのほうだって?


 ウソだよね? 死んじゃったの?


 テニスコートで待っていたとき、さびしすぎて死んじゃった……?


 死因・さび死。犯人はなんと、りょーにゃんだ! あたしを一人にさせたから……。


「ちがいますっ! あたしが勝手に死んだんですっっ! ウサギ体質が悪いんです! りょーにゃんは無実ですぅぅぅぅっ!」


「りょー……にゃん………? まさかヒナ?」


「はいっ! 芝崎陽奈子です! オバケになってしまいましたっ!」


「……ああ、『のっとり』しちゃったか。こんなときに」


 りょーにゃんの顔から笑みが消える。無表情。


 えっ、いつものりょーにゃんじゃない!? 春風のようなほほえみは――?


「あーあ、バレてしまったか。おもしろそうだからつきあってみたけど、キミってうっとうしいんだよね」


〈そうよ。あなたはただの遊び。亮が本当に愛しているのは、桃川アユ――わたしなの〉


 ウ……ウソ……聞きたくない。


 だってりょーにゃんは、あんなにあたしをかわいがってくれたじゃない。


 あたしのことが好きだ、って。


「「好き」っ言ったのウソだったの? 本当はウザいって思ってたの? りょーにゃんは桃川さんのほうが――――」


「もちろん、アユを愛してる」


〈亮……わたしも!〉


「イヤっ、イヤァァァァっっっ!」


 両手で耳をふさぎこむ。


 だけど桃川さんの声は、頭の中に響くんだ。


〈ふたりきりになりたいのに、あなたはどこまでジャマするの?〉


 ショックだった。あたしを除け者にするために、別の場所で待たせたんだ。


 りょーにゃんは桃川さんを見てた。――帰りを誘おうとしたときに。


 あのときのようすが変だったのは、ふたりでデートをしたいから。


 あたしはふたりにジャマな存在………………。


〈まさかあなたが生霊となって、わたしにのっとりするなんてね。都市伝説が本当なんてビックリしたけど、対処法も調査済みよ〉


 ……生……霊? 都市伝説? それに対処法ってなに……?


 さっきから言ってる『のっとり』って、ふたりは知ってるってこと?


 りょーにゃんがあたしに歩み寄って、手首を強くつかんでいく。


「アユのからだから出ていけよ。のっとり魔」


〈白い右手よ〉


「白い右手よ」


 同じ言葉を口にする。桃川さんもりょーにゃんも。


 いったいなにが起こるワケ? これってなにかのおまじない?


〈白い右手よ、芝崎陽奈子を〉


「地獄の底へと送りたまえ!」


 ――憎しみと。裏切りと。


 海がまっかに染まっていく。


 小さな足音が近づいた。


「がおおおをんっ。こんばんわ」


 女の子が声をかける。たぶん八歳くらいかな?


 ライオンのパペットを振っている。


「海は好き。英語でシーっていうもんね」


 あたしよりも小さな子なのに、死神のように思えてくる。


 きれいな顔立ちのせいだろうか。それにこのタイミング。


 右手はパペットで隠されて……。


「シーの故郷は沖縄だけど、ちょっと遠すぎるんだよね。だから手ごろな海を見て、思いをはせているものさ。キミだって身近なモノを見て、安心したいと思うだろう?」


 女の子はあたしを見ながら、ライオンのパペットを取り外す。


 ぼんやりとした光を目にし、湿った空気をハッと飲む。


 ……やっぱり死神だったんだ。


 白い右手。


 あたし、地獄へ行っちゃうの……っ?


「ハハハッ、本当に来やがった! アユからそいつを引き離せ!」


「わかってるよ。それがシーの役目だし」


 右手を高く振り上げると、ヘビのように伸びてきた。


 うわっ、なに!?


 頭を強くつかまれる。すぐに全身のちからが抜けて、意識が上へと浮き上がる。


〈助け……て……〉


 声にならない声が出た。桃川さんの頭が見えて、すぐにこっちに振り向いた。


「動けるわ! あいつは退治されるのね!」


「よかった、アユ。ジャマ者はもうじきいなくなる」


 ピリッと痛みが走ったと思えば、後ろのほうへと引かれていく。


 まるで吸いこまれるように。


 行き先はパペットの足もとだ。黒い穴へと入る直前、最悪の光景を見てしまった。


 桃川さんとりょーにゃんが抱きあい、なんとキスをしちゃったの!


 あたしなんて愛してないって、ハッキリわかってしまったんだ…………。


「よい夢を」


 最後にあの子の声が聞こえて、あたしは闇に閉ざされた。


 もう、どうでもよくなった。


 愛なんて――。

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