小指をからめて(六)

 後半戦。白森と黒海は同得点。1対1。


 どちらもゴールが決まらずに、得点板は動かない。


 ところが倉石がパスカットして、サッカーボールが足もとに。


 豪快なドリブルで抜けていく。左サイドにやってきた。


 わたしの守っている場所へ。抜かせない!


 倉石の足が止まっていく。


 いよいよだ、――と言うように、真剣な目つきで見つめあう。


 闘争本能をむき出しに。これが男という生き物。


 わたしだって負けず嫌い。倉石にかならず勝ってやる!


 そのためには、動きを読む! 瞬発力では劣るから、前もって予想を立てておく。


 右なのか。左なのか。パスを出すか。出さないか。


 人が集まりはじめている。瞬間の、判断を。


 ――右!


 頭の中でさけんで、勝手に動き出している。


 読みは、たしかに当たっている。


 倉石の軸が右にブレた。


 ボールは奪えるはずだった。


 それなのに、この違和感。


 わたしの手足がチグハグだ。――こうじゃない。この動き。


 前にわたしがケガさせた――!!


 今回はわたしの意思じゃないっ!


 やめてっ、またっ、あんなことっっっ!


〈白い右手! 早く止めてぇぇ――――っっ!〉


 左足を蹴ろうとする。


 このままだと、倉石が。彼と交わした約束が。


「のっとり魔よ、退散せよ」


 わたしのカラダは転げ落ちる。芝生へと。


 倉石も同時に倒れていく。間にあって、いなかった……。


 空中に浮かんだ白い右手は、人魂をつかんで引っこんだ。まるでヘビか龍のよう。あのフシギな女の子も、この先にきっといるだろう。


 割れるような悲鳴が飛ぶ。


 でも、倉石の悲鳴じゃない。外野から。


 わたしに対する非難だった。


「やっぱりだ! あの女!」


「なにが正々堂々だ! ウソつきめ!」


 ちがう、わたしはやっていない。


 のっとりを、されたんだ。


 見てたでしょ。白い右手が飛んでたの。


 そうやって言い訳したいけど、聞く耳なんか持ってくれない……。


 ヤったのは、このカラダ。わたし自身。


 その事実に変わりはなくて……。


「ハヤカは損をするタイプだ。これが事実なワケがねえ」


 倉石はわたしの手を持った。握りしめて、立ち上がる。


 えっ、足は? 立ててるの?


「ごらんのとおり、おれは無事だ。ハヤカが転んだおかげでな」


「ごめん、のっとりされていて」


 倉石にだけはちゃんと言える。誤解されたらイヤだから。


「おれにも右手が見えてたぜ。ハヤカから生霊をはがしてた」


「怖かった……。わたしのせいで倉石がサッカーできなくなってたら……」


 大粒の涙を流しながら、フィールドの外へと出ようとする。


 今回は運よく助かったけど、もし間にあっていなかったら……。


 最悪なことになってたら……。


 そう考えると怖くって、両足が震えてしまうんだ。


 きっとサッカーの神さまが「やめなさい」って言っている。


 倉石がサッカーをするために。わたしがいると、傷つける。


 もともと素質なんてないし。みんなからブーイング受けてるし。


 白線を越えてベンチに向かうと、倉石が走って立ちはだかる。


 わたしをフィールドへ押し戻す。


「ハヤカ! サッカーやめるなよ! あんたがやめちまうなんて、おれは絶対にヤダからな!」


 倉石は強引にわたしの小指を、自分の小指とからませる。


 なんて力強い指。


「約束だ! 世界一のディフェンダーになるんだろ! その夢、おれが守るから。だからハヤカは叶えろよ!」


 倉石はわたしを引き寄せて、硬いひたいを突きあわせる。


 のっとりなんかしなくても、倉石の意思が流れてくる。


 あったかい。こんなにも思ってくれている。


 倉石にそこまで言われたら、サッカーやめられないじゃない。


「ゆーびきーった! 見ていろよっ」


 小指を太陽に透かしながら、フィールドへと歩き出す。


 さあ、試合の再開だ!






  ―*◇*◇*◇*―






「よい夢を」


 チッ、急所をはずしたか。


 のっとりしてやったのに。この田賀徳郎が。


 どこまでも使えない女だ。『白い右手』を呼びやがって。


 ワタシの意識はライオンのパペットへと吸いこまれ――。




 なっ、なんだ、この場所は!?


 広い和室。まわりにはなぜか武士ばかり。


 ワタシは羽織りと袴を着て、正座で座らされている。


「田賀徳郎。観念しろ。暗殺の指示は見抜いてる。おハヤを刺客に使ったな?」


 倉石に似た若い男子が、刀の切っ先を突きつける。


 その男子のとなりには、忍び装束の女子がいる。江藤ハヤカに似ているな……。


 男子は刀を放り投げる。ワタシの前――。


「自害せよ。さすれば男としての名誉をあんたは保てることだろう」


「なっ、自分で腹を切れと!?」


「そのとおり。男なら」


 ぐっ……、ワタシは死にたくない。なぜ死なねばならぬのだ。


 ヤろうとしたのは、あの女。実行犯。


「忍びの女はどうなるのだ! あいつこそ、おまえに刃を向けたんだろう!?」


「おれはおなごに手は出せん。それに、惚れているのでな」


「倉石さま……。わたしもです」


 いつの間にそんな関係に!? なにかあるとは思ってたが……。スパイだったか、女狐め。


「田賀徳郎。自害して罪をわびたまえ」


 倉石がまた命令した。


 武士たちがワタシを取り押さえ、刀を強引に手に持たせる。


 いっ、イヤだ。死にたくなああああいっっっ!






                          ――小指をからめて(終わり)

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