迷惑ゲーム(五)

 真桜ちゃんのようすがおかしかった。


 せりなの姿をしたわたし・依は、最後列の席にいる。


 朝のホームルームがはじまったときに、真桜ちゃんは手を上げたのだ。


 話したいことがある、と言って。


 担任の先生におじぎをして、黒板の前へと立っていく。


「私は今朝、ワンちゃんにひどいことしました。飼い主さんに見つかる前に、あわてて逃げてしまいました。だから、この場で告白します。きびしい処罰をお願いします」


 どよめいた――。いつもの真桜ちゃんらしくない。


 こんな告白するなんて……。真桜ちゃんだったらバレるまで黙って、シラをきっちゃう性格だ。バレたときに「ごめんなさぁーい」って、反省しているフリをして。


〈どういう心変わりなの!? あんな態度をとるなんて〉


 せりなも戸惑っているようだ。今の真桜ちゃんは別人みたいに、決意に満ちた目をしてる。


 ――あっ、そういうことなのか!


 せりなをのっとりしているように、真桜ちゃんのカラダも別のだれかが入っている!


 真桜ちゃんはのっとりされている!


 ……でも、だれが?


 ホームルームに来ていない生徒は、わたし・依と、トロスギだけ。


 そういえば依のカラダって、病院に運ばれたんだっけ。いつまで経っても目が覚めないから、入院することになったとか。昨晩、連絡網を通じて、せりなの親から知らされた。依がにいるってことに、だーれも気づいていなくてさ、笑いそうになっちゃった。


 依の魂はせりなの中で、わたしがのっとりしてるから――――真桜ちゃんのカラダの中にいるのは、トロスギってことだよねっ!?


 ゲッ、マジか。あのトロスギ。真桜ちゃんの中身がトロスギか。


 ウソでしょ!? あなたがそんなことをしたら、正しさがくずれてしまうじゃない。


 クラスメイトは顔をくもらせ、失望したようにタメ息だ。


 みんなの心が真桜ちゃんから離れちゃうっ。


 トロスギの言葉を止めなくちゃ!


 そうだっ、パペットの女の子! あの子はのっとりのお祓い師!


 ――「のっとりを見かけたら、『白い右手』を呼びなさい」


 言っていることが本当なら、呼べば来てくれるはず!


「『白い右手』よ、あの生霊を祓うのよ!」


 わたしはつい大声を出して、真桜ちゃんに指を突きつける。――正確には、トロスギに。あいつがのっとりしてるなら。


 引き戸はすぐに開かれる。


 やっぱり来た!


「呼んだかな?」


 ライオンのパペットをパクパクさせて、女の子は入ってきた。


「がおんっ、がおんっ」


 張りつめた空気を切り裂くように、堂々と真桜ちゃんに近づいた。


 先生や生徒たちが「なにごとだ?」って顔してる。


 少女はまるで気にしない。


「キミのいちばんの目的は、そっちのほうではないだろう?」


「えっ、あっ。…………そうでした。だけど許したらダメなんです。今は、私しかできないから」


〈まさか、彼女……!〉


 はっ? トロスギの分際で、エラそうなクチを聞くんじゃねえ。


 真桜ちゃんをとっとと返しやがれ!


 少女はパペットを取り外す。


「見過ごすワケにはいかないかな。悪いけど」


 白い右手があらわになる。死体のような不気味な手。


 真桜ちゃんの頭をつかみ上げて、光の球体を引っこ抜く。たぶん、あれが霊魂だ。お祓いを見るのははじめてだ……。


「のっとり魔よ、退散せよ」


 右手は霊魂をつかんだまま、パペットの中へと入りこむ。


 真桜ちゃんのカラダがくずれ落ちる。糸の切れた人形のように、うつぶせになって動かない。


「真桜ちゃん!」


「ううんっ……」


 返事がある。頭を振って起き上がる。よかったあ、無事だった。


「見ていたよぉ……。が呼んでくれたのね。ありがとうぉー」


「わたしはせりななんかじゃない! 依だから!」


 自分で言って、口をつぐむ。わたし、なんでそんなことを!?


 真桜ちゃんが無事に戻ったら、わたしはどうだっていいじゃない。


 ……感謝なんかされなくても。ただの『取り巻きC』なのに。


〈そう、あなたは依なのよ。萩野依。あたしとはちがう人間よ。のっとりしたって、あなたは苦しむだけだから〉


「うるさいなっ! 健康なカラダがほしいのよ! 保健室に行くだけで、なんでとがめられるのよ!」


〈あたしはとがめることはしない! 事情は人それぞれだし、わかってあげればいいじゃない!〉


「そんなのただの甘えだよ! 真桜ちゃんはそれを許さない。わたしはついていきたいんだ!」


「――めちゃくちゃだなあ。生霊さん」


 白い右手の女の子が、あきれたようににらんでいる。


 口角がわずかにつり上がる。


 えっ、わたしもターゲット――!?


 白い右手が伸びてくる。ヘビのように。


 最後列に座ってたわたしに、すばやく襲いかかってくる!


 頭をガシッとつかまれる。


 イヤだ、依に戻りたくない。真桜ちゃんの手作りケーキとか、いっぱい食べたかったのに……。


「のっとり魔よ、退散せよ」


 ピリッと痛みがほとばしる。魂が離れる感覚だ。ああっ、せりなが遠くなる。パペットの中へと吸いこまれる!


「よい夢を」


 最後に少女は言い残す。


 わたしは闇へと飲みこまれ――。






  ―*◇*◇*◇*―






「シーの仕事はこれでおしまい。のっとり魔は、二体いた」


「さて、夢から覚めるかな? 楽しみだ。クックック」


「がおおんっ、がおっ」


「え? いつも荒っぽい? そう言わないでよ、ウツロさま」


「のっとりの生霊を引きはがすのって、シールに似たモノなんだ。はがそうとしても、アトがつく。魂に」


「それが霊障を引き起こす。悪夢や幻覚を見てしまう」


「だけど自力で治せるから、心配しなくていいけどね」


「がおおおをんっ」


「治せるなら」

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