迷惑ゲーム(六)
パッと周りが明るくなる。
「依ちゃぁーん!」
だれかがわたしを呼んでいる。知らない声。
前を向けば、無数の両目が暗闇にまぎれて見つめている。
明るい場所はわたしだけ。照明からの強い光。
わたしの立っている場所だけが、みんなよりもひときわ高い。
――えっ、なに、このカッコウ。
ラメの入ったドレスを着て、手にはマイクを持っている。
まるでアイドルみたいじゃない。今から歌うような空気。
そう、ここはステージだ。
じょうだんじゃないっ! アイドルなんて似合わない。ここに立てるような人は、真桜ちゃんみたいにカリスマ性のある人だけ。
わたしなんかが歌っても、シラケて恥をかくだけだ。
『集まってくれてありがとぉー! ルールの説明するからねっ』
うぇえ!? 天から声がする。真桜ちゃんだ。
ルールの説明、……って、もしかしてこれも真桜ちゃんの……。
『依がこれから歌うので、「推せる!」と思ったらハートのうちわを上げてくださぁーい。百枚でゲームはクリアでぇーす! ただし集まらなかったら――これはあとでのお楽しみっ』
いきなりイントロが流れてきた。
心の準備ができてない!
ストップ、やめてっ!
うちわ百枚なんてムリ!
ゲームをクリアしなかったら、いったいなにが起こるのよ!
――んっ、なんか灯油くさい……っ。
ここで火を起こしたら…………。
イヤ。わたし、死にたくない!
……うっ、おなかが。
―*◇*◇*◇*―
「返してよーっ!」
私・朋笑は運動場で走っている。片方のクツがないままに。
しょうがないよ。これはゲームなんだから。また真桜ちゃんが考えた。
だいたいのルールは鬼ごっこだけど、人間役が鬼役のクツを持っている。片方だけ。バスケでパスを回すように、人間たちは投げあってる。
ひとりでもつかまえることができれば、クツを返してくれるけど、私は「トロスギ」のあだ名のとおり、足だって遅かった。
だれもつかまえることができない。左足が痛かった。
「やいっ、トロスギ!」
罵声が飛ぶ。その人には顔がない。四年一組のほとんどの生徒は、顔が消えてしまっている。……私の視力が落ちたせい……?
目をこすりながら向かっていくと、逃げるようにかわされる。クツだって遠くに投げられる。
またパスだ。
ところが男子を通りすぎて、その後ろの鉄棒へ。遊んでいた下級生の頭にクツが当たってしまう。
下級生は鉄棒から落ちて、すごい勢いで泣きだした。
受けそこなった顔のない男子は、クツを拾ってソワソワする。あやまろうか、無視をしようか、迷っているみたいだった。
どちらを優先するかなんて、わかりきってるはずなのに。
――とにかく、あの子を保健室へ!
心配になって近づくと。
「ほらっ、逃げてぇー! タッチされたら終わりだよぉー!」
真桜ちゃんの声にビクッとなって、男子があわてて駆けだした。
……ウソっ、でしょ?
ゲームのほうが大事なんて。
私がぼうぜんとしていると、下級生の友だちが来て、保健室へと連れていった。
泣き声が遠くなっていく。
私にできることなんて――。
「ごめんねっ! こんなことはやめさせる!」
せりなちゃんが、あやまった。よく通った声だった。
せりなちゃんの顔は見える。いつもまっすぐな目をしていて、私があこがれていた人だ。
――そう、私にもできたはず。大声であやまることくらい。
くやしかった。腹が立った。
いくじのない自分に、だ。
とっさに言葉が出てこなくて、こんな場面でもトロスギだ。
クラスメイトたちにも緊張が走り、うっすらと顔を浮かばせる。
だけどまた、
「あやまろうと思ったのにぃー。せりなっていっっつも、いい子ちゃんアピールしてるよねぇー」
甘ったるくてトゲのある態度が、生徒たちの顔を消す。
あやまろうと思ったって? 真桜ちゃんにそんな気ないくせに。
「抜けがけだねー」
「せりなずるい」
取り巻きのAさんとBさんが、口々に文句を言いとばす。
彼女たちにも顔がない。たぶん玲美ちゃんと琴葉ちゃん。
取り巻きCの依ちゃん(たぶん)は、もうつかまってしばられてる。
せりなちゃんも私と同じ鬼役で、クツを取り返したばかりだった。
表情は暗かった。
だって責められ続けている。
せりなちゃんの行動は、あたりまえのことなのに。
だけどその、『あたりまえ』を私はいつもできてない。
きっと私の顔だって、みんなみたいにのっぺらぼう。
それじゃダメ。やらなくちゃ。
でも私はトロスギで――――。
「今からでも間にあうから。走れるようにとってくるよ」
せりなちゃんは振りきるように、ジャンプしてクツを奪い返す。
私のクツ。投げてくれた。
左足へとしっかりはく。
ありがとう。決まったよ。
「せりなちゃん。私、行く! このゲームはやめるから!」
「だったらあたしもついてくよ!」
二人で走ろうとしたときに、私はふと振り返る。
「――みんなはどう? まだやりたい?」
四年一組へ問いかける。
私はふたたび前を向いた。走り出す。
となりにはせりなちゃんがいる。ニッと笑いかけてくる。
安心したような、うれしいような、くすぐったくなるほほえみだ。
いっしょに校舎へ入っていく。すると、足音が聞こえてきた。後ろから。
「おれも行く!」
「あやまりたいっ!」
「迷惑ばっかりかけてるよね」
「楽しいのもいいけどさっ、ジョーシキはちゃんと守らなきゃ」
「ゲームやめる」
「抜ーけたっ!」
みんなが大きく近づいた。顔が、はっきり見えてくる。
玲美ちゃんと、琴葉ちゃんも。
真桜ちゃんから離れていく。
「待ちなさぁーい! なんでみんなやめちゃうのっ!」
止めようとしている真桜ちゃんを、二人はすまして突きとばす。
「「だって真桜ちゃんの遊びって、心から楽しめないんだもん」」
保健室へと向かっていく。みんながあとからついていく。
ドアにシールを発見した。『魔』って文字が書かれてる。
「これ、なに?」
「現実へのトビラかな。朋笑、勇気を出してみて」
せりなちゃんは背中を押す。
……ああっ、これって夢だった。
でも、平気。今の私ならきっと――。
シールを思いっきり引きはがす。
空間がぐにゃりとゆがんだあとに、せりなちゃんが抱きついた。
「朋笑!」
ここは、保健室。私はベッドの上だった。
「ありがとう。せりなちゃん」
やっと言えた。私のいちばんの目的を、ようやく果たせたときだった。
――迷惑ゲーム(終わり)
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