ダブルキャスト(四)
「茜座恋音は夢を見つけてきたようだ。期待の新人俳優だね」
「がをおおおんっ」
「ウツロさまも楽しみって?」
「がおっ、がおっ」
「ああ……例の映画のこと。そろそろオーディションの時期か」
「あれってシーの体験談がもとになってるんだよね」
「『イチジャマ島』……なつかしいね。五十年くらい前だったか……。沖縄返還があった直後」
「あのころのシーは呪いのチカラで、人を痛めつけてたな。母上に命令されるままに。家業として」
「あるとき呪いが失敗して、シーは命を落としたんだ。だけど〈声〉が聞こえてきて、その人とシーは約束した。……ある『約束』」
「そうしたらシーはよみがえった。右手は死体のままだけど、お祓いのチカラを手に入れた。邪と魔を退治するチカラ。今までの呪いのチカラでなく」
「がおー、がおんっ」
「ウツロさまもそのときに、あの人から授かった。こうしてシーは呪いを起こす巫女たちを退治していった」
「そのお話が『イチジャマ島』。『イチジャマ』って沖縄の言葉で『生霊』のことをさしている。――つまり『のっとり魔』の元祖」
「どういうわけかここ最近、巫女のチカラが広がってる。まるで感染するように」
「フツウの人が『のっとり』するのは、チカラに感染したためだ」
「『白い右手』なら治療できる。呪いのチカラを打ち消せる。ウツロさまといっしょなら」
「がおおおおをーんっ」
「くくっ、それとは別として。悪用をした人間をシーは許すつもりはない」
「キミたちは地獄に堕ちるべき」
「さあ、次は」
「だれになる――――?」
―*◇*◇*◇*―
恋音さんが事務所に来てから、二ヶ月ほどが経とうとした。
「わたし、これに出てみたい! 『イチジャマ島』のオーディション!」
トビラを勢いよく開けて、告知ポスターを見せつける。
私・まちるはまゆをしかめて、紅茶カップを飲み干した。
――うっとうしいっ。瞳をキラキラさせちゃって。
私は今、不機嫌だ。
決まりかけてたヒロインの役を、他の子に奪われてしまったんだ。……とつぜんキャンセルが入ってさ。塩田さんに問いつめたら、「監督がその子を気に入って、そっちに決まってしまった」って。ムカッつく。なんなのよ。原作の漫画は大ヒット作で、巻き返すチャンスだったのに。
「どうしたの? まちるちゃん?」
となりの席のソファに座って、私の顔をのぞきこむ。
「なっ、なんでもないですわ!」
直視できずに横を向く。心配なんて無用だからっ。
私は恋音さんとはちがって、天才売れっ子俳優よ。
……最近は、仕事が減ってきてるけど。『破天姫』もぜんぶ撮影終わったし。
「それよりなに? その紙は」
「『イチジャマ島』のオーディションだよ。この監督のファンだから、受けてみたいって思ったの! 内容もおもしろそう!」
「へぇ、ホラー映画ねえ……」
沖縄の小さな島を舞台にした話らしい。ホラーっぽく見せるために、ポスターの色がくすんでる。せっかくのきれいな海の写真も、これだと台無しになっちゃうな。……たぶん、意図的だろうけれど。
ポスターの監督の名前を見て、ニヤリと口角を上げていく。だれもが知ってる有名な人で、ヒット作を生んでいる。
――これはチャンスかもしれない。
「塩田、ただいま戻りましたっ!」
マネージャーが帰ってきた。用事を済ませてきたらしい。
「恋音ちゃん、こんにちは! それって『イチジャマ島』ですよね。やってみたい?」
「はいっ、もちろん!」
「私もやる!」
オーディションへと立候補。ぜったいに合格してみせる!
売れるため。私は俳優を続けたい。昔は「天才」と言われてきたけど、今だって私は天才だ。経験だって積んでいる。
恋音さんには悪いけど、負けてたまるものですか。
「まちるちゃんも受けるのかあ……。ライバル同士になっちゃうね」
恋音さんは緊張しつつも、楽しそうな顔してる。「ライバル」ね……。新人のくせになめられたわ。出番が多くなったからって、業界は甘くないんだから。
……才能はまあ……認めるけど。私ほどじゃないけれど。
塩田さんは私を見て、安心したようにうなずいた。
「わかりました。オーディションの手続きします。ふたりとも、がんばって!」
「はいっ、ありがとうございます!」
「主役を射止めて見せますわ。実力で」
このときの私は強気だった。まだ自信があったほうだ。
オーディション会場に着くまでは……。
一次試験……二次試験……。なんとか合格できたけど、他の子のアピールを目にするたびに、ふくらんだ自信が小さくなる。
だって私よりかわいくて、魅力のある子たちばかり。
ううんっ、それより恋音さんだ。特技なんてほとんどないのに、『演技したい!』って気持ちだけで、ここまで勝ち上がっている。まさかの二次試験では、五分間の自己PRで、
『リビングのテレビで破天姫を視聴している自分』
を演技した。意外にも声に出さないで、すごく真剣な表情で、クライマックスで泣いてたり。感情がドラマの中にあって、審査員を驚かせた。
ドラマを見終わった演技をしたあと、お母さんらしい人物を審査員と重ね合わせて、恋音さんは言ったんだ。
――「わたし、俳優をやってみたい! 心を動かす演技したいっ!」
まぶしかった。ダイヤモンドの原石のような純粋でキラキラした笑顔。
審査員席の監督の目つきが、フッとやわらかく変わったんだ――。
私には向けられない瞳。
次で私は落ちるだろうと、確信してしまっていた。
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