ダブルキャスト(五)
二十分間の休憩とともに、台本を渡された。
最終試験の内容は、グループで演技をすることだ。
私の役は『依頼人』。ヒロインの『巫女』に、呪いを依頼するシーン。ほかにも『母親』役がある。この三人で演技する。
最終試験で当てられた役が、正式に決まる場合もあれば、別の役の場合もある。だから私は気にしない。『依頼人』でも合格すれば、ヒロインの『巫女』にもなれるから。
まずは同じグループの子たちと役作りを相談しよう。その上で自分の演技を見せつけ、この子たちを出し抜くんだ。
さいわい順番は最後だし。私は第三グループだ。
……恋音さんは第一グループ。控え室のすみっこで、ペコペコと頭を下げている。
「『巫女』役の茜座恋音です! がんばろうねっ!」
「う、うん……っ、よろしくね」
最終試験前だっていうのに、恋音さんは元気いっぱい。なんて余裕。緊張どころか、うれしそうに見える顔。
しかも主役の『巫女』役だ。有利よね? 監督のイメージとピッタリあえば、そのまま決定しちゃうんだ。伸びしろだってあるんだから。
――いつからか、私はあの子を意識するようになっていた。
追いかけられたウサギのように、背後の足音におびえている。
そんなバカな、って強がっても、あの子から目を離せない。
どんな演技をするんだろう? どんな表情を見せるんだろう?
……ワクワクしている自分に嫌気がさしてくる。
あの子に勝たなきゃいけないのに。
いちばんは、私なの。
やらせてたまるものですか。
オーディションに合格して、ヒロインは私がやるんだから。
気合いをいっぱつ決めましょう。
「顔をちょっと洗ってくるわ」
同じグループの子たちに言って、控え室から出ていった。
お手洗いで顔を洗い、化粧直しをしてる途中……。
急激な眠気に襲われて、私は意識をうしなった…………。
……………………。
「殺したい人がいるんです! どうか、呪いをかけてください!」
――あっ、『依頼人』のセリフ。私が言うべき言葉だった。
「よろしいでしょう。
これは『母親』役のセリフ。
たしか、このあとに続くのは――。
「〈……やりたくない。だれかを呪いで傷つけるなんて、そんなのは、まちがってる!〉」
口をついて出たセリフが、声なき〈声〉と重なった。
「おだまりなさい!」
見たことのある女の子が、私のほおをなぐったフリ。
恋音さんと同じグループの子たちだった。――『母親』も『依頼人』も。
今度は逆。私のほうが恋音さんをのっとりしたみたいだった。
……つまり、この子をあやつれる。
ヘタクソな演技を見せてしまえば、恋音さんは不合格。
私を超えることもなく。
そう、私は天才子役の先輩としてのプライドがある。
私は急病でリタイアで、恋音さんは落ちればいい。
だってかなわないんだもの。本当の天才は私じゃなく、きっとあの子なんだから。
それを認めてしまったら、私の立場がなくなるの。
今までの努力と経験がムダになってしまうのよ。
新人なんかにやらせない。あなたはここでリタイアよ。
……だけどもし、恋音さんが『白い右手』を呼びだしたら……。
私を祓おうとするのなら……。
「いい感じになってるね! もう一度セリフ合わせしよっ」
「うん、やろう!」
グループの子たちが話しかける。
私は不安を打ち消すように、首を大きく縦に振る。
恋音さんの〈声〉が聞こえてこないけど、『のっとり』に気づいてない……?
やることは演技の練習だし、このまま審査へ持ちこめば……。
「〈……やりたくない。だれかを呪いで傷つけるなんて、そんなのは、まちがってる!〉」
セリフだけは、頭の中に響きわたる。
役づくりに集中しすぎて、本来の自分を忘れてる?
そんなバカな。ありえない。
「沙季まちるちゃん、見なかった? 戻ってきてないんだけど」
あっ、第三グループの子。私がここにいないから、気になりだしているんだわ。
ドアが開いて、もう一人の子が入ってくる。
「お手洗いにもいなかったよ! いったいどこに行ったんだろう?」
――えっ? 私のカラダがない?
のっとりする前は鏡に向かって、化粧直しをしてたはず……。
そこで倒れたはずなのに、どうして消えてしまったんだ?
だれかが私を見つけだして、医務室へと運んだとか?
第一グループの子たちはみんな首を横に振っている。
私も同じように振る。のっとりのことがバレないためにも、合わせたほうがいいだろう。
「いないってことは逃げたんじゃなーい?」
別の声。第二グループの女子たちだ。イジワルな目つきで笑ってる。
……ふんっ。好きに言っちゃって。
「まちるって最近、落ち目でしょ? 不合格が怖くなったんじゃないのかなァ?」
〈そんなことない!〉
頭の中に響きわたる。
――恋音さん?
〈まちるちゃんは戻ってくる! ライバルであこがれなんだからっ!〉
そんなところで叫んでも、私にしか聞こえないよ……。
私がのっとりしてるのに、どうしてそう言いきれるの。
おとしめようとしてるのに……。
「さがしてくる!」
言いわけをして、控え室から出ていった。
泣きそうになった自分がいた。
……ああ、私はおしまいだな。さすがにのっとりに気づいたよね。
そうよ、私は怖いのよ。
逃げている。卑怯なことをしちゃってさ。
お手洗いに行ってみたけど、まちるのカラダはどこにもない。
戻ったところでリタイアね。
そろそろ引き際かもしれない。
「呼びなさいな。お祓い師を。私はただの悪霊よ」
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