ダブルキャスト(六)

 沙季まちるの時代はもう、終わったのだと実感した。


 五歳から演技をしてきたけど、もてはやされることもなくなり、みんな見向きもしなくなった。


 他の子にうもれるようになった。


 その中でも、恋音さんはひときわ大きく輝いてた。私よりも。


 ダイヤの原石を見つけたみたいで、うれしい気持ちもあったんだ。


 この子の活躍を見たいって。


 でも、私は自分自身をみがかないとダメだった。


 私も活躍したかった。今だってやれると知らしめないと、この業界にはいられない。


 なまやさしい世界じゃない。


「私はのっとりしてるのよ。不合格にさせるために。あなたの才能が憎いから」


 さあ、『白い右手』を呼べ。そうすればあなたは自由になれる。


 腕時計を確認すると、残り三分で最終試験。


 まごついている時間はないわ。


 あなたは私をはがすよね? ヒロイン役はほしいよね?


〈……まちるちゃん。どこ行ったの?〉


「は? 私がまちるなのよ。あなたのカラダの、のっとり魔よ」


〈そうだよね……。だったらわたしは呼ばないよ。ここにいないと試験できない〉


 ――えっ? なにを言ってるの?


〈だって、『のっとり』って芸能界ではよく知られていることなんでしょ。たとえわたしが合格しても、演技をしたのがまちるちゃんなら、正直に言えばいいかなって……。わたしがこの業界に入ったときみたいにねっ〉


 恋音さんは責めるどころか、私を助けようとした。


 のっとりのことを告白すれば、審査員だって納得する。恋音さんの合格はなくなり、代わりに私が合格へ……。


 塩田マネージャーが恋音さんをスカウトしたときのように、中身の人物の演技力をこの業界は重視する。


 恋音さんはそれをわかって、なにも言わなかったんだ。


 私のために。


「なんでなのよ……」


 お手洗いの鏡の中へと問いかける。


 映っているのは、恋音さん。私がのっとりしてるのに、ほほえんでいるように見える。


「あなただって、やりたいでしょ? あんなにはしゃいでいたじゃない。好きな監督の映画だって」


 そうよ、あきらめられるはずがない。恋音さんは映画監督のファンだった。そのヒロインをやれるチャンスだったのよ。


 なんで私にゆずっちゃうの。


〈……わたしはね、まちるちゃんが好きだから。俳優としてもファンだから、ヒロインになってほしいなって。「ライバル」って言ったけど、「あこがれ」でもあるんだよ〉


 そんな理由……。今の私に恋音さんは、ファンでいてくれている。


 落ち目だと言われ続けたのに……。


〈それに、お祓い師を呼んだら、まちるちゃんは眠っちゃう……。最終試験まで時間がないから、わたしのカラダでいいかなって。だから、行ってきてほしいのっ。わたしのぶんもがんばって!〉


「最終試験をはじめます! 第一グループ入ってください」


 廊下から声が聞こえてきた。


 審査室へ向かおうとすると、第一グループの子たちがいた。


 私は戸惑いを胸にしまって、三人でドアをくぐり抜ける。


 茜座恋音さんとして。


「ようこそ最終審査へと。シーが特別審査員だよ」


 見覚えのある女の子が、審査員席へと座っている!


「がおおん、がおっ」


 ライオンのパペットを動かした。


 私を見て、笑っている。


 他の審査員たちは、興味深そうに見守ってる。


 そういえばこの『イチジャマ島』って、設定が『のっとり』に似てるっけ。


 ……ああ、そういうことなのね。ちょうどいいわ。


「『白い右手』さん。私の正体、見えてるでしょ。さあ、祓って」


「いいのかい? キミは悪夢を見るけれど」


「かまわないわ。私はこの子のファンだから。恋音さんがするべきよ」


〈まちるちゃん!〉


 もう覚悟は決まったわ。これでいいの。


 部屋中の注目を集めながら、私はくちびるを噛みしめる。


 映画監督の審査員が目つきを鋭く細めていく。


 きっと軽蔑してるんだわ。ジャマをしようとしてたから。


 私って、最低よね。……仕事も来なくなるはずだわ。


「さようなら」


「はじめるよ」


 女の子はパペットを外して、白い右手をあらわにする。


 とたんに私の頭をつかんで、意識だけが引っぱられる。


〈うああっ!〉


 痛い。これが離れる感覚だ。


 つかまれたまま、パペットの中へと吸いこまれ――。


「よい夢を」


「まちるちゃんっ!」


 恋音さんが私のほうへ、手を伸ばす姿が映りこむ。


 意識はそこで途切れていく。




 周りからさんざん言われてきた。


「昔はすごい子だったのにねぇ」


 幼いころのかがやきは、すでにうしないつつあった。


 成長したら愛らしさも消え、私はただの役者になる。『天才』ではなくなった。


 同世代で才能のある子は、ほかにもいっぱい見つけられる。


 たとえばそう、恋音さん。


 私がうしなったかがやきを、あの子は身にまとっていた。


 最初に私にのっとりしたとき、あの子の演技を感じたんだ。


 すごいって。それに、とっても楽しそう。


 もっと見たくなったから、あんなことを言っちゃった。


 ――〈そのままあなたがやりなさいな〉


『破天姫』の『果歩』役をゆずったのも同然だ。


 私がやらなきゃいけないのに、あきらめてしまったんだ。


 あの日の前日は調子が悪くて、何回も撮り直しされていた。


 監督からも「そうじゃない」って、怒られてばっかりいたのよね。


 そんなときに、のっとりされて、あの子の才能を見せられて。


 ワクワクした気持ちと同時に、嫉妬だってあったのよ。


「茜座恋音さん、おめでとう! ヒロイン役に決まりました!」


 ステージに拍手がわき起こる。『イチジャマ島』のオーディションに合格してみせたのね。


 私はイスに座っている。なぜか鎖でしばられてる。


 ――え? これってなんなのよ。


 映画監督が目の前に来て、スタンガンを近づけた。


「沙季まちる。のっとりで不正をしようとしたね。これは罰だ」


「ええ、やりなさい」


 私は才能をつぶそうとした。罰を受けてあたりまえ。


 息を吸って腹をくくると、


「やめてっ! まちるちゃんは友だちだよ!」


 恋音さんがステージを降りて、スタンガンを蹴飛ばした。


 とたんに鎖が砕け散って、私の手をつかみ取る。瞳に涙をにじませる。


「まちるちゃんはまだやれるよ! いつかふたりで共演して、メインキャストをやるんだから! それがわたしの夢だから!」


『魔』って文字のシールを持たせて、恋音さんは抱きしめる。


 ……そうね、ふたりでやりたいわね。


 こんなすごい子といっしょに演技ができたなら。


 ふふっ、おもしろくなりそうね。


 新しい夢ができちゃった。


「這い上がってみせるわよ。待ってなさい」


 シールをはがすと空間がゆがんで、私は夢から覚めていく。


 小さな部屋。お手洗いではなさそうだ。


 そういえば、私のカラダはどこへ行ってしまったのか。


「オーディションをはじめようか。キミは受けてなかったよね?」


 パペットを持った女の子が、私のほうへと歩いてきた。


 この子は特別審査員だ。『イチジャマ島』の関係者。


「キミにピッタリな役があるけど、ねえ、挑戦してみない?」


「がおーん、がおがお、がおおをーんっ」


 私は強くうなずいた。



                          ――ダブルキャスト(終わり)

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のっとり魔 皆かしこ @kanika

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