迷惑ゲーム(三)
足を止めて、廊下の壁に身をひそめる。真桜ちゃんたちはこの奥だ。
わたしが話題にあがっている。いったいなんの話だろう。
「掃除をやりたくないからって、ひとりだけサボっちゃうなんてぇー。依って、都合が悪いときは保健室にすぐ行くねぇー」
「しかも今回は黙ってでしょ。信じられない」
「友だちだったら、ひと声かけてから行くもんでしょ。フツウはね」
「もしかしてぇー。友だちだって思われてない? あははっ、ヤダぁー」
「え? 真桜ちゃん、泣かないでよっ」
「依ひどい」
「依のせい」
なんでわたしが悪者に……。保健室くらい、行ったって別にいいじゃない。本当におなかが痛かったし。
わたしは真桜ちゃんを友だちだと、思っているはずなのに……。
胃腸が弱いのは体質だよ。じょうぶなカラダになりたかった。
今まで真桜ちゃんにつきあわされて、何回も吐くのをガマンした。手作りケーキのときもそう。
今日だってゲームをやるために、給食を早食いしたんだから。本当はもっとよく噛んで、じっくりと時間をかけたかった。
ずっとムリして、あわせてきた。真桜ちゃんと四年一組のため。
わたしは争いごとがキライ。変なヤツだと見られたくない。
だからずっと輪の中に入って、真桜ちゃんの言うことを聞いてきた。そのほうが平和だったから。
でも、わたしは保健室に行って、輪の中からはずれちゃって……。
おなかが痛くなったのは、どうしようもないことで……。
そもそも早食いしなければ……。
早食いしたのは企画のせいで、参加しなくちゃならなくて……。
「そんなのムリ……。どうしたら……」
〈わかったでしょ。あなたの都合は真桜は考えていないのよ。萩野依〉
せりなに名前を呼ばれてしまい、なんだか泣きたくなってきた。
――自分のカラダのふがいなさに。
「うっ……くふっ」
だいじょうぶ。依なんかどうでもいいんだから。
今のわたしは糸井せりな。生まれ変わってしまえばいい。
このカラダなら胃腸を気にせず、真桜ちゃんについていけるよね。
友だちにだって、なれるよね。
「まーおーちゃんっ」
教室へと入っていく。机はきれいに並べられてて、掃除はほぼ終わってる。すみほうで、トロスギがチリトリを持っているけれど。
真桜ちゃんたちがこっちを見た。ほほえんでいるけど、目はうたがう。
「掃除ならちゃんとやったけどぉー?」
「そうじゃなくて、さっきはゴメン。遊んでいるとこジャマしちゃって」
「えぇー?」
真桜ちゃん、怒っているみたい。いちおうわたしはせりなだから、あやまろうと思ったけど。
うーん、混乱しちゃうかな。依がのっとりしていることを、バラしたほうがいいのかな。
〈あなた、どういうつもりなの? 真桜にあんなことまで言われて、まだ友だちになりたいの?〉
うっさいな。黙ってよ。
真桜ちゃんの言うことは正しいよ。悪いのは依のカラダだから。
「わたし、気づいたんだよね。わたしがおとなしくしていれば、四年一組はまとまるって。だから、ジャマはもうしないよ」
「………………。用事、思い出しちゃったぁー!」
沈黙のあとにいきなりさけんで、ゴミ袋を引っつかむ。一袋しかないけれど、取り巻きの二人と廊下に出る。足早く。
……やっぱり急にはムリだったか。せりなと親しくなるのって。
まあいいや。目的は平和なんだから。今度、企画が開かれるなら、こっそり参加しちゃえばいい。混ざればいい。
そして、空気をぶち壊すヤツを、シメておけばいいんだから。
それにしてもトロスギは、まだチリトリを持ってるのか。ったく早く片づけろよ。床にはゴミが残ってるし。だからおまえはトロスギだよ。もうすぐ授業がはじまるし。
「かして。わたしがやっておく」
「せりなちゃん……」
ゴミをササッとチリトリに乗せて、床はきれいに仕上がった。
さて、捨てようと思ったけど、ゴミ箱に袋がかかっていない。ハダカだった。
このまま捨てられないよなあ……。
「トロスギ、持って帰ってくんない?」
「え?」
〈え?〉
「体操着袋かランドセルに、このゴミつめておくからさ。持って帰ってくれないかな? ほらっ、間にあっていないのが、そもそも悪いワケだしね」
真桜ちゃんが袋を捨てに行く前に、このゴミを入れればよかったのに。
トロスギがトロトロ掃除をするから、ゴミが残ってしまったんだ。
新しいゴミ袋だって、まだ用意がされてない。
授業までも時間がない。
だったらトロスギの責任として、持ち帰るのがいちばんだ。
「えっ、あの……」
〈依、やめて!〉
体操着袋にザッと入れた。とたんにトロスギは泣きだした。
「せりなちゃん……ひどいよ……っ」
〈ちがうっ、あたしはやってない!〉
せりなの〈声〉が鳴りひびく。……そうだ、わたしは依じゃない。今のすがたはせりななんだ。
つまり、わたしがやったことが、せりなのせいにされるんだ。
〈どうかしてる。あなたなんか……っ〉
せりなにはなにもできないよ。わたしがのっとりしてるんだし。
『白い右手』のあの子なら、わたしを祓えるだろうけど。
きひゃはひはっ! おーしえないっ!
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