小指をからめて(四)
「白い右手よ」
〈白い右手よ〉
わたしと倉石は覚悟した。
この呪文を唱えたら、お祓い師が来るらしい。
その人はのっとり専門で、霊魂をはがしてくれるそうだ。
ほら、体育館の裏から一人の少女があらわれた。
まだ小さい。たぶん十歳もいってない。
見た目はかわいらしいけれど、ただならぬ気配がその子にある。
ライオンのパペットのせいなのかな。おおっているのが右手だから。
「へえー。きれいな魂だ。二人とも美しい」
首を伸ばしてわたしを見る。少女の瞳に倉石の霊魂も映っているのかな。
「あんたが『白い右手』さんか。もとのカラダに移してくれ」
「そのつもり。さあ、お祓いをはじめよう」
女の子がパペットを取ると、やっぱり白い右手がある。薄ぼんやりと光っている。
右手はわたしの頭をつかんで、グイッとなにかを引っぱった。とたんにカラダが軽くなる。
「よい夢を。キミにだったら治せるよ。霊障を」
軽くにぎりしめながら、パペットの中へと手を戻す。
「倉石!」
やっと声が出た。動けるようになったみたい。叫んでも彼は返事しない。
「倉石は……戻ったの? さっき言ってた霊障って?」
そんなの聞いてないんだけど。倉石になにかあったなら。
「ああ、口がすべっちゃった。そうさ、生霊をはがそうとするとき、魂に傷がついちゃうんだ。それが霊障というヤツさ。幻覚や悪夢を引き起こすよ」
「ウソっ……、それじゃあ倉石は……」
「彼なら治せるんじゃない? キミたちには――深いきずながあるんでしょ」
そう言って少女は立ち去った。フシギな子。
……倉石、どうなっているのかなあ……。
ううん、きっとだいじょうぶ。信じてる。
霊障なんかに負けないで。あなたはさっさと足を治して、ジュニアカップに立つんだから。
わたしだって負けたくない。みんなに信頼されるような白森のメンバーになるんだから。
そのためには、話さなきゃ。わたしがやってしまったことを、チームメイトに謝ろう。
グラウンドへと歩き出す。決意を胸に秘めながら。
―*◇*◇*◇*―
「はーあ。虫が飛んでるな。うっとうしい」
ワタシは田賀徳郎だ。五十一歳。今は監督をしているが、若いころはサッカーをやってて、全国大会に行ったモンさ。
あのころの時代はよかったよ。サッカーといえば男子のモノ。なのに最近、女子が騒がれ、男子は鳴りをひそめたのさ。
許されると思うかい? 古来より戦争に参加するのは男子のみと決まっておる。ジャンヌ・ダルク許すまじ。なにが百年戦争だ。
サッカーフィールドは戦場だ。そこに女などいらない。生物学的に彼女らは、男子に劣っているのだよ。体格や、筋肉量。スタミナも、思考回路も。
大手企業を見なさいよ。最高位のCEOは男のほうが多いんだぞ。国会議員にしたってそう。わが国の総理大臣なんかは、女が就いたためしがない。現代まで。きっと未来もそうだろな。
さて、神聖なわがチームに、一点のみのにごりがある。
江藤ハヤカ、おまえだよ。ウジ虫め。
とっととやめればいいものを。この戦場に女のおまえの居場所なんてないんだよ!
……まあ、捨て駒にはしてやる。倉石逸斗をヤれたしな。
あの男さえいなくなれば、ジュニアカップの初戦はだいぶ楽になる。
ただし、チームが強くない。白森はフヌケばっかりだ。隊列は乱すし、指示は聞かない。まったく集中していない。本気じゃない。サムライじゃない。そんな覚悟で敵陣の城を落とせるか! 自陣の城を守れるか!
このチームが去年は本戦ベスト8と、誰が信じられようか。
いや、去年は卒業生がきっと強かったんだろう。決して見坂井の手腕じゃない。
――あの女。もと女子プロの選手らしいが、監督してはまだまだだ。ワタシだったら同じメンツで優勝を勝ち取っていけたがね。
ともかく今年は運が悪い。ゴミカスだらけの選手たちで勝ち進まねばならぬのだ。どんな手段を使おうが、これもわがチームのため。仕方あるまい。
それにしても、江藤ハヤカはなかなかしぶとい女だな。どんなにおまえが努力しようが、試合には決して出せんがね。生物学的に劣る女が戦力になぞなるわきゃない。
まっ、せいぜい踊るがいい。そのうちやめていくだろう。
背後から、土を踏みしめる音がした。
スニーカーが近づいた。
「がんばっているね、ハヤカちゃん。心配になって来てみたけれど、メンタルは問題なさそうね。みんなと練習しているし」
「なっ……!?」
おまえがなぜここに。
見坂井さゆり前監督! 重い病気と聞いていたが、もう治ってしまったのか!?
「田賀さん、おひさしぶりですね。よくないウワサを耳にしまして、様子を見に来ましたよ。黒海の倉石選手のケガは、チームを率いる監督のあなたの責任でもあるんですよ。ひとまず私からご両親に謝罪をしておきました。通院のついでになりますが」
「ぐっ……」
調子に乗りおって。引っこんでおればいいモノを。
チームを放ってやめたおまえに、言われる筋合いなどないわい!
「ふんっ、謝罪はしてやるさ。おまえに言われなくてもな」
「見ないうちに、人がだいぶ減りましたね。特に女子。いるのがハヤカちゃんだけか。いったいなにがありました?」
「なにもないさ。根性のないヤツがやめていった」
「ふーん……。つまり、監督にとっての『精鋭』がここにいるっていることね。みーんな能力を持っている」
「ん、まあ」
精鋭ではなくカスだらけだが、あいまいに答えていいだろう。
「もうすぐジュニアカップですね。先発はもう決まりましたか?」
「いや、まだだが」
「だったらテストをしましょうよ。全員に。ここにいる子たちは精鋭ばかりで、誰にもチャンスが来たっていい。そうでしょう? 田賀監督」
ワタシは返事をするしかない。精鋭って言葉が気持ちよかった。
――選りすぐりの選手たち。
見坂井はそう思っている。なぁーるほど。テスト、ね。
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