小指をからめて(三)

 倉石は行動が早かった。


「ハヤカ、行くぞ」


 わたしを名前のほうで呼ぶ。倉石の通う学校では、名前呼びがふつうらしい。


 そういえば応援していた人も「逸斗」って名前で呼んでたな。


 グラウンドへ向かっていく。サッカーボールを抱えながら。


「あんたの気持ちを伝えてやれ。おれが声に出すからさ」


〈うん、お願い。わたし、ちゃんと伝えたい〉


 みんなとサッカーしたいって気持ち。あんなことはもうしないと、ちゃんとチームに伝えよう。


 監督の理解は難しいけど、白森のメンバーならきっと。


 まずは草本先輩から。六年生でミッドフィルダーのキャプテンだ。


 パスしたタイミングで、声かける。思いっきり。


〈草本先輩、ごめんなさい!〉


「草本先輩、ごめんなさい!」


 倉石はこうして伝えてくれる。わたしは気がねなく叫べばいい。


 草本先輩は振り向いた。ふだんはやさしい人だけど、目つきは暗く冷たかった。


 今のわたしに対しては。


「……なんでぼくに謝ってる?」


「〈チームにドロを塗ったことです。白森FCは卑怯な手を使うようなチームじゃない。その誇りを、わたしが壊してしまったこと。だからキャプテンに謝ります〉」


「…………監督は、どうだって?」


「〈それはお話できません。わたしはキャプテンに許されたい。このチームでサッカーしたい! あんなことはもうしない!〉」


「…………わかってるよ。キミが苦労してること……」


 先輩は大きく息を吐く。監督のほうを横目で見ながら、急に小声で話しだした。


「あの人が指示をしたんだな? 倉石逸斗をケガさせて、キミのせいにするように」


 ――気づいてた!? さすが草本キャプテンだ。チームメイトをよく見てる、わたしのこともちゃんと見てる。


「監督があの人に変わってから、チームの空気が悪くなった。女子メンバーはやめていくし、キミと関わりづらくなった。前の見坂井監督は、いつ帰ってくるんだろうな……」


 病気になって、監督をやめて、もう半年が過ぎ去った。


 見坂井監督、だいじょうぶかな……。元気に戻ってきますように!


「おいっ、草本! こっち来い!」


 田賀監督が先輩を呼ぶ。……そう、いつもこのパターン。わたしが相談しようとしたら、呼びつけることでジャマをする。


「ごめん、行くよ」


 ああっ、走って行っちゃった。


 そうカンタンにはいかないか。気持ちが知れただけでもよし。他のチームメイトにも、こんな感じで接しよう。


「あんた、命令されてたのか。監督に。なぜ言わない?」


 倉石がわたしに話しかける。先輩との会話を聞いて、驚いているみたいだった。


 監督が怖いっていうのはあるけど、わたしが黙っていた理由は――。


〈やったのはわたし自身だから。命令を言い訳にしたくなくて〉


「カッコいいな。だけどあんたが損するぞ。事実は伝えたほうがいい」


〈……うん、そうだね。ありがとう〉


 倉石は心配してくれる。わたしが抱えこむ性格だって、短い時間で見抜いちゃった。


 あーあ、彼にはかなわないや。


 だけど、サッカーじゃ負けたくない。


〈ねえ、倉石。わたしもカラダを使いたい。あとは自分でなんとかする。回復したら勝負しよ!〉


「……ほんとに回復すんのかな。おれの足」


 低い声でつぶやいた。


 わたしの立ってるグラウンドには、ドリブルやパスの練習をしているチームメイトでいっぱいだ。


 倉石がカラダを借りたのも、動けないのがイヤだから。


 健康なカラダでリフティングして、不安をごまかしているのかも……。


 わたしのせい――。追い払う権利なんてない。


 ジュニアカップに出たくても、完治にはたぶん間にあわない。


 気持ちがしずんでしまってる。どうすれば……。


〈ナマイキなことを言うけれど、自分で治すのがいちばんだよ〉


 わたしが言えた義理じゃない。でも、気持ちは伝えなきゃ。


 倉石が教えてくれたから。


〈ここにいても治らないよ。倉石の足は、倉石自身で、ちゃんと見なきゃ。リハビリをいっぱいがんばれば、予定より早く治せるよ。そうすれば……〉


「ムチャ言うなっ!」


 おなかからの大きな声。


 みんながこっちに注目する。監督も。


 あわわわわっ。


 のっとりのことがバレちゃったら、スパイだって思われる。


 敵チームのストライカーに、うちの情報が筒抜けだ。


 そうなったら、わたしの信用がガタ落ちだ――。


 みんなの仲間になれなくなる!


「なんでもない。ごめんなさい」


 倉石がその場で一礼する。チームメイトも監督も、黙って練習再開した。


 ふうぅ……、バレずに済んだかも。


「……場所を変えよう」


 体育館前に移動する。みんなとは少し離れた場所。一本の大きな松がある。


「そうだな、ハヤカの言うとおりだ。このままいても、おれたちのためにはならないんだ……」


 こぶしをギュッとにぎりこむ。聡明な彼のことだから、頭ではわかっているはずだ。


 それでも心が決まらない。現実リハビリに向きあう勇気がない。


 あとひと押し――。


〈わたし、ジュニアカップに出る! みんなから頼りにされるようなディフェンダーになって出場する! だから倉石逸斗もさ。リハビリで足を完治させて、ジュニアカップで勝負しよ! お互いキビシイ道だけど!〉


 約束を、取りつける。そうすれば倉石もがんばれる。


 わたしだってがんばれる。


 くちびるが、ゆるまった。


「ははっ、ハヤカはすごいよな。本当にできる気がしてくる」


〈わたしだって、怖いけどね。でも、前に進まなきゃ!〉


 屈さない。あきらめない。


 倉石が勇気をくれたから。だからわたしもあげなくちゃ。


「やるよ、おれ。リハビリを。絶対に足を治してやる! だからハヤカ、待ってろよ。くじけるな。なにかあったら、おれを呼べ」


 もう一度、両手の小指をからませる。


 ジュニアカップで戦おう。お互いの全力を出しあって。


 倉石はわたしのスマートフォンから連絡先を登録した。


 これで魂が離れても、いつでも相談できるよね。


 ――ありがとう。初恋の人。

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