小指をからめて(二)
「ジュニアカップには出られないってよ。全治一ヶ月のケガだってさ」
監督たちとは距離を取って、わたしは一人でリフティング。
わたしの姿をしているけど、倉石逸斗があやつってる。
うまいなあ。わたしは見ているしかできない。
都市伝説の『のっとり』が、まさか実在するなんてね。
……逆だったら、よかったのに。
わたしが倉石になりたかった。
でも、倉石はケガをした……。わたしの心が弱いせい。
〈ごめんなさい〉
声にならない〈声〉だった。念じることで意思疎通。倉石にだけは届くみたい。
ボールをゆるく蹴り上げて、ヘディングをしてから土に落とす。
今度はドリブルの練習だ。わたしの足なら走れてる。
倉石の足はそうじゃない――。全治一ヶ月のケガ……。
「正直言うと、怒ってる。あれは絶対ワザとだし。でも、あのときフィールドで、あんたが泣いているの見た。そのワケを知りたくてね」
倉石は意外と冷静だ。冷淡とも言うのかな。
わたしの抱えるコンプレックスをあまり人には言いたくない。
だけど倉石逸斗には、ちゃんと話さなくちゃならない。
そうする責任と理由がある。
〈嫉妬です……。男に対するあなたへの。わたしは女に生まれたから、フィールドにすら立てなくて〉
「そんなのカンケーあるワケねえ。ウマけりゃ女子でも立てるだろ」
〈そう思って、わたしも努力してきたよ。世界一のディフェンダーになりたいから〉
「!」
〈うちのチームはさ、ウマけりゃ出れるってもんじゃないの。……監督が女子がキライで、平等に接してくれなくて〉
「やめちまえ。おれンとこ来い」
〈遠すぎるよ。わたしの家は車がないし、近くじゃないと通えないよ。昨日の黒海小学校も、自転車で一時間かかったんだよ。このチームにしか、居場所はない……。サッカーはここしかできないから……〉
今まで話せる相手がいなくて、ずっと心苦しかった。
倉石はあたりまえのことを、あたりまえに言えていた。
わたしはまちがっていなかった。昨日の試合のときまでは。
「なるほどねえ。だいたい理解したかもな」
倉石はボールを踏んづけて、足でまた蹴り上げた。
「一人でも練習はできるけど、やっぱりチームでやりたいよな。男とか女とかカンケーなく」
〈そうだよね! わたしはチームでやりたいの。みんなとサッカーしたいんだ!〉
心のウズウズを吐き出してくれて、気持ちがスッと楽になる。
倉石はいいヤツだ。チームからも頼りにされているだろなあ。
わたしとは、大ちがい。たとえわたしが男でも、倉石みたいになれやしない。
器のちがいを感じるな。わたしはまだまだ小さいや。
「だったら納得させようぜ。未来の世界一ディフェンダーさまを、捨ておくワケにはいかないって」
〈どうやって? メンバーはみんなわたしのこと、危ないヤツだと思ってるよ。あんなラフプレーをしちゃったし……。倉石はどう? わたしともう一度戦いたい?〉
「そう、だな……」
言葉を区切って、息を吐く。……ああ、やっぱりそうだよね。怖いよね。二度もケガはしたくない……。
わたしとサッカーやりたくない……。
「おれは、あんたを信じるよ。次に会ったら正々堂々、勝負をしてくれるって」
「――えっ」
すごくうれしかった。そんなふうに思われて。わたしを信じてくれるなんて。
あとは、わたしの心次第。応えるだけ。倉石のかけた信用に。
〈もう、あんなことはしない。二度としない。約束する〉
監督に逆らうことになっても、やめさせられても、ケリがつく。
だって、チャンスはまだあるから。
中学生になったらさ、新しいチームに入ればいい。
だけどもし、もう一度あんなプレーをしたら、世界一のディフェンダーなんて絶対になれないよ。
だから、倉石と約束する。
「じゃ、二人でゆびきりな」
倉石はわたしの両手を使って、左右の小指をからませた。
ふふっ、のっとりっておかしいね。怖いモノだと思ってたのに。
倉石といるとホッとする。信じてるから、貸し出せる。このカラダ。
足が完治するまでに、いっぱいサッカーしていいよ。
問題は、このチームだけど……。
特に田賀監督が。
今日もスルメをしゃぶってる。クチャクチャと。
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