のっとり魔

皆かしこ

迷惑ゲーム(一)

 四年一組が騒がしくなる。


 給食の食器をいそいで片づけ、机とイスを動かした。


 ううぅぅぅ……。ガマンしなきゃ。空気はくずしたくないし。


 わたしの名前は萩野はぎのより。胃腸が弱いのが悩みです。


「ここ、通れる?」


「もうちょい右」


「いい感じになったじゃん?」


 クラスメイトの半数以上が、おもしろがって協力する。


 今日も雨。男子も女子も、体力がありあまっている。


 机とイスを並べかえて、ミニアスレチックのできあがりっ。


「これからゲームをはじめるよぉー」


 花形はながた真桜まおちゃんが机に腰かけ、みんなの前で司会する。


 ミニアスレチックは、真桜ちゃんが考えた企画なんだ。楽しい遊びを思いついて、クラスの人気を集めてる。学級委員なんかよりも、よっぽどリーダーになってるね。まさにクラスのまとめ役。


 わたしはただの『取り巻きC』で、真桜ちゃんについていっている。だってクラスは平和だし、みんなが楽しく遊んでる。――ただ一部を除いて、ね。


「えー……っ、とぉ」


 整ったまゆがひそめられる。わたしはすぐに察知した。


 窓ぎわの最前列で、まだ食べている女子がいる。ったく、またトロスギか。本名は杉森すぎもり朋笑ともえっていうけど、なにをやっても遅いもんで「トロスギ」って呼んでいる。


 真桜ちゃんを待たせられないし、ちょっぴりシメておこうかな。


「ジャマだから片づけちゃっていい? そろそろゲームがはじまるし」


「あ……っ」


 給食のトレイを持ち上げ、トロスギの食事を終わらせる。


 これで思う存分に、クラスのみんなが遊べるね。


 食べるペースをあわせないから、給食を残しちゃったんだ。わたしはがんばって食べたのにさ。


「やめなさいよ! 朋笑、終わってないじゃない!」


 かっぽう着姿の糸井いといせりなが、廊下から歩いて戻ってきた。せりなは給食当番だ。食べ終えたトレイをカートに乗せて、指定の場所に置いたあとだ。


 学級委員もやっていて、なにかとコイツはウザいんだ。


「この机はなんなのよ。ケガでもしたらどうするの」


 チッ、空気を読めないヤツ。これから楽しく遊ぼうってんのに、なんで水をさすのかね。


 真桜ちゃんだって無表情。氷の国のプリンセスのような、凍てついた顔をしちゃってる。


「アスレチックやりたい人ぉー?」


 真桜ちゃんは手を上げ、見回した。最初にわたしと目があった。ニコッとほほえみを向けられる。――うんっ、もちろんやりたいよ。


 わたしが手を上げてみると、他の人も次々と。


 真桜ちゃんはやっぱりまちがってない。


 クラスのほとんどが賛成で、反対はほんのちょっとだった。


「…………っ」


 トロスギも手を上げていた。せりなから目をそむけている。大・傑・作! かばおうとした相手から、まさか裏切られるなんてねえっ!


「……」


 せりなは押し黙ってしまい、廊下へと出ていった。


 ジャマなヤツが消えたところで、教室がにぎやかになっていく。


「やっちゃおかぁーっ!」


 真桜ちゃんは何事もなかったように、ゲームのルールを説明した。


「ゴールまでのタイムを一人ずつ測りまぁーす。短いタイムが優勝でぇーす!」


「わあああ――――っっ!」


 雨でも楽しくできる真桜ちゃん。天才だね。すごい発明!


 走る順番をジャンケンで決めて、わたしは最後のほうになった。


 最初のランナーは男子だった。鼻息を荒くしながら、ランニングポーズを構えたとき――。


「こらっ! なにをやっている!」


 なんとせりなが教頭を連れて、教室へと戻ってきた。


 あいつ、チクりやがったのか。


「ごめんなさぁい」


 真桜ちゃんは眉根を下げながら、教頭先生にあやまった。


 ……さすがに相手が悪すぎる。


 にぎやかだった空気はしおれて、机とイスをもとに戻す。もちろんわたしもその一人。せっかく準備をしたのになあ。


 せりなが楽しみをぶち壊した。ホンっと読めてないんだから。自分だけいい子ちゃんぶって、自己満足にひたっちゃって。


「こんなことなら、最初からやらなきゃよかったのに」


 女子のだれかがポツリと言う。


 真桜ちゃんはてへっと笑いながら、その子に小声でささやいた。


「ちょっとドキドキしちゃったねぇー。今度はバレないようにしよっ」


「……っ、うん!」


 イタズラっ子なこの目つきが、真桜ちゃんの強さの理由だった。


 心のスキマをくすぐられ、ついつい味方になっちゃうんだ。


 このカリスマは、他の人にはなかなかできないことだよね。


「真桜ちゃんといると、楽しいよねー」


「またゲームをしたいよね」


 机の位置を確認しながら、女子たちが会話をはずませる。


 真桜ちゃんの耳に入るように。


 取り巻きAの玲美ちゃんと取り巻きBの琴葉ちゃん。


「真桜ちゃんみたいになってみたーい」


「ムリだって。たとえ『のっとり』できたって、あんたじゃすぐにバレるから」


「えー、そんなー」


 最近、うちの学校では『のっとり』の怪談が流行ってる。


 だれかの魂が、別のだれかのカラダに入る現象らしい。自在にあやつれるんだって。


 それが全国のどこにでも、起こっているみたいなんだ。


 たとえば昨日のニュースでやってた大学生の自殺とか。実はストーカー被害にあってて、のっとりされたってウワサもある。


 芸能人のスキャンダルも、のっとりをした人間が仕組んだっていう話。


 他の人には見えないから、本人の意思かはわからない。


 でも真桜ちゃんがのっとりされても、すぐに気づける自信がある。持ってるオーラがちがうしね。他の人がなれるワケない。


 わたしは立場をわきまえてる。凡人は強い勢力に、乗っかっていればいいってこと。


 真桜ちゃんがクラスの中心だ。おかげで四年一組は、明るいクラスにまとまってる。


 だれもが同調する平和を、せりなはいつも乱そうとする。


 理解できない。なんでそんなことするんだろう。


 せりなも、真桜ちゃんの輪の中に入ればいいと思うのに。


 わたしがのっとりするんなら。


 その相手は――――。

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