交換男(五)

「こーてにゃんっ。あたしの手作りお弁当だよっ。ほら、大好きなタマゴ焼き」


「んー、んまい」


「からあげと、ミニトマト」


「んまい、んまい」


「いい食べっぷりでうれしいなーっ。どんどん大きく育ってね」


「俺の身長一八〇」


「きゃっ。理想の『三高(高身長・高学歴・高収入)』の一つをもう手に入れちゃっているのよねっ! こてにゃんってマジメな性格だから、残りの二高も安泰ねっ。んふっ、んふっ」


「努力はするが、期待すんな」


「……あーっ、口べたなんだっけ。まわりから誤解されるタイプ。玉の輿はムリそうかあー……」


「陽奈子がそう望むなら、柔道やめて野球やる。大リーグで一億円」


「ふえぇっ、それは悪いって! 柔道がんばってきたんでしょ! 汗くさくても、こてにゃんの胴着姿好き。かっこいいもん」


 ――ノロケ話がイヤでも耳に入ってくる。『三高』って昭和かよ。


 ボク・浅坂亮は今、ひとりでパンを食べている。教室で。


 今日はアユが体調をくずして、つまんないことになっている。


 アユは病弱で欠席が多く、会えない日なんか退屈だ。


 あーあ、ヒナと別れるべきじゃなかったなあー。


 ヒナだったら、ソバアレルギー以外は健康だし、存分に愛しあえるから。


 ……その愛も、今はボクに向いてない。


『○○にゃん』の称号は、乃木虎哲に取られてる。


 クソっ、やっぱり呼ばれたいっ。


 今日の朝、ヒナに会ったら、


 ――「浅坂くん」


 って呼びやがった。ショックだった!


 しかもあいつは乃木虎哲を、


 ――「こ・て・にゃん♡」


 クッ、その愛、うらやましい!


 やっぱりボクはヒナを選ぶべきだった。


 そうだっ、を持ちかけようっ!


 アユはけっこういい女だ。ヒナよりはずっと美人だし、成績だって優秀だ。


 乃木虎哲も男なら、アユを彼女にしたいはず――。


 よし、条件は悪くない。


 ふたりが食べてる席へ行く。


「乃木くん、話があるんだけど」


「なに? ジャマをしないでよ」


 ヒナがボクに突っかかる。今は邪険に扱われるけど、心の広いボクは許そう。


 だって、彼女になるんだから。


 その愛はボクのものになる。


「ああ、この前は悪かったよ。ゴメンな、ヒナ。あれは本心じゃなかったんだ。愛してる。キミだけを」


「地獄に送ろうとしたくせに。どの口が」


「だからゴメン。乃木くん、話があるんだけど」


「聞く耳なし。向こう行け」


「キミにもいい話なんだ! 聞いてくれ!」


 ボクは必死に訴える。成功すれば、みんなハッピーになれるはず!


「アユと交換してくれよぉぉぉ! アユはヒナより美人だし、頭だっていいんだぞ! 部活でいそがしいキミのために、勉強を教えてくれるんだぞ!」


「――は?」


 ヒナはまんまるに目を見開く。――そうさ、アユより劣ってる。


 そんなかわいそうなキミを、親切なボクが彼女にする。


 ふふっ、これでハッピーだ。


「交換ってなによ――」


 ヒナがそう言いかけたときに、胸ぐらを強くつかまれた!


 ゴギャンッ! ――岩が、ぶつかった。


 岩じゃなくて、頭突きだった。乃木虎哲の。


 痛さと振動で泡を吹く。


「がっ……」


 床にぶったおれる。


 おいっ、どうなっているんだよ!


 どうしてボクがこんな目に……。


 乃木はボクを見下ろした。


「陽奈子はかわいい」


 ……? なにを言ってんだ?


 そのガタイで「かわいい」? キサマに似合わねーんだよっっっ!


 ヒナを返せ!


「こてにゃん、好き……♡」


 くっそぉー、オトメのまなざしだ。仲よさそうに抱きあってる。


 ボクをにらみつけながら。


「クズ男! 未練なんてないんだから!」


「陽奈子は俺の彼女だ。渡せない」


 プライドが、崩れさる。ボクをコケにしたふたり。


 許さない。許せない。


 すぐに別れさせてやる。


 いつまで愛しあえるかなぁー?

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